1-6 公園で幼女を拾った事案野郎の帰宅
ハプニング満載だったけれど僕はようやく自宅に帰る事が出来る。公園で出会ったホームレスの少女とともに。
横並びの長い三つの影が人気のない街を歩いていく。良い子はもうとっくに家に帰る時間だ。
自転車を押す僕の左側をルンルン気分で鼻歌を歌いながら歩くミヤタはそのみすぼらしい見た目とは不釣り合いなほど生き生きとしていた。震災後からずっとホームレス生活をしていたという事は少なくとも一人で過ごしてきた期間は一週間や一カ月ではないだろう。
「今更だったけど、よかったの?」
「なにが?」
「ぷひ?」
「その、しばらく赤の他人の家で暮らすわけだけど。僕は君の意見も聞かず子供じみた理屈で勝手に話を進めちゃったから」
「うーん」
「ぷひー」
僕が謝罪するとミヤタはうーん、とほんの少し悩む。ぶたにくも彼女の真似をしていたのでそれがなんとも可愛らしい。
「でもヨシノくんはいい人なの!」
「ぷひ!」
「良い人、か」
その無垢な瞳と笑顔が辛かった。どうやら彼女は人を見る目が無いらしい。僕はお世辞にも良い人とは言えないのに。
「本当に僕はそんなんじゃないんだけどね。まあいいや、家に帰ったらまずはお風呂に入るといいよ。湯船に入るのはシャワーで汚れを落としてからね」
「うん、わかったの!」
「デュフフフ、僕が一緒にお風呂に入って色んな所を隅々まで洗ってあげるね」
「うん! おふろにはいるのはひさしぶりなの!」
僕は精一杯変態ボイスをしてみたけれどミヤタは喜ぶだけで完全にスルーをした。純粋なのは良い事だけどさ。
「今のは警戒するところだよ」
「そうなの?」
「倫理的なアレがあるから一人で入れるかな」
「うん、はいれるよー?」
たまたま声をかけたのが僕だからよかったものの正直こんなに警戒心が無いのは問題だ。人を疑う事を知らない彼女は誰かが護ってあげないといけないだろう。
「ほっ、とっ」
「ぷ、ひっ」
ミヤタはぶたにくと一緒に影のある部分だけを踏んで移動する。子供がよくやるあの遊びだね。
だけど途中で影が無いエリアになってしまった。ミヤタたちは少し迷ったけど妙案が浮かび、僕の影に隠れながら楽しそうに移動をした。
本当に一挙手一投足が可愛らしい。ずっとこうして見守っていたいな。
……いや、変な意味じゃないよ?
ヨシノ家は海岸から離れた内陸部に位置しているので津波の被害はなかったものの、揺れで半壊して住めなくなってしまった。けどそれは少し前までの話だ。
「なんかピカピカのおうちなの!」
「ぷひ!」
玄関を上がったミヤタは汚れがほとんどない自宅に感動している。綺麗すぎるだけで面白いものは何もないけど。
「うん、つい最近ようやく修繕が済んだからこうしてまた家に住めるようになったわけさ。修理の間は東京に住んでいたわけだけど……」
「けど?」
「どうでもいいか。思い出すような事は何もないし。ついてきて」
「うん!」
自宅に帰った僕はまずミヤタを脱衣所に案内する。一緒に入るわけにはいかないから僕が行けるのはここまでだ。
「操作方法は大体わかるね。ぶたにくは洗面器にでも入れて洗ってあげなよ。着替えは取りあえず僕のワイシャツでも着てね」
「わかったの!」
「ぷひ!」
世の中にはペットと一緒にお風呂に入る人もいるけれど、僕は少し抵抗があるしそれが妥当な所だろう。
「じゃあね。お風呂に入っている間妹に説明をしておくから」
「うん!」
そして僕はミヤタとぶたにくと別れ居間へと移動する。そして取りあえずソファーに座って寛いだ。
「ふひー、今日は疲れたなあ。でも何か忘れているような」
まあいいか。忘れているなら大した事じゃないだろう。
「それにしてもセラエノの言うとおりになっちゃった。不思議な事もあるもんだなあ」
僕はセラエノから言われた神託を思い出す。晩ごはんの買い物がブタに奪われ、少女と出会うという予言がまさしくその通りになったわけだ。
……うん、晩ごはん?
「お兄ちゃん……」
「あ」
廊下と居間を繋げるドアがわずかに開き、そこからパジャマを着た妹の姿をしたゾンビが顔をのぞかせていた。いや、これはたとえだけど、彼女は先ほどのミヤタにも引けを取らない程に生気がなかった。
「よかった……帰ってきてくれたんだね……ぐすん」
ぐぅー。泣きそうな妹のお腹からひどく罪悪感を掻き立てる音が鳴る。どうやら何も食べずに律義に待ってくれていたらしい。
「あ、うん、マジでゴメン。完全に忘れてた」
「いいよ、私はお兄ちゃんが帰って来てくれたら、ぐすん」
今日は晩ごはんどころじゃなかったから完全に失念してしまった。本当に申し訳ないと思ってはいるよ。
「今晩ごはんを作るから、って」
だけどその瞬間僕の脳内で今日の光景が逆再生された。そして公園のシーンになった時、遊具の下で置いてけぼりになった買い物袋に気が付いてしまった。
「あちゃー」
「お兄ちゃん?」
「ごめん、ブタに強奪されて公園に忘れてきた」
「え?」
僕はありのままの事実を伝えたけれど妹が信じてくれたかどうかはわからない。なかなかぶっ飛んだ言い訳だからね。
けどどうしよう。今冷蔵庫の中何もないからなあ。
「いいよ、晩ごはんが無くても……ぐすん。カップ麺でいいもん」
「ゴメンね、ええと、何かあったかな……あ、サバの缶詰とパンならあるよ、ピーナッツの」
「うん、それで十分だよ、ぐすん」
「マジでゴメン……」
僕は平謝りで食べられそうなものを見繕う。せめてもの償いに僕はピーナッツクリームのパンを美味しくなるようにオーブンで軽く焼いてから彼女に渡した。
「もひもひ」
「本当にゴメンね」
気まずい空気を誤魔化すため僕はテレビをつける。今やっているのはニュース番組のようだ。
『続いてのニュースです。今日の午後、宮城県岩巻市で幼女にフランクフルトを食べるかい、と声をかけた男が現れました』
「へー、怖いねお兄ちゃん、ロリコンだってさ」
「ギクギクギク」
そんなクソどうでもいい事を報道するなよ、という気もしたが彼女は防犯カメラに映ったその変質者を汚物を見る目で見ていた。だけど僕はものすごく他人事じゃなかったから気が気でなかったのだ。
「お兄ちゃんはロリコンじゃないよね、あんまり大人の女の人に興味ないけど。公園で見つけた小さい女の子を連れ込んだりしないよね?」
「ソンナコトアルワケナイヨー」
「だよね、あはは」
妹はおかしそうに笑うけど僕は冷や汗を大量にまき散らしてしまった。よもや我が妹は全てを見通しているというのか!?
「あれ、お兄ちゃん、どうしたの?」
妹は不思議そうにパンを食べ続ける。僕はマッハで居間を飛び出て彼女のもとに向かった。
「ふひー、さっぱりしたの」
「ぷひ!」
脱衣所にはちょうど風呂から上がったミヤタがいた。彼女の金髪はすっかり元の輝きを取り戻し、その肌もぷにぷにで滑らかな絹の肌に戻っている。
「あ、ヨシノくん。きがえかしてくれてありがとね」
「う、うん、それはいいけど」
ミヤタは僕の白いワイシャツを着ていてサイズが合ってなくてダボダボだった。彼女は面白そうに長い袖をぶんぶんと振りぶたにくとじゃれ合っている。
「ちょっとごめんね」
「ふに?」
「ぷひ」
僕はミヤタを片手で抱え全力疾走で自室へと向かった。そして付いて来たぶたにくが部屋に入った瞬間急いでドアを閉める。
「ねえミヤタ。事情が変わったからしばらくは僕の部屋に引きこもっていてくれるかい」
「いいけど、どうして?」
「ぷひ?」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだ。僕は愛する妹を泣かせたくないから」
「う、うん、わかったのー」
ミヤタは不思議そうな顔をするけれど僕はそう言いくるめる。まずは母さんあたりの協力を取り付けて外堀を埋めるのが賢明かな。