2-9 蘇る写真と思い出
そして、どうにか無理を言ってアキヅキさんを化学準備室まで連れてきたわけなんだけど。
「こ、これは……!」
アキヅキさんは目の前で繰り広げられる魔術にも似た科学に驚愕する。彼女の作業所では大勢の人間が丁寧に時間をかけて修復していたのに、希典さんが写真を謎の溶液に浸し、家庭用プリンターのような機械に入れるとものの数秒で修復されたのだから当然だろう。
修復をした白黒の写真はしわ一つなく、むしろ被災前よりも綺麗になっているのではなかろうか。写真には息子であろう坊主頭の少年が映っており、生き生きとした目ではしゃいでいて、朽ちた記憶は再び魂を宿し無事蘇る事が出来たようだ。
「ほへー、すごいの!」
「いやー、ここまでチートだとは」
「道具の力だよぉ、大した事はしていないさぁ」
感動するミヤタとヤオに希典さんは酒を飲みながら答える。僕にはこんな感じになる事はわかっていたけど一番驚いていたのはアキヅキさんだった。修復作業がどれほど大変なのか、彼女は誰よりもよく理解していたはずだろうから。
「んで、お前さんが写真の修復ボランティアの代表とやらかい?」
「え、あ、はい! そ、そうです!」
「やり方を教えるからあとは勝手にやってくれる? この溶液と機材をあげるからさ」
「え、ええ!? いや、そんな、いいんですか!? ありがたいですけど、で、でも、こんな機械一体いくらする事か……」
彼女は願ってもいなかったそのあり得ない申し出にまたしても驚愕する。流石に気が引けたのか、彼女は本音を隠しまずは日本人の美徳である遠慮をした。
「さっき二十分くらいで作ったから実質タダだよ」
「にじゅ!?」
アキヅキさんは口をパクパクとさせる。初見さんは、まあこんなリアクションをするだろうね。
「ハハハ、本当に先生はぶっ飛んでますね」
「よく言われるよ、ほれ、さっさとやりぃ」
「は、はい!」
レイカはもう呆れるしかなかった。希典さんは椅子から立ち、そこにアキヅキさんを座らせ何やら説明を始める。
「そんなに難しいもんじゃないから一回しか言わないよ。ピンセットで破れない様に写真を溶液に浸して、んでしわが出来ない様に置いて、閉めて、ボタンを押して。ほい完成」
「お、おお……!」
希典さんはいい加減な説明だったのに、それでもアキヅキさんにはその神業を再現する事が出来てしまう。魔法を手にした彼女はただただ感動し夢中になって作業を続ける。
「酒一本にしては割に合わなかったですね。あと二、三本持ってきましょうか?」
「こんなの朝飯前だからいいさね。まー、これの作り方は企業秘密的なアレだから本当は安易に提供するのはよくないけど、さすがにこれは軍事とかに転用出来るものでもないしまあいいかなって。一番の理由は浦霞がどうしても欲しかっただけだけどねぇ」
希典先生は笑いながらそんな事を言った。企業秘密と言っていたけど彼は教師になる以前にどこかの企業に勤めていたのだろうか。本当に謎が多い人である。
「でも、その気持ちがあるならもっと酒をくれると嬉しいかな。珍しいものやご当地ものならなおいいよ。そうしてくれれば追加で何個か作ってあげてもいいよお」
「ええ、そうさせてもらいます」
ただ、だとすればそれは技術の漏洩にほかならない。グレーどころか完全に法律に抵触する真っ黒な行為なのでここは彼の要求通りあとでいい酒を渡すとしよう。相場はわからないけど、この技術はお金を出しても簡単に手にはいるものじゃないし。
「どんどん出来てるの! これならすぐに写真をわたせるの!」
「はい、そうですね!」
ミヤタとアキヅキさんはその事を知ってか知らずか、はしゃぎながら綺麗になっていく写真を眺めていた。そんな二人を見てレイカは困ったように呟く。
「いいのかしら、いろいろとアウトでしょうけど」
まあ普通はそう思うだろう。僕はうーん、と少し考えてからこう言った。
「そうだね、アウトだとしてもそれで被災した人々の心を救えるのなら別にいいんじゃないかな」
「そっか」
レイカはその説明に完全ではないけれど納得し割り切る事にしたようだ。
この技術があれば写真の修復作業のスピードは飛躍的に上がるだろう。それで一人でも多くの人々が笑顔になれるのなら使わないという選択肢はないのだ。
それにぶっちゃけあんまり言いたくないけど今更だしね、アウトな行為なんて。銃をぶっ放したり、街の物を壊して武器にしたり。だから正直僕はそんなに気にしていなかったりする。
さて、このペースならあと数十分で作業も終わりそうだ。修復が完了次第、すぐにおばあさんに写真を渡しに行かないとね。




