2-8 アウトロー教師との取引
というわけで僕らは高校の化学準備室へと向かっていた。けど酒瓶の入ったビニール袋を引っ提げて休みの日に校内に入るというのは少しドキドキするなあ。
「ヨシノくんはどうしてお酒をもってるの?」
「ああ、これ? とある筋で入手したんだ」
酒を持っているのと、ついでに関係者ではないミヤタがいるのを先生に見つかれば面倒な事になる。僕らは足早に化学準備室に入室した。
「くんくん。なんだかおいしそうなにおいなのー!」
部屋に入るとむわっとイカの匂いが漂い、やはりというか希典先生は昼間っから堂々と酒盛りをしていた。彼は実験器具を使ってスルメを焼き、缶チューハイを飲みながら焼き上がるのを待っていたようだ。
「わあお」
「ま、希典先生。何してるんですか?」
「見てのとおりだよぉ」
ヤオとレイカも流石に引きつった笑顔になっている。こんなのPTAに知られたら保護者会が荒れに荒れるだろうから。
パチン。弾けるような音が聞こえ網の上に載せられたスルメがビクンとしなる。希典先生はそれを割り箸でつまみ紙皿の上に置いた。
「スルメをあげるから黙ってね」
「ありがとうなのー!」
「あ、じゃあ私も」
ミヤタは特に疑問に思う事無く、ついでにヤオも手を伸ばして希典先生からスルメを貰った。そして彼は紙皿の上に載せたマヨネーズにスルメを絡め、クチャクチャと音を立てながら咀嚼し何事もなかったかのように酒を飲み続けた。
「黙るのはいいですけどここにお酒があります、これで一つ僕の頼みを聞いてくれませんか?」
「んあ」
僕は用意しておいた日本酒の瓶を机の上に置く。希典先生は面倒くさそうに視線を向けるけれど、そこにあったものを確認し、おお、と目を見開いた。
「浦霞、それも数量限定版の奴だね。どこでこれを?」
「父親が亡くなった時に各方面からいろんな品物をいただきました。正直あんな連中からの贈り物なんて欲しくなかったので母親も処分に困っていたんですよ」
「うらかすみ? YTRのひっさつわざ?」
「あれは『裏』霞よ。このお酒が名前の由来だけど。酒呑みなら誰でも知ってる東北を代表するお酒だからね」
レイカの説明通り浦霞はあの悪役レスラーの技の名前にもなっている。ミヤタはそっちのほうが印象深かったようだ。
「先生、これはお金を出したからって入手出来るものでもないですよ」
「無論わかってるさね。んで俺っちは何をすればいいの?」
「このアルバムの写真を修復出来ますか? というかあなたなら出来ますよね。ミヤタ、アルバムを」
「あ、うん」
僕はミヤタからアルバムを受け取り希典先生に手渡す。彼はん、と頷き、それを受け取った。
「写真を修復するボランティア団体の人に頼んだんですが、どうにも時間がかかりそうで」
僕の説明を聞いているのかわからない先生はページをパラパラとめくり、ふむ、と適当に中を確認したあとそれを机の上に置く。
「なるほど、これくらいなら一時間もあれば終わるねぇ」
「ほんとなの!」
「え、いや、え? いや、無理でしょ!?」
希典さんの返答にミヤタは素直に喜ぶけどヤオは信じられないといった様子だった。だけど僕は知っている。この人は大抵の問題を科学という魔法で解決出来る魔法使いのような人間だという事を。
「うーん、希典先生なら多分出来るでしょうね」
「出来るのかしら……?」
レイカもその事を知っている人間の一人だ。しかしこればかりはいくら口で言っても信じられないだろうし、あえてこれ以上説明する事はなかった。
さて、急に暇になっちゃったな。一時間は短いようで長いしどうやって時間を潰そうかなあ。そう考えていると希典先生は棚をガサゴソと漁り、道具を用意しながらこう告げる。
「なにぼさっとしてんの。さっさとそのボランティア団体をここに呼んできな。やり方の説明も含めての対価だよ」
「え、ああ、はい」
驚く事にものぐさな希典さんは珍しくそんな親切な対応をしてくれたので、僕らは慌ててアキヅキさんを呼びに商店街へ戻ったのだった。




