2-5 引越しの手伝いと、汚れた写真と
僕らはその後も他愛もない談笑をしながら歩き続ける。そうしていると僕らはあっという間に公園に作られた仮設住宅が並ぶエリアに辿り着いてしまった。
「そこ狭いから気をつけろよー!」
「丁寧に運べって!」
「ふひー、乳酸菌がえげつねぇぜ!」
「乳酸だろ。ヨーグルトを食い過ぎたのか?」
エリアでは威勢のいい掛け声が聞こえガタイのいい作業員がうじゃうじゃいて荷物を運んでいた。疑っていたわけではないけれどこれを一目見れば今がいかに引っ越しラッシュで忙しいのかがよくわかる。
「すみません、ちょっとそこ通りまーす!」
「わたたっ」
大きなタンスを二人がかりで運ぶ作業員が僕らの隣を通り、ミヤタはぶつからないように慌てて移動する。建物が密集して道が狭い事もあり少しばかり作業がしにくそうだ。
「さて、ここにいても邪魔だし早く行こうか。こっちだよ」
「そうだね」
僕らはヤオに案内され依頼人のもとに向かう。そしてとある簡易的な仮設住宅のドアをノックすると中から優しそうなおばあさんが出てきた。
「どもどもー、おひさー」
「おやまあチヨちゃん、よく来てくれたねえ。あら、そちらの子たちは?」
「電話で話した引っ越しの助っ人だよ!」
ふむ、感じの良さそうなおばあさんだな。僕らは早速挨拶をする事にした。
「あ、どうも、学校の同級生のヨシノです」
「同じくレイカです」
「ミヤタさんなの!」
「おやまあ、随分と賑やかで嬉しいねえ。まあまずはあがりなさいな。散らかってて悪いけどねぇ」
おばあさんは穏やかな笑顔で僕らを向かえ入れてくれたので言われるがままに靴を脱いで室内に入った。
部屋の中はややごちゃごちゃしており違う意味で生活感を感じられなかった。言い方は悪いがゴミ屋敷のようで整理整頓をされているようには見えない。
「荷物が結構ありますね」
「ええ、無事だった家具やら食器やらを無理矢理詰め込んだからねぇ。私は貧乏性だからどうにも捨てられなくてねぇ」
彼女はきっと震災前はここよりも大きな家に住んでいたのだろう。独り暮らしだとしても仮設住宅はそこまで広くはない。そう考えるとこれでも大分整頓はしているとは言える。
「まずは荷物をまとめる作業から始めたほうがいいですね。早速始めますか?」
相手が年長者なのでレイカは珍しく敬語を使っている。礼儀正しいヤンキーなんだなあ。
「ええ、お願い。バタバタして申しわけないけどねえ」
「それじゃあミッションスタートなの!」
「うん、がんばろー!」
ミヤタとヤオは早速意気投合し腕を挙げて気合を入れる。ボランティア団体(仮)の初任務だから僕たちも頑張らないとね。
それぞれ手分けして作業を始め僕はまず食器を片付ける作業から始めた。一枚一枚、割れない様に新聞紙で包み丁寧に段ボールに入れていく。
「ふむ……」
僕が今手にしたのは汚れた鍋だ。長い年月の間使用されたため焦げ目がこびりついている。こんなにボロボロになったのなら捨てればいいのに。
「タンスの中の服もしまっておこうかしら。ミヤちゃん、手伝ってくれる?」
「わかったの!」
レイカとミヤタはタンスの中から服を取り出して作業をする。しかしその服はどれもサイズが小さく子供用のサイズのようだ。こんなの明らかに要らないと思うんだけど。
「ああそうだ、お嬢さん、もしよかったらそれを貰ってくれないかしら? うちの子が小さいころに着ていた物なんだけどね」
「え、いいの?」
ミヤタは僕の顔をちらりと見て伺いを立てる。ある程度買い揃えたとはいえちょうど服も足りてなかったしここはその好意を受け取っておこう。
「受け取りなよ。おばあさんもありがとうございます」
「いえいえ、遠慮なさらず。もう私には必要のない物だしねぇ」
おばあさんはニコニコと笑いそう言った。でも必要のない物なら何で持っていたのかな。
この煎餅の様にペッタンコになった座布団もそうだ。ひびの入った花瓶も、ヨレヨレのセーターも。言い方は悪いがここにはほぼゴミ同然のものも多い、というかそういうのばかりだった。
「あれ、なにこれ」
「おや、ここにあったのかい」
「見る? どうぞなの」
「ええ、ありがとう」
ミヤタは作業中古いアルバムを見つける。おばあさんがそう言ったので彼女は誰に言われるでもなくそれを手渡した。
「部屋が散らかっているからどこにしまったのか忘れてねぇ。見つけてくれてありがとうね」
「どういたしましてなの!」
おばあさんはページを開きそれをミヤタに見せる。けれどそれは泥で汚れてしまい、どんな写真だったのかはっきりとはわからなかったので彼女もリアクションに困っているようだった。
「えーと、これはなんの写真なの?」
「多分息子が小学校に入学した時の写真だね。見てのとおり汚れてるけど」
「ほへー」
ミヤタは頷きつつ寂しそうな顔になってしまった。何故ならその写真は辛うじて人が立っている事がわかる程度で顏すらも判別出来なかったのだから。
「こんなもの持っていてもどうしようもないけど、何だか捨てられなくてねぇ」
「……………」
おばあさんがそうポツリとつぶやき、僕は自分を恥じた。
そうだ、ここにあるものは全部ゴミなんかじゃない。その一つ一つに思い出や魂が宿っていて、彼女がこの街で生きた証であり宝物なのだ。そんなの捨てられるわけがないだろう。
「ただまあいい機会だし、もういい加減処分してもいいかもねぇ……」
「それは……」
僕は何かを言おうとしてやっぱり言えなかった。けれどその時ミヤタが、
「それはダメなの! これはおばあちゃんのたいせつなものなの!」
と、力強く主張したのでおばあさんは少し驚いてしまった。だけどその後にまた優しそうな顔に戻り、ミヤタの頭を優しく撫でたのだった。
「そうだねぇ、大切なものだからねぇ。まあ棺桶に入る時にお土産で持っていこうかね」
そしておばあさんは捨てる事を踏みとどまったので僕は一安心した。こんな大事なもの、捨ててはいけない事は僕にだってわかるから。
ヤオとレイカもその言葉に安心した表情になり心置きなく作業を続行する。彼女の宝物をすべて無事に終の棲家に運ぶために僕らは心を込めて梱包作業をしたのだった。




