2-1 とある世界の記憶
――芳野幸信の視点から――
島根名産の赤てんを賛美する。それはちくわをこよなく愛する鳥取県民にとってはバチカンのど真ん中で悪魔を称えるに等しい暴挙だったのだ。あるいは関西の球場でウサギの人形を掲げ、きのこ派にたけのこを勧めるようなものかもしれない。
そんな事はつゆ知らず、うっかりセラエノの怒りを買って穴に落とされた僕は夢の続きを見ていた。
いや、正確にはこれが夢なのか現実なのか判別出来ないけど、何だか夢特有のふわふわした感覚があるからこれは多分夢なんだと思う。
「ここをこうして、まあこんなもんやな」
僕がいたのはヨシノ家の居間だった。そこにはレイカや紗幸のほかに、つい先日戦っていたドーラが当たり前のようにソファーに座っており、何かの機械の組み立て作業をしていたので、そのあり得ない光景に僕はこれが夢なんだと理解した。
「相変わらず器用だね、ドーラは。でも助かったよ」
「ま、儂らの技術力にかかればこんなもんや」
ドーラがドヤ顔をしていると、メイド服を着た金髪の外国人の女性が部屋に入ってくる。
「お疲れ様です、ドーラさん」
お盆に載せられた湯呑はどれも熱々で湯気が立ち上っているけど、一つだけ冷めているようだ。彼女はそれをドーラの前に置いた。
「おう、気がきくのう」
「ありがとうございます」
ドーラはぬるいお茶を飲み、ふう、と寛いでいた。その様子を見て僕はこんな事を考えてしまう。
「猫舌って言葉があるけど、そもそも大体の生き物って好んで熱いものは食べないよね」
「せやなあ。熱々で喜ぶんは人間くらいやで。まあ儂は慣れとるから平気やけど」
「そっかー、あ、僕も貰うね、フィリアさん」
僕は自然と不愛想な表情をした見ず知らずの女性をフィリアさんという名前で呼んでいた。この夢の中では彼女と知り合いみたいだけどね。
「ええ、どうぞ。ヨシノ様には特製のセンブリ茶をご用意しております。どうぞご堪能ください」
フィリアさんは僕が口を付けた後にそう言った。本当にいい性格をしているなあ。
「ふむ、これが罰ゲームでよく出てくるセンブリ茶か。実際に飲むのは初めてだけどクソ苦いね。飲むけど」
「ヨシノもよくそんなものを無表情で飲めるわね」
「あはは……」
レイカと紗幸はただただ苦笑する。この冷たい仕打ちにもいつの間にか全員慣れたものだ。
バタン。玄関のドアが開く音がして、誰かがタッタッタと元気に廊下を駆ける音が聞こえる。
「ヨシノくーん! へんたいなのー!」
「ぷひ!」
「ありゃ、ミヤタ、ぶたにく。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「はて、ヨシノ様が変態なのは誰もが知っていますがどうしてそのような当たり前の事を? まさかまたこのロリコンがやらかしたのですか? わかりました今すぐ去勢しましょう。さあとっととそのクソ汚ぇ粗チンを出しなさい」
「冤罪です」
フィリアさんは相変わらず世の中のお母様に怒られそうな単語を平気で使う。ミヤタが真似しないといいんだけど。
「じゃなかった! たいへんなの! きんきゅーのおしごとなの!」
「ぷひー!」
「あら、もしかしてあたしの力が必要なのかしら? 腕が鳴るわね」
ただならぬ荒事の予感に武闘派のレイカはやる気がみなぎっていた。かつて敵として戦った彼女は僕らの仲間となり、今は一緒に東北の平和を守ってくれているわけだけど、元ヤンだからやっぱり喧嘩出来そうなイベントには心が躍るらしい。
「そうなの! なんかみなとのほうにピカピカでおっきなかいぶつがあらわれたの!」
「ゴルドビンゴかな? 今日は私も出れるよ」
「ふふ、さっちゃん、なら背中は任せるわ」
紗幸とレイカにはいつの間にか友情が芽生え戦いではしばしばバディを組むようになった。妹に内向的だった昔はもう見る影もない。喧嘩じゃなければ素直にその成長を喜びたいけどさ。
「ほな儂も行くわ。適当にぶっ潰したあとはメシでも食いに行こか!」
「うん! フィリアも来てくれるとうれしいの!」
「無論です、お嬢様。私の役目はあなたの盾となる事ですから」
ミヤタの問いかけにフィリアさんは静かに微笑む。この好感度の一パーセントでも僕に向けてくれるといいのに。
玄関のドアを開け僕らは全員で表に出る。各々が平和な日常には不釣り合いな得物を持って。
さあ、今日も街の皆のために働くか。僕は意気揚々と門の外に出た。
そして周囲がまばゆい光に包まれ――僕の意識は、霞の様に消え去った。




