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1-5 ミヤタの身の上話とヨシノのエゴ

 そんなわけで僕らは知り合いのいる交番に向かったわけだけど。


「はあ、震災孤児でホームレスの女の子ですかー」

「ええ、どうにかなりませんかね」


 応対をしてくれた女性警察官のノナカさんは以前からの顔なじみで、何よりも優しく気が弱いので上手く言いくるめる事が出来る。僕はそれを見越してこの交番にやってきたわけだ。


 簡単にいきさつを話した僕は彼女が淹れてくれたほうじ茶を飲みながら、ぶたにくと戯れるミヤタを一緒に眺めた。


「どうにかなるか、と言われれば関係各所に連絡すれば保護をする事は出来ますけど……」


 ノナカさんは歯切れ悪くそう告げる。果たしてそれがこの少女にとってベストなのかこの時点ではまだわからなかったから。


「えーと、詳しく話を聞いてもいいかな」

「うん、いいよー」

「ぷひ」


 ノナカさんは姿勢を低くし目線を合わせて優しい声で尋ねた。ミヤタも一切警戒をする様子もなく簡単に話を聞く事が出来そうだ。


「ええと、あなたはどこに住んでいたのかな? それと、お父さんと、お母さんは今どこにいるのかな?」

「えとね、わたしはふくしまのよつのはってところにいたの」

「っ」


 よつのはか。まさかその名前をここで聞くとは……僕は少なからず動揺してしまう。


「お母さんはしんさいのまえからしんじゃって。お父さんはじしんのあとどこかにいっちゃったの」

「……そっか」


 どこかにいっちゃった。それが何を意味するのかははっきりとわからなかったけれど大体予想は出来るし、僕もノナカさんもあえて触れないようにした。


「ほかに親戚の人とかはいないかな、おじいちゃんとかおばあちゃんとか」

「かけおち? だったから日本にはしんせきがあんまりいないの。日本のおじいちゃんは……その、やさしいけど、ぶたにくにひどい事しそうだったからやなの」

「ぷひぃ……」

「そっか」


 つまり身寄りが無いという事か。そしてペットに関わるなにかしらの問題があると。


 だけど僕にはやっぱりどうしようもない。あの町が彼女の不幸に絡んでいるのなら力にはなりたかったけれど。


 ぶたにくをもふもふしていたミヤタはあ、と何かを思い出したようにノナカさんに告げる。


「前にもこうしてけいさつの人と話したけど、ぶたにくといっしょじゃなきゃやなの。だからその、しんぱいしてくれるのはうれしいけど、その……」

「ぷひぃ……」


 もし施設に行ってしまえばおそらく彼女の相棒とは離れ離れになって孤独になってしまう。彼女とこの子ブタがどういう関係かはわからないけれど、ミヤタにとってはホームレス生活を選んででも手放したくない絆なのだろう。


 ……いやまあ、思いっきり食べようとしていた気もするけど、うん。


「これも巡り合わせ、か」


 僕はふう、と息を吐いてそう呟いてしまう。そして勇気を出して言った。


「どうでしょう、彼女が落ちつける場所を見つけるまでうちで預かるっていうのは」

「ふえ?」

「ぷひ?」

「え? いやいやいや! どうしてそうなるんですか?」


 ミヤタとぶたにくは呆気にとられノナカさんもひどく困惑している。それはかなり無理のある提案だったのだから至極当然の事だろう。


「そりゃ私も何とかしてあげたいとは思いますけど犬や猫を拾うのとは違います。かなり大変ですよ?」

「それでもです。あの町の出来事が彼女の不幸に関わっているのならやっぱり放ってはおけません。偽善だとしても」


 よつのは町――福島の辺境の町に過ぎなかったその町は今では日本中、いや世界中の人がその名前を知っている。たとえ家が津波で流されていなかったとしても彼女はあそこに住み続ける事は出来なかっただろうから。


「え、で、でも、いいの? ぶたにくといっしょにいても、いいの?」

「ぷひっ」


 ミヤタとぶたにくは澄んだ瞳で僕に対し綺麗な感情を向けてくる。感謝、親愛、救い、感動、あらゆる美しい想いが僕の心の中に流れ込んできた。


 こんな目をされたら覚悟は決まってしまう。僕は何としてでも彼女たちを助けるんだ。たとえ自己満足だとしても。


「人を一人預かるのなら子ブタが一匹増えたところで大して変わらないよ」

「わあ! ありがとうなの!」

「ぷひ!」


 その言葉を聞いてミヤタはひまわりのような笑顔をし全力でぶたにくをもにゅもにゅした。だけどノナカさんは相変わらず難しそうな顔をして頭を抱えてしまう。


「良かった良かった、と言いたいですけど、そもそもご家族の方の意見は? 大体色々アウトですって。警察の立場からすれば、そのぉ」

「うーん、うちの母親は多分了承してくれるとは思いますが」


 断言は出来ないが僕の母さんはかなり大らかなので一時的に面倒を見るくらいなら承諾してくれるだろう。多分それ以上の事も。


 けどやっぱりノナカさんの意見はもっともだ。警察が保護した未成年の少女を適切な手続きを踏まずに他人の所に預けるというのはかなりよろしくない。その事実が世に出たら最後、世間からの批判は免れないだろう。


 無論彼女は最終的に弱者に寄り添った選択をする人間だ。でもそれだとノナカさんに迷惑が掛かってしまう。それは僕も望む事態ではない。


 だけどそんな時交番の電話が鳴ってしまう。ノナカさんは眉をひそめたまま受話器を取った。


「こんな時に……はい、こちら、岩巻……え、そうですが、何でその事を、はいぃぃ!?」


 彼女は相手方に何かを言われ絶叫する。そのあまりに大きな声にぶたにくはびくん、と身を震わせてしまった。


「何かあったんですか?」

「県警本部から、ヨシノ君の家でミヤタちゃんを保護するのを、認めると……」

「え? 何で県警本部から。というかいつの間に話が伝わって」


 岩巻でホームレスの児童を保護した事をどうして県警本部が把握していたのかも謎だが、さらにそこから許可しろという命令が下されるのも驚きだ。というか保護の話が出たのは今さっきなのに盗聴器でも仕掛けられていたのだろうか。


「そんなの私が聞きたいですよ。でもまあこれで警察からのお墨付きは貰いました」


 ノナカさんは思考を放棄し取りあえず笑ってしまう。少なくともこれはミヤタにとっては望ましい展開には違いないのだから。


「やったー、ぶたにく!」

「ぷひー!」


 ミヤタはぶたにくを激しくもみくちゃにして喜びを分かち合う。僕はそんな彼女たちを見て思わず頬を緩めてしまった。


「ちゃーす、出前でーす」

「あ、どうもですー」


 騒動が収まったところで交番の前に出前のバイクが現れ、ノナカさんが外に出て注文の品を受け取る。そして発泡スチロールの容器に入った一つのどんぶりをミヤタのもとに運びデン、と嬉しそうに置いた。


「さて、一安心したところで、お腹が空いてるよね? はいどうぞ!」

「え? い、いいの!?」


 ちくわしか食べていないミヤタは大喜びでそのどんぶりのフタを開ける。だが立ち上る湯気の向こう側にあったのはあろうことかカツ丼だったのだ。


「いや、何故にカツ丼?」

「え、警察と言えばカツ丼ですよね?」


 さも当然かのように返事をしたノナカさんに僕は呆れてこう伝える。


「腹減っているでしょうから別に何でもいいんですけど、それをブタ飼っている人に食わせます?」

「は!? そうでした!」


 彼女は遅れてその事に気が付きしまったという顔になってしまったが、そう言っている間にミヤタは割り箸を装備して、


「いただきまーす!」


 と、勢いよくカツ丼を掻き込んだのだ。まるで吸い込んでいるかのようにカツ丼は消滅しているから相当お腹が空いていたのだろう。


「え、その、ミヤタ、大丈夫なの? ブタ食べて。その、ね、ブタを飼っているのに」

「わたし、こどもだけどそのへんはわりきっているよ!」

「ぷひぃ」

「あ、うん」


 ああ、なんて素晴らしい。ここまで見事に言い切られると何も言う事はない。机の上に座っているぶたにくの瞳はとても切なげで直視出来なかったけどさ。

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