1-76 第一ステージ分岐判定クリア
――芳野幸信の視点から――
灰色の世界にしんしんと白い雪が降っている。生命の息吹が感じられない静かな街で僕はぼんやりとたたずんでいた。
「?」
寒さを感じ僕は自分がこの世界に存在しているという事を自覚する。僕はどうしてこんなところにいるのだろう。
(あ、そうか、これは夢か)
直近の記憶はベッドに入って眠った事だ。つまりこれは夢なのだ。僕はそう解釈した。
それにしてもリアルな夢だなあ。何もしないのも暇だし取りあえず探検してみよう。
僕は静かな街を歩き続ける。ここは市街地のようだけど見事にシャッター商店街が連なっていた。
何だか寂しい場所だ。だけど夢は自分の深層心理を映すという。これが僕の心を表現したものなら納得だね。
「お」
僕は唯一営業している喫茶店を見つけたので入ってみる。中は暖房がきいて温かく一休み出来そうだ。
「遅かったじゃない、待ちくたびれたわ」
そこには先客がいた。榎坂さんだ。店内の椅子に座っていた彼女は紅茶を飲みながらフルーツがたっぷり乗ったタルトを堪能していた。
「えのさ」
「セラエノ」
ああ、そうだった、呼び方を変更したんだっけ。僕は要望通りそちらの名前で呼ぶ事にする。
「セラエノ、どうしてここに?」
「まずは椅子に座りなさい。このタルトは結構なボリュームだから一人で食べるのは大変なの。さっきちくわを四袋くらい食べたばかりだから」
「ふーん」
僕は素直に指示に従い向かいの席に座った。折角なので僕もタルトを食べてみよう。だって夢だし、何してもいいよね。
「ところでこの夢の趣旨は何なんだい?」
「これは夢じゃないわ。ここは時空の狭間にある世界……私は白の世界と呼んでいる。ちなみに関係者以外はここでの記憶は現実では引き継がれないから、そのつもりでね」
「へー」
「取りあえず、第一ステージクリアおめでとう。ご褒美に秘蔵の山口名物にぎりちくわをあげるわ」
「ありがとー。もしゃもしゃ」
僕はセラエノから立派な袋に入ったちくわを貰ってもしゃもしゃと食べる。僕は何でちくわを食べているのだろう。なかなか変な夢だなあ。
「目が覚めたら全てが始まる。これからあなたには過酷な運命が待ち受けているわ。私はここからあなたが望む未来に辿り着く事を願っている。だから今はちくわを食べなさい」
「あ、うん、もぐもぐ。へー、ちくわって高級なものは結構美味しいんだね。笹かまはよく食べるけどさ。個人的には島根の赤てんも美味しいよね」
「ゴートゥーヘルッ!」
だけどその言葉でセラエノは激高する。地雷を踏んだのかな。
「え?」
ひゅーん。足元に丸い穴が出現し僕は椅子ごと奈落に落下する。多分、経験上このあと僕は夢から覚めるんだろうな。
白の世界に残されたセラエノは不愉快そうな顔になり、タルトを腹立たしそうに食い散らかす。
「私の前で赤てんの話をするなんて……ケッ!」
「美味いと思うけどねえ、赤てん」
「ああ?」
そう言いながら入店した希典を彼女は睨みつける。彼はビニール袋に大量の酒を入れて、その隣には過去の世界に旅立ったシオンもいた。
「ども」
「あら、シオンもいたの。今回は随分と派手に暴れてくれたわね。ホンジョウとアマミを生存させるなんて。それ以外にも色々手を回していたじゃない」
「それが俺の目的だからね」
「まったく」
涼しい顔をするシオンにセラエノは呆れ紅茶を飲んで心を落ち着かせた。苛立っているわけではないがやはりもやもやしたものはある。
「それはわかってるけど正史を歪めすぎないようにね」
「だから血糊と鉄板でそうしたじゃないか。ホンジョウが死ぬ場面を目撃する事がアマミが暴走体アマイモンに変化するトリガーだからね。苦肉の策だったけど上手くいってよかったよ。過去を変えるのも楽じゃないね」
「はは、なんなら電子レンジをタイムマシンに改造してプレゼントしようか? きっと役に立つよ」
「いりませんが、希典さんなら本当に作れそうですね」
彼らは談笑し、許可を得る事無く座席に座り持ち込んだ食糧で宴を始めた。シオンはミルクティーを、希典はもちろん酒を飲んで。
「それで希典さんは今回どういう立場をとるつもりなんですか? 荒木の一族の当主代行として。味方になってほしいなんてわがままな事は言いませんから、せめて敵にならなければありがたいんですが」
「んー、中立かな、今まで通り。そもそも俺っちは行動するだけで因果を乱すしさ」
「そう言ってあなたは毎回やらかすじゃない。この前だって」
「ま、そうだけどねぇ」
ワンカップを飲んでいた希典は悪びれる様子なく、てへ、と舌を出して笑ったのでセラエノはほんのり殺意を抱いてしまった。
「ただちょっと気になる事があるからそこは勝手にやらせてもらうよ。二人の邪魔はしないから俺っちの事は気にせず世界を救うといいさね」
「ならいいんだけど」
セラエノはその言葉に引っかかったが、聞いても少なくとも今は教えてくれないだろう。トラブルメーカーの彼はどの世界でもほぼ毎回何かをやらかすが自分たちにその災厄を止める事は出来ないのだ。
難しい事は考えず今はこの静寂を楽しもう。セラエノはタルトにフォークを刺して口に運びその甘美な時を堪能した。
サクッとした香ばしい生地に新鮮なフルーツの自然な甘さが絶妙にマッチする。その味の虜になった彼女は数秒後には怒りを忘れてしまったのだった。




