1-74 仲直りのカナディアンバックブリーカーと、冬に訪れた青春
ミヤタが正式なヨシノ家の居候になり平穏が戻ったある日、僕は再び岩巻駅を訪れていた。この街を去ろうとする親友を、引き留めるために。
僕は駅舎を眺めていた寂しげな彼女の背中に声をかけた。
「せめてなんか一言言ってほしかったな。水臭いじゃないか」
「あたしにはその資格がないわよ。あんたたちをあたしは殺そうとしたのよ?」
振り向いて最後に悲しい笑みを見せてくれたレイカには、処刑人と呼ばれた不良の面影はどこにもなかった。
「それは嘘だね。戦っている時全く殺気を感じなかった。手加減していたんだよね、君は。そうじゃないと素人のミヤタが勝てるわけがない。肉体が強化されていたのは君も同じだったし」
「……………」
「最後に僕に襲い掛かったのは殺してほしかったからかな? ミヤタは君を殺せないだろうから」
「本当に全部お見通しなのね」
「付き合いが長いからね」
僕はわざとらしく肩をすくめおどけてみせる。レイカは観念した様子で自嘲しながらこう言った。
「死んで何もかも終わらせたかったのに、あんたのせいで生き恥を晒さなくちゃいけなくなったわ、まったく」
「君は生き続けなくちゃいけない。安易に死にたいなんて言わないでほしいね。僕らが今を生きているのは当たり前じゃないって事は君も良く知っているだろう? なに、心配しなくてもいつかはその時が訪れるから。望もうと望むまいとね。だから気負わず適当に生きればいいんじゃないかな」
「……そう、ね」
「ま、僕も説教が出来るほど生きる事に執着しているわけじゃないけどね。僕はゾンビよりもゾンビらしいって自負があるから」
レイカは僕の言葉を噛みしめ遠くにある岩巻の海を眺めた。それ以上の言葉はいらないだろう。
「それで、どこか行く当てがあるの? 南合馬に戻るの?」
「いいえ、どこにも。どこか遠くへ旅に行くつもりよ」
「なら北に行ったらどう? なんかこういうのって取りあえず北に行くよね。北海道に行くならバターサンドをお土産に買ってきてくれると嬉しいな」
「気が向いたらね」
僕はいつものように笑って冗談を言ってどうにか心変わりをさせようと時間を稼ぐ。だけどやっぱりレイカの表情は変わらなかった。
「そういえば、あんたカネヒラに会ったのよね」
「え、うん。それがどうしたの?」
カネヒラの事について知りたいのは山々だけど今は別の話をしたいなあ……けど、足止め出来るならそれでもいいか。
「気付いていると思うけどカネヒラは赤ゾンビよ。昔はあたしたちのコミュニティにいたけど反ゾンビ団体にやり過ぎて話し合いの結果追い出されてね。でもあたしはあいつのやった事に賛成だった。あたしたちのせいなのよ、あんな事になったのは。暴力じゃなくてもっと別の手段で立ち向かえばこんな事も起こらなかったかもしれないのに」
「レイカもそう思っていたんだね」
他の関係者もそんな事を言っていたっけ。具体的に何が起こったのか詳細な事は知らないけど多くの民族紛争やマイノリティの問題でも似た事例はいくらでもある。つまりはそういった報復の連鎖が起こったのだろう。
レイカのようなリーダーは戦時中には好まれる。しかし平和な時代では和を乱す暴君にほかならない。ここまでの惨事になったのは少なからず彼女にもその一端はあるだろう。たとえどれだけ崇高な理想があったとしても彼女がしたのは暴力によるテロだったのだから。
「この手はどす黒い血にまみれている。あたしはもうここにいるべきじゃないのよ」
「……………」
僕は迷っていた。レイカにとっての幸せは何なのだろう。ゾンビの様にただ生きていて希望なんてものが存在しない僕には上手く説得出来る言葉が見つからなかった。
「じゃあね、さよなら。ヨシノと過ごした日々は結構楽しかったわ」
そして僕の親友は半分くらいは告白ともとれる別れの言葉を告げる。
これで今生の別れになるのか。そんなのは嫌だった。
なら、やっぱり……彼女の力を借りるしかないよね。
「めー!」
その時ギュン、とレーシングカーのような音とともに現れた人物によりレイカは丸太の様に担ぎ上げられた。
「へ、えええッ!?」
それはミヤタが好きな矢〇通が昔使っていたカナディアンバックブリーカーという技だ。空を仰ぎ上下に揺さぶられる姿はちょっぴり楽しそうである。
「だーめーなーのー!」
「ちょ、ギブ、降ろして!」
「あ、パンツ見えた。レイカってパンツも赤いんだね」
「ッ!」
僕のセクハラ発言にレイカはビュン、とジャンプして脱出、猛スピードで僕の方まで飛んできて流れるように僕の頭頂部を掴みそのまま強引に固いコンクリートの地面に叩きつけた。
「フェイスクラッシャーはやめようよ」
「あ゛?」
おお、これが処刑人レイカか。滅茶苦茶怖い顔をしているよ。百パーセント僕が悪いけどさ。僕はニコニコ笑いながら血塗れの顔を持ち上げた。
「土下座するので勘弁してください。もしくはそのまま嫌な顔でおパンツを見せてくヴぇー」
ゴスッ! 二度目のセクハラにレイカは躊躇なく頭を割る勢いで踏みつけた。女の子に踏まれるのってすごく気持ちいいね!
……いや冗談だよ?
「レイカちゃん、どこかに行ったらやなの! わたしといっしょにいてほしいの!」
「そう言われてもね。あたしは失敗しちゃったの。あたしはケンカしか出来ないから周りの人を悲しませちゃうのよ」
ミヤタはレイカに抱き着き必死で泣き落とし作戦を試みる。泣く子と地頭には勝てない。彼女もさすがに胸がチクチクと痛んでいるようだ。
「ならこれからがんばればいいの! ケンカじゃない方法でがんばればいいの!」
「うーん、でも何をすればいいの?」
「わたしね、町の人のためにがんばろうって思ってるの。みなみおうまのゾンビの人や、アマミちゃんがそうしていたみたいに!」
「それってボランティア団体を立ち上げるって事?」
南合馬での日々はどうやらミヤタに前向きな変化をもたらしたようだ。だけどレイカはまだ彼女が何を言いたいのかわからないらしい。
「うん! でもわたしはまだまだこどもで何をすればいいのかもわかんないから、わたしにはレイカちゃんの力がひつようなの! だから行かないで!」
「……ミヤちゃん」
レイカは長い間悩んでいた。本当にその手を掴んでいいか迷っていたんだ。暴力しか知らない自分に誰かを救う力があるのかわからなかったから。
「ね、いっしょにやりなおそう?」
「……まったく、ミヤちゃんにはかなわないなあ」
そして彼女は――フッと微笑んでその手を掴む。やっぱりレイカもミヤタの頼みは断れなかったみたいだ。
「やったあ、やったったの!」
ミヤタはアホ毛を激しく躍らせ全身で喜びを表現する。きっと彼女はこうしてこれからもこんなふうに多くの人を救うんだろうな。
「イイハナシダナー。でも僕置いてけぼりだね」
「いやそりゃそうでしょ」
レイカはまだちょっと怒っていたけど笑みを浮かべて地面に寝転ぶ僕に手を差し伸べ、ミヤタもとてとてと呆れたように笑って近付いた。
「うん、わたしもどうかと思うの。へんたいはよくないよ!」
左手をレイカが、右手をミヤタが掴んで。僕は微笑んでゆっくりと立ち上がった。
そして三人で手を取り合い、物語がようやく本当の意味で始まる。
ボランティア団体か。なんか僕もいつの間にか初期メンバーにされた気がするけどこの空気で断るなんて事は出来ないしなあ。
これからどんな事があるのだろうか。まあミヤタがいれば、なんとかなるんだろうな。
季節はもう冬になろうとしているのに随分と遅れて、ゾンビのような生き方をしていた僕に青い春が訪れたのだった。




