1-72 崩壊する都市で結ばれる二人
ミヤタによって肉塊の頂上に辿り着いたホンジョウは、そこで静かにたたずむアマミに優しい眼差しを向けた。
こんな状況なのに胸が高鳴る。彼は深呼吸をして心を落ち着かせ周囲の音に聞き入っていた。ミサイルの爆音も、戦車の砲弾も、まるで自分たちに声援を送っているようだ。
ここまでお膳立てされて逃げるなんて男としてあり得ない。なら腹をくくってやるしかないだろう。彼はようやく決意した。
「ごめん、アマミさん。遅れちまったけど」
「……………?」
自分を見ても虚ろな目をしているアマミにはもう自我は無いのかもしれない。しかしホンジョウは言葉が伝わっていると信じて語りかけた。
「俺さ、前はアマミさんの事を完璧な人間だって思ってた。文武両道、才色兼備、お嬢様で生徒会長。人柄もよくて誰からも好かれて……けどそれって周りがそんなアマミさんを求めていたからそうしてただけなんだよな」
「……っ」
アマミはわずかではあるがその言葉に反応し、寂しそうな目になる。
「なのに俺はアマミさんの事を理解しようとしなかった。ずっと辛かったんだよな。寂しかったんだよな。けど完璧じゃなくてもいい。ゾンビでもいい。どんなアマミさんでも俺の気持ちは変わらない」
「ホンジョウ、くん……」
そして彼女の瞳に徐々に光が宿る。優しい、愛に溢れた光が。
「俺、勇気を出します。釣り合わないとかしょうもない言い訳はもうしません。ずっと前からあなたの事が好きでした。だから俺達の町に帰りましょう、アマミさん!」
ホンジョウは意を決してアマミを抱きしめた。彼の顔は気恥ずかしさでひどく紅潮していたがそれはとても満足げなものだったのだ。
そして――アマミも彼を抱き返す。そのあまりの嬉しさに瞳から宝石のように美しい涙を流して。
「私も……大好き……ホンジョウ、君……!」
大地が揺れる。彼女の心の奥底でヘドロの様に堆積した負の感情が浄化されると同時に、その醜悪な肉塊も大地へと帰っていったのだ。
「ぴゃー!」
「あ、これやばい?」
ちなみに中層から落下したミヤタは下層にいたヨシノに無事キャッチされ崩落に巻き込まれる前に無事逃げ出す事が出来たので、そこはご心配なく。
泥の肉塊は形をとどめる事が出来ずに平べったくなって完全に動かなくなる。死闘を繰り広げていた自衛隊も、そして泥から排出された取り込まれた人間たちも何が起こったのかわからず呆気にとられていた。
だが自衛隊の司令官はすぐに脅威が去ったのだと理解する。安全を確認したらすぐに泥掃除を始めて街の復興作業をせねばと嬉しそうに頭を抱えていたのだ。
「ふにゃー、なんだかすごいことになってるの」
「色んな意味でね」
泥の中央では周囲の目を一切気にせずホンジョウとアマミが抱き合っている。二人が口づけを交わしそうになったところでヨシノは慌ててミヤタの手を引いてその場から離れた。
「さて、お邪魔虫は退散して。僕らも帰ろうか、岩巻に」
「うん!」
そして始まりの物語はこれにて大団円を迎える。
けれどこれは物語の序章に過ぎない。ビルの屋上から小さな英雄たちを見下ろしていた仮面の少年はその事を既に知っていたのだった。




