1-70 自我を失ったアマミ
「よいしょ」
僕は意識を失ったレイカを背負い足を滑らせない様に屋根の上を慎重に降りる。けれどミヤタは、
「よ、ほっ!」
「ひぃぃい! もっとゆっくり降りてください!」
と、リズミカルにぴょんぴょんと飛んで素早さを優先して降りていく。命知らずなその赤い配管工のような動きにナバタメは恐怖して無事地上に到着したというのに涙目になっていた。
「よっと」
そして遅れて僕も到着。取りあえず安全な所に移動しようとすると、近くに負傷したホンジョウたちと山猫一家の面々を発見した。
「あ、無事だったの。戦いの結果は?」
「んしょ」
僕は一切気にせず彼らに近づきそこにレイカを降ろした。ミヤタも同様にナバタメをそこに置いて。なんだかナバタメさんは猫ゾンビたちを見てギョッとしていた気もするけど説明が面倒だしスルーしよう。
「仲間同士で殺し合っても意味ないやろ。お互いに気が済んだところで戦闘中断、って感じや。あとお前も敵なんやから普通に話しかけんなボケ」
「ま、いいんじゃないか。レイカを背負っているって事はそっちもどうにかなったみたいだな」
レイカの正体を知っていたであろうホンジョウは彼女が生きている事に気が付き嬉しそうにはにかんだ。けれどすぐに遠くを見て真面目な顔つきに戻る。
「ただそれよりも……見てのとおり面倒な事になっている」
「へ? なな、何ですのあれ!?」
僕は怯えるナバタメをやっぱり無視して皆と一緒にアマミに視線を向ける。後に暴走体アマイモンと名付けられるその怪物は特撮映画の様にビルを壊して暴れまわり、やはり無意味に自衛隊のヘリコプターや戦車が攻撃していた。
「何かミサイルとかでバンバンやってるけどああいうのって大抵はあんまり意味ないよね。シュワッチさんはまだかな? ヘッポコな帰りマン以外なら誰でもいいけど」
「お前よくこんな状況でもそんなジョークが言えるな。なんか安心するけど」
ホンジョウは苦笑するがそれ以上の事はしなかった。というか出来なかった。
「しかし本当に大きいですね。あんなに大きくなったアマミさん、どうやって止めればいいのでしょうか」
「万事休す、かニャ」
シャロとチョコも諦観しのんびりと食欲の魔王と化したアマミを眺めていた。大体サイズは大きめの野球場一つ分くらいだろうか。
「いいじゃねぇか。人間が絶望する風景を肴に酒盛りでもしやせんか、カシラ」
「じー。ありゃ」
平八は笑いながら嫌味を言っていたけど、うめまるはどこからともなく取り出した双眼鏡でアマミを眺め何かを発見したみたいだ。
「もしかしててっぺんのほうにいるのアマミかな?」
「ふに?」
「な、何だって! 貸してくれ」
「いいよー」
その言葉にホンジョウは血相を変えひったくるようにうめまるから双眼鏡を借りる。そしてすぐに目当ての物を発見したようだ。
「僕にも」
「ああ」
「わたしもあとで見せてねー!」
ミヤタも気になっていたけどまずは僕から見させてもらおう。
双眼鏡をのぞき込むとうめまるの言うとおり肉塊の頂点にアマミの上半身らしきものが生えていた。流石に詳しくはわからないが取りあえず確認出来たので、僕ははい、とミヤタに双眼鏡を渡した。
「じー。あ、本当だ、アマミちゃんがいるの!」
「さて、ゲームとかならああいう部分が弱点になっているけどレールガンでも撃ってみる?」
「いやしないからな」
「冗談だよ」
その不謹慎なジョークにホンジョウはムッとする。僕も言ってからこれはよくなかったと思ったよ。
「あはは……もう無駄よ。全部壊れたらいいのよ」
乾いた笑い声が何処からか聞こえる。僕は少し遅れてその声が足元から聞こえた事に気付く。
「へ? レイカちゃん!」
意識を取り戻したレイカにミヤタは心配そうに駆け寄る。銃弾数発、からの首絞めと、やり過ぎたかなと思っていたのにこんなすぐ復活するなんてさすがゾンビだ。
「おう、生き返ったか」
「死んでるけどね。ドーラたちも相変わらず悪運が強いわね……けどもうアマミは止められないから、さっさと逃げる事を勧めるわ」
レイカは親切にそう忠告してくれる。やっぱりなんだかんだで優しいんだね。
「やなの」
だけどそんな言葉を素直に聞くほどうちの暴れん坊プリンセスはお利口さんじゃないんだよね。
「いいアイデアひらめいたの! わたし、アマミちゃんのとこに行ってくるの!」
「そうか、なら俺も!」
ミヤタの後を追ったのはホンジョウだけだった。まあ普通はそうだろう。あんな人外の怪物にちっぽけな生命体は立ち向かうという発想すら思い浮かばないのだから。
「やれやれ」
仕方がない、僕も行くか。どうせミヤタはまた無茶をするだろうから。




