1-68 友を止めるために
さて、解答編はこれにて終了だ。だけど犯人が捕まったよ、めでたしめでたしとはならない。お次に待ち受けているのは道を違えた友とのバトルパート。つまり殺し合いなのだ。
ミヤタはレイカ自身が犯行を認めてもまだ彼女の事を信じたかったみたいだ。オロオロとしながら彼女はレイカを問いただす。
「ね、ねえ、レイカちゃん……ヨシノくんが言った事、本当なの……?」
「そんな、あなたが……」
「ごめんね、ミヤちゃん」
レイカはミヤタには謝罪したがナバタメの名前は言わなかった。大して仲が良くないからというわけではないだろう。
レイカは背中に背負った二本の斧をそれぞれの手で構える。鉄板や鉄パイプといった廃材を無理やり引っ付けて作った手製のギロチンアクスとも言うべきその斧は見るからに重そうで、力持ちの成人男性でも両手で持つのがやっとだろう。それを彼女は軽々と振り回し怪力をアピールしたのだ。
「なんで、なんでレイカちゃん!」
「わざわざ言わないと駄目かな、ミヤちゃん」
レイカは優しく諭すように言った。姉のように慕っていた友が凶行に走った動機は実際に彼女もここ数日で身をもって知ったのであえて言う必要もないだろう。僕は一旦拳銃を降ろした。
「ミヤちゃんには話した事があるから、あたしの家の事は知っているわよね。家族はお母さんと妹だけ。妹は話す事も立つ事も出来なくてずっとベッドの上で寝たきりだったけどそれなりに幸せだったわ」
「……………」
彼女の妹は何か病気を持って生まれたのだろうか。僕とレイカはそんな込み入った話をした事はなかったけどそういう家庭環境だったのか。
「けど『あの日』にあたしだけがゾンビになって死にながら生き永らえた。ようやく会えたお母さんは家の残骸の下で冷たくなっていて妹に至っては今も見つかっていない。お母さんはあたしたちのために苦労したのにこんな苦しい死に方をして……しかも原発事故で故郷まで奪われて……どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだって、あたしはそんなに信心深くはないけど神様を呪ったわ」
レイカとその家族がどのような人生を生きてきたのかは僕は知らない。けれどその不幸の一端は紛れもなく僕の父さんが務めていた会社に責任がある。そう思うと僕とは無関係だとしても苦しくて仕方がなかった。
「あたしも悲しかったけどさ、他にもゾンビになって生きている人がいるって知って皆を守るために頑張ろうって決めたの。それがあたしの生きがいになった……ううん、生きがいというよりも使命かもね」
ああ、そういう事だったのか。彼女もまた生き残った事に罪悪感を抱いている。だからこそ必死なんだ。
「たとえどれだけ手を血で汚しても、修羅と成り果てても、このとてつもない絶望に抗うためにはあたしは死ぬまで戦うしかないの。意味なんかなくてもね」
「でも、そんなのって……!」
ミヤタは必死で訴えかけるけど、もうその言葉はレイカには届かなかった。
「これはただの意地よ。だって悔しいじゃない。こんな理不尽過ぎる運命をはいそうですかって受け入れられるわけないじゃない!」
ゾンビを守るというのは生きる動機のすべてではないのだろう。彼女を突き動かすのは純粋な美しい憤怒の炎だ。
自分たちを虐げるものに、生きる苦痛に、過酷な運命に。そのすべてを彼女は灼熱の炎で焼き尽くそうとしていた。
あるいはそれはただの建前で――死に場所を求めているだけかもしれないけれど。きっとこの残酷な世界で彼女の怒りが報われる事は永遠に無いのだから。
「処刑人レイカ――不良時代のあたしの異名よ。あたしは殺し続けないといけない。あたしたちの人生を、故郷を、二度も奪った連中に、そしてあたしにこんな運命を与えた神様に一矢報いるためにね。あたしはムカつく相手なら神様だろうとぶっ殺してやるわ!」
悲しき狂戦士、レイカ。彼女が本当の意味で救われるには死ぬしかないのだろう。その言葉を聞いて、僕は理解してしまったんだ。
「わかったよ、レイカ。取りあえずナバタメを安全な所に移動させたら戦いを始めよう。それが君の望みなら」
「よ、ヨシノくん!?」
僕は拳銃を改めて構えて銃口をレイカに向けたのでミヤタは慌てふためいてしまう。だけどレイカは右手の斧の切っ先をこちらに突きつけナバタメを睨んでこう言った。
「わけのわからない事を喚く何処にでもいるような胡散臭い団体がどうしてここまで大きくなったのか知っているかしら。政治家、財界人、そうした力を持った人間と手を組んだからよ。ナバタメとは知り合いだから多少は情けをかけたい気持ちはあるけど、あんたの家が寄付した金の一部は連中の活動資金になっているのよ。もちろん今日のパーティーの参加費用からもね」
「そ、そんな」
「ゾンビを殺して食べるご馳走は美味しかったかしら? そうして貢いだお金がヘイトスピーチの活動や武器の購入に使われているのよ」
ナバタメは自分たちのした事の重大さを、そして自分も恨まれていたという事を知り絶望する。僕は渋い顔をしてレイカの説得を続けた。
「知らなかったとかじゃだめかな。少なくとも昔の反ゾンビ団体は普通の環境保護団体だった。最初から過激な団体だったわけじゃない。実際ゾンビのコミュニティにもついていけずに離反した人もいただろう?」
「なら過激になった時点で手を切ればよかった。けど甘い汁を吸うために、自分たちの利益のためにそれを黙認したのよ」
「まあそうなんだけど。そもそもほとんどのスポンサーはゾンビの存在を信じていないと思うけどそれでも駄目かな」
「知らなかったから人が死んでもいいってわけ? 無知は罪なのよ」
うーむ、水掛け論だ。それにぶっちゃけ僕も本音ではレイカに賛成だしなあ。多分僕が過激派ゾンビのリーダーならレイカよりも過激かつえげつない方法で徹底的に反ゾンビ団体を殺戮していただろうし。
「もういいでしょう、お喋りは。あたしも忙しいの。殺るの、殺らないの?」
そしてタイムオーバー。説得は失敗したようだ。
「そういうわけだからミヤちゃん。ミヤちゃんはナバタメを連れて逃げて。あたしは今からヨシノと戦うから」
「ころすって、こと……?」
「どちらかが死ぬしかないのよ、これは戦争だから」
レイカは親友に最後の情けをかける。だけどずっと動揺していたミヤタはその言葉で覚悟を決めてレイカと向き合った。
「ならわたしはレイカちゃんを止めてみせるの! こんなかなしいのはいやなの!」
「ミヤちゃん」
その強い意志にレイカは少しだけ優しい顔になった。まるで子供の成長を見守る母親の様に。
「そう。なら止めてみせなさい。東北最強の不良、処刑人レイカは子供に負けるほど落ちぶれちゃいないわよッ!」
ヒュンッ!
二人は同時に駆け出し風を切って一瞬で接近する。レイカはミヤタのアッパーカットを交差させた斧で防ぎ後方に宙返りしてまたすぐに距離を取った。
「ごめん、ナバタメは巻き込まれないように自力で頑張って」
「……私に出来る事はそれしかなさそうですわね」
あのバケモノ相手に足の不自由な少女を守りながら戦うのは難しい。先ほどの会話が堪えたのか、ショックを受けた様子のナバタメは這いながら比較的安全な屋上の隅に移動した。




