1-67 黒幕の赤ゾンビのリーダー(解答編)
無事に屋上に辿り着いた僕は一息ついてから周囲を見渡す。脱出経路に関しては落ちない様に気を付けて屋根を移動すれば何とかなりそうだ。ミヤタもそれに気付き指をさして歓喜した。
「ねえねえ、あそこからおりられそうだよ!」
「そうだね、でもその前に」
「え?」
さて、休憩終了。僕は屋上で待ち構えていた人物を真っすぐ見つめ、覚悟を決めて銃口を向けた。
――過激派ゾンビのリーダーにして、ここ数日のテロ事件の黒幕である赤ゾンビを。
「やっぱり君だったんだね」
今この瞬間まで僕は真実を否定し続けていた。だけどこれが真相だったのだ。全てを受け入れた僕はその人物に語り掛ける。
「正直ね、薄々君だとは思っていたよ。不審な点はいくつもあったからね。でも心のどこかで君が凶悪犯だなんて思いたくなかったんだ。だって僕は君の事を友達だって思っていたから無実だって信じたかったんだ」
「……………」
風で流された煙に隠れ、友の顔はよく見えない。今、僕の友達は何を思っているのかな。サイコパスの僕ですら少し心を痛めているのだし多分向こうも辛いのだろう。
「だからここは大人しく退いてくれないかな。僕は何も見なかった、君も何も見なかった。僕は君とまだ友達でいたいからさ」
友は何も言わずに僕の言葉を聞き続ける。そして僕はその名前を呼んだ。
「だから頼むよ、レイカ。僕は君と戦いたくない」
吹き付ける冷たい風は彼女の長い前髪を揺らしその下にある赤い瞳を露わにした。崇高な憎悪と怒り、そして悲しみを宿したガーネットのような瞳を。
背中には二本の巨大な斧のような武器がありバツマークの様に交差している。それはさながら罪人が磔刑にされているみたいだった。
「……ごめんなさい」
彼女は――レイカは短く謝罪する。とても分かりやすく簡潔な拒絶の言葉だ。どうやら向こうにその意思はないらしい。
「れ、レイカちゃん? 何でここにいるの?」
「レイカさん? これは一体……」
ミヤタとナバタメはなぜ彼女がここにいるのかさっぱりわからない様子だった。この期に及んでも敵だと認識せず完全に油断しきっている。
「あ、そっか、たすけにきてくれたんだね、レイカちゃん!」
ミヤタは都合よくそう解釈して喜んだので彼女は悲しそうに目をそらす。僕はそんなレイカに冷たく言い放った。
「心が痛むならテロなんてするもんじゃないよ」
「かもね。あたしはゾンビになっても結局人間だった。いくら相手が憎くても、人を殺すのって怖くて気持ち悪い事なんだって知ったわ」
「その理屈で言えば僕は人間じゃないかもね」
「ふふ、そうね……本当に二人にだけは知られたくなかった」
彼女は不良ではあるけれどテロリストになるには優しすぎた。親しい人間に自分が殺人鬼だと知られ心が折れそうになっている程度に。彼女もこんな寂しそうな笑顔が出来たんだなあ。
「えと、ヨシノくん、レイカちゃん、どういう事?」
「私にも何が何だか……説明してくれますか?」
ミヤタもようやく異変に気が付いて不安そうになったので、僕は彼女にこんな提案をした。
「それじゃあ説明がてら解答編をするかい、レイカ」
「そうね。あたしも後学のためにどうしてバレたのか聞きたいし」
レイカもそれを承諾してくれる。僕も確認しておきたい部分もあったからね。
「それじゃあまず、レイカ。君は最初にミヤタを見つけた時遠くからでも彼女だってわかったよね。その時君はコンタクトをしているからわかった、って言っていたのを覚えているかな」
「ええ、そうだけど」
「だけどそれはあり得ない。岩巻駅を出発した時君はバイクで移動していた。けどあんなヘルメットじゃ風がもろに当たって目が痛くて走れたものじゃないだろう。普通はゴーグルかフルフェイスを使わないと無理だ。君はコンタクトをつけていない。君のその視力はコンタクトによるものじゃないんだろう。ゾンビ化によって視覚が強化されたからだよね。あとついでに言えば前髪をちょいちょい気にしていたよね。風とかでその下にある赤い瞳が見られないように」
「成程ね」
ちなみにヘルメットの事を指摘した時、ケンカして壊れたとかどうのこうの言っていたけどもしかしてそれもテロを起こした時に反撃されたのかもしれないね。
「そしてラーメン屋で代議士を狙った爆弾テロがあった時の少し前……僕はあの店に行こうと提案したけど君は行きつけの店と言って別の離れた場所にあるお店を紹介した。これも変な部分がある」
「それのどこが変だっていうの?」
「行きつけっていうのは嘘だ。あの店は食券タイプの店だったのに君はそれを知らずに席に座ろうとした。テロに巻き込まれないように咄嗟に僕らを離れた店に誘導したんだよね」
「全部お見通しっていうわけか」
だけど彼女が残酷なテロリストなら僕らの事なんて気にしないだろう。僕らを気遣ってくれるという事はまだ人の心があるという事なのだ。
「だけどね、ヨシノ。名推理と言いたいけど大きな矛盾があるわ」
「何かな?」
「ニュースではあの一連のテロは同一の組織による犯行だと言っていた。あの日に起きたテロは全部で四件。未明に最初の事件、そしてあたしたちが岩巻駅を電車とバイクで出発した頃、老人ホームに行っていた頃、ドーラが起こした爆弾テロね。爆弾テロ以外の犯人は防犯カメラの映像から人型の何かによるもの。過激派ゾンビは今は一人の人型の赤ゾンビのリーダーと山猫一家だけで構成されているから消去法でリーダーね。だけどテロが起こった時のあたしのアリバイはほかならぬあなたがよく知っているじゃない。あたしはずっとヨシノたちと一緒にいたでしょう?」
「うん、だから犯人はレイカじゃないんだろうね」
僕はあっさり彼女の主張を認めたのでレイカは少しだけ意外そうな顔をした。
「爆弾テロ以外の犯行は過激派ゾンビは関与していない。ドーラも予定が狂ったとか言っていたし予想外の事が起きたんだ。それは襲撃するはずの標的が先に別の人間によって襲撃されたとかね」
「っ」
「その別の人間が何者かはわからないけど反ゾンビ団体は評判が悪いし過激派ゾンビ以外にもよく思っていない人間はいただろう。レイカ、君はそのイレギュラーな事態をアリバイ工作に利用したんだ。岩巻駅で僕らの様子をうかがっていた黒服がいたけどあれは君をマークしていた警察かなんかなのかな。テロは同一組織によるもの、アリバイがある自分は無関係だって君は彼らに見せつけたんだよね」
「……………」
レイカは何も言わない。でもこの推理なら喫茶店でレイカがいる事に驚いていたハヤセは実は本当に謎の組織に属している殺し屋なのかもしれない。ただこっちは本筋とは関係ないし、情報も少なくて判断出来ないから無視しておこう。
「僕が君の事を過激派ゾンビの関係者だって思った根拠はこんなもんかな。で、どうなの?」
「本当に凄いわね、あんた。全部大正解よ」
レイカは負けを認め脱力して肩をすくめる。実際の事件では証拠を突き付けてもごねるパターンがあるけど彼女は推理モノの犯人の様に潔く認めてくれた。




