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1-4 ミヤタさんとの出会いとぶたにくの危機

 少女の年齢は小学生高学年くらい。金髪で肌が白い事から外国人の血が混ざっているのだろう。子供には不釣り合いな大きくて分厚い丸眼鏡が似合わないけれどそれ以上に気になる事があった。


 白人だという事を考慮しても少女の肌は死人のように白かったのだ。髪はボサボサで服もひどく薄汚れており先ほどからピクリとも動く事はない。


 誘拐か、ホームレスなのか、ネグレクトなのか、家出したのか。いずれにせよ彼女に関わってしまえば間違いなく面倒事に巻き込まれる。


 平和な日常を送りたければ無視して立ち去るのが賢明だ。それでも不満なら交番に行って警察にありのままの事実を伝えればいい。


「ぷひ……」


 悲しそうな子ブタは買い物袋からニンジンをくわえて取り出し少女の口元にあてる。正直それは見るに堪えられなかった。


「やれやれ。大丈夫かい?」


 ……へんじはない。ただのしかばね、ゲフンゲフン。僕は仕方なく幼女に近寄ってしゃがむ。


「ぷ、ぷひ!」


 子ブタは何か悪い事をすると思ったのか慌てて四つ足で踏ん張り、懸命に威嚇をした。


「大丈夫、悪いようにはしないから」

「ぷひ」


 子ブタは僕の言葉を理解したのか大人しくなる。そのタイミングを見計らい、僕は彼女の首筋に手を当てた。


 その頸動脈はピクリとも動かなかった。肌も異様に冷たくこの少女はもう生物から物に変わってしまったと考えて差し支えないだろう。


「うーん……どうしようかな」


 どういう経緯かは知らないが彼女はここで死んでしまった。死体が運ばれたという可能性もあるけれどこの街にそんな人はいないと思いたい。というかこんな人目につくところに死体遺棄をするアホもいないだろう。


 まあいい、これはもう僕の手に余る問題だ。気が進まないけど警察に通報するとしよう。


 僕は立ち上がりスマホを取り出して110番をしようとしたその時、


 ぐぅー。


「?」


 この音は何だろう。死後に起こる反応的な何かかな。だけどそれはとても聞き覚えがある身近な音だった。


「むにゃ」


 少女は元気がなさそうにむくりと身体を持ち起こし、ふわああ、とのん気にあくびをした。その後、そのお腹からまたしても大きな音が鳴ってしまう。


「おなかペコペコなのー」


 幼女はきゅうん、とお腹を押さえて悲しそうな顔をした。先ほどまで死んでいた人間が生き返り僕は呆気にとられてしまったけれど、すぐに我に返り、


「僕のちくわを食べるかい?」


 と、ポケットに入れてあった、セラエノから貰った竹ちくわを彼女に手渡したのだった。


「え、いいの? ありがとうなのー!」

「ぷひ!」

「あ、うん」


 幼女と子ブタはその言葉にぱあ、と花が咲いたような笑顔になるけれど僕はまだ状況が呑み込めないでいた。そして彼女がもしゃもしゃと竹ちくわを食べている間冷静に状況を分析する。


 いや、分析も何もない。僕は別に医療従事者じゃないんだ。脈を正しく測れなかった、それだけだろう。血色の悪さも空腹で元気がなかっただけだ。僕はそう自分を納得させる事にした。


 でも目が随分と白っぽいけど……病気か何かかな? 眼鏡もかけているし目が悪いのだろうか。


 猛烈な勢いでちくわを平らげた金髪ロリは食べ終わると同時にその頭頂部に生えていたアホ毛をピン、と真上に伸ばしてショックを受ける。


「は、食べちゃったの! しらない人からものをもらうのはだめなの! でも食べちゃったの!」

「はあ、君はお利口さんなんだね」


 そう言い終わるとアホ毛はシュンと垂れ下がり女の子は悲しそうな顔になってしまう。僕は彼女を安心させるため少し思案してからこう言った。


「僕は近くの高校に通っているヨシノって名前で悪い人ではない……とも言い切れないけど、少なくとも君に害を及ぼす人間じゃないよ」

「そうなのー、はじめましてなの! わたしのなまえはミヤタさんなの!」

「はあ、ミヤタちゃんね」


 僕が距離を詰めてそう呼ぶと、彼女はちょっと不満げに反論する。


「ミヤタさんなの」

「はあ、ミヤタさん」


 初対面でさん付けを求めるなんてなかなか教育の行き届いたロリだなあ、とも思ったけど、ミヤタさんは、


「長いしへんだしミヤタでいいよー?」


 と、少し変な事を言ったのだ。さん付けして欲しいのかそうじゃないのか小さい子はよくわからないなあ。面倒くさいし要望通りミヤタでいいか。


「はあ、ミヤタ。君はどうしてこんなところで寝ていたんだい?」

「えとねー、ちょっと前までごじょうろうの公園とかでくらしてたんだけど、なんかおいだされちゃって。それでこっちにやってきたら、おなかぺこぺこで困ってたの」

五城楼ごじょうろう? 随分と遠くから来たんだね」


 五城楼とは宮城県の県庁所在地である杜宮もりみや市の地名だ。五城楼は東北最大の歓楽街と知られ、夜の店や飲食店などが並んでいる賑やかな所だけど……。


「ごはんをくれてありがとうなの! もう少しでぶたにくを食べるところだったの! ヨシノくんはわたしとぶたにくのおんじんなの!」

「ぷひー」

「ぶたにく?」


 ミヤタは笑顔で子ブタを両手で掴み強引にぺこりとお辞儀をさせる。気のせいかぶたさんはほんのり怖がっているようにも見えた。


「この子はぶたにく(二代目)って名前なの。あいぼうけんひじょうしょくなの!」

「ぷひー」

「あ、ああ、そう」


 ぶたにく(二代目)……なかなか独創的な名前を付けるんだなあ、最近の子は。初代はどうなったんだろう。もしかして彼女の血となり肉となってしまったのかな。


 だけどそんな事よりも、先ほどの発言の中にはかなり気になる部分が含まれていた。


「公園で暮らしていたって?」

「うん。つなみでおうちがなくなって、お父さんもどこかにいっちゃって……」

「ふーむ」


 つまりは震災孤児か。東北ではそこまで珍しいものでもないけれど、似た者同士このまま見捨てるのは後味が悪いなあ。


「ま、取りあえず交番に行こうか」

「え、うん、いいけど」


 ミヤタはやや戸惑いつつもその提案を承諾する。だが、


「あれ?」


 彼女は遅れて地面に横たわる買い物袋に気が付き、それと僕の顔を見比べ、最後にぶたにくを凝視した。彼女の相棒はそのつぶらな瞳を前に思わず顔をそむけてしまう。


「ぷひ……」

「もしかしてぶたにくがなにかしちゃったの?」

「晩ごはんが強奪されたけど、まあ気にしなくていいよ」

「それはたいへんなことをしちゃったの! ごめんなさいなの!」


 ミヤタは慌てて謝罪をするけれど僕は叱りつけるつもりなんて毛頭なかった。こんなひどく落ち込んだ少女と子ブタを見てしまえば怒る気持ちにもなれない。


「まあまあ、ぶたにくも君を助けようと……」

「このおわびはちゃんとするの! かわりにぶたにくをばんごはんにしていいの! しょうがやきとか肉あつなベーコンでも好きにりょうりしてほしいの! でもやっぱりオススメはジューシーなとんかつなの!」

「ぷひぃ」

「食べないから」


 彼女は涙目のぶたにくを差し出すけど僕は思わず苦笑してそう答える。だけどミヤタはそれでも納得していなかった様だ。


「それもそうなの! まだ小さいからむりなの! 太って食べごろになったらおいしく食べてほしいの!」

「ぷひぃ」

「ま、まあ、わかったから取りあえず交番に行こうか」

「うん、うちのぶたが本当にごめんなさいなのー……いっしょにつみをつぐなうの。ぶたばこに行くの」

「ぷひぃ」

「だから違うって」


 罪悪感で一杯になる彼女たちを見て僕はすっかり気を許してしまった。ミヤタはとても心が清らかな優しい少女なのだろう。


「ぶたにく、ひでんのタレでコトコトにこまれて、チャーシューになっておわびのしなになるの。わかったの?」

「ぷひっ」


 多分、だけどね。

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