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1-64 ゾンビも倒せるプロレス技

 館内で発生した火災は今のところは大丈夫だ。しかし全体的に煙たく火災報知器が騒がしく鳴っていて悠長にしている時間はない。


 さて、入り口を突破したはいいものの生存者がどこにいるのかはさっぱりわからない。そもそもいるのかどうかすらも。


「ヨシノくん、あれって……」


 その理由は説明するよりも見たほうが早いだろう。僕は立ち止まったミヤタの右隣に移動し拳銃を構えた。


「たのしぃなあああ」

「ちきゅうにあぁいを」

「らぁぶあんどぴぃす、わぁほー」


 階段から二階に進んだところで僕らは赤ゾンビの群れと遭遇した。その歪な笑みはまるで薬物中毒者のようで、どう見ても自我があるようには見えないから過激派ゾンビのリーダーではないだろうけど厄介な相手には違いない。


「クマや猫のゾンビとは戦ったけど何気に人の赤ゾンビと直接戦うのは初めてだね。えーと、赤ゾンビは普通の人間よりも身体能力が高くて噛まれたら高確率で感染するんだっけ」


 僕は都市伝説の調査で聞いた事を思い出す。本当かどうかはわからないけど殺す事を躊躇ったらきっと死ぬだろう。


「みんな身体のどこかしらに噛まれた跡があるから感染者なのかな」

「っていう事はあの人たちは……パーティーにさんかした?」

「だろうね。ハロウィンパーティーと言われても違和感はなさそうだ」


 彼らの多くはドレスやスーツなど素人目でもわかる良い服を着ている。ちょっとクレイジーだけど結果的には楽しんでいるみたいだ。ちょっと不謹慎だけどさ。


「さて、あれが噛んだら感染するタイプとして一人でも外に逃したらゾンビ映画みたいな事が起きるんだろう。今まで過激派ゾンビが行動しても表沙汰になっていないって事はきっと政府のよくわからない組織的な人たちがどうにかしてくれるとは思う。けど……」


 僕は先に進む事を躊躇しているミヤタに覚悟を決めて残酷な事を告げた。


「彼らに中途半端な慈悲を与えてはいけない。それは更なる犠牲者を生んで彼ら自身にも死ぬ事が出来ない苦痛を与える。あれはもう人間じゃないんだ。だからわかるね、ミヤタ」

「……でも」


 心優しいミヤタは泣きそうな顔で葛藤していた。わかっていたさ、こういう反応は。


「やれやれ、そもそも子供にこんな残酷な事をさせるもんじゃないね。ここは僕に任せて。君が出来ない事を僕がしてあげるから。それが僕の役割なんだ」


 ズドン!


 穏やかに微笑んで引き金を引くと、頭に穴を穿たれた赤ゾンビの男性はただの肉塊に変わる。


 ――自分でも恐ろしいくらい簡単に人であった存在を仕留める事が出来てしまった。


 彼にも家族がいただろう。それに命を殺めるという行為は本能的に恐ろしさを感じるもので強烈な生理的嫌悪感と罪悪感を抱かせるはずなのに。


 はあ、何の感慨もわかないよ。僕、本当に頭のねじがどこかイッちゃってるね。やっぱり僕は人間じゃあないんだな。わかってたけどさ。


 ズドン、ズドン、ズドンッ!


 銃声に反応しゾンビの集団は一斉にこちらに向かってくる。走ってくるタイプと歩くタイプが混在しているけれど僕は冷静に足が速く近い位置にいるゾンビをヘッドスナイプで射殺していった。まるでゲームのチュートリアルの様に容易く、淡々と。


「……ふにっ!」

「ミヤタ?」


 ミヤタは何を思ったのか真剣な眼差しになり、そのへんにあった観葉植物を拾ってフレイルの様に振り回す。ゾンビの頭蓋を植木鉢の部分で破壊すると今度は長いソファーを掴み彼女は敵の中心で暴れまくった。


 パワフルな範囲攻撃に赤ゾンビは面白いように倒されていく。ヘッドスナイプほど殺傷能力はなくても、骨を砕き移動を困難にする事は出来るので無力化する分には差し支えないようだ。


「わたしもがんばるの! ヨシノくんにばっかりつらいことはさせないの!」

「そっか、ありがとう」


 心優しい少女は僕のために一線を越える事を決断してくれた。僕は平気だからそんな事しなくてもいいんだけどな。


 なら僕は彼女の想いに答えるため一人でも多くゾンビを殺しこの手を血で汚そう。矛盾しているように思えるけどこれが僕の出した答えなんだ。


(ミヤタ。僕はこれっぽっちも心が痛んでないよ。真っ当な精神をしている普通の人間がこんな物騒なものを持っているわけないじゃないか)


 ズドン、ズドンッ! 弾を撃ち尽くした僕は素早く装填する。リボルバーは構造が単純で扱いやすいけどいちいち弾を込めないといけないのが面倒なんだよね。なんかこうマガジンみたいなのをカチャンカチャンって素早く出来れば早いし多くの弾も撃てるし便利なんだけど。


「たー!」


 ミヤタがゾンビの頭部にソファーを叩きつけるとその衝撃でソファーは壊れてしまう。武器として使う事を想定して作られていないので仕方ないが武器を失った彼女は囲まれていてピンチだ。ここは援護すべきか――?


「そいやっ!」


 だけどミヤタはブレイクダンスをするように回転蹴りを放ち容易く蹴散らしてしまう。僕はすぐに予定を変更し死に損なったゾンビを片付ける事にした。


「ふににっ!」

「おお?」


 僕が掃除に夢中になっているとミヤタはゾンビの一体に飛び掛かり、それを起点にジャンプ、空中でグルングルンと回転しながら近付くゾンビの頭を蹴り飛ばして、またジャンプして頭を蹴り飛ばし、それを繰り返して周辺の敵を一掃する。


 いや、スロー再生で見ないと何をしたのかわからないんだけど、というか普通地球では空中ジャンプは出来ないよ?


「たたた!」


 お次は高速のパンチ、いわゆる百裂拳的なアレだ。肉球じゃないよ。ひでぶをすれば完璧だけど生憎肉体が爆ぜる事はない。でもゾンビはそれで絶命したようだ。


「ふむ、ゾンビ映画のゾンビは頭を破壊しない限り死なないもんだけどある程度ダメージを与えれば頭以外でもいいのか」


 僕はミヤタの戦いを観察し試しにゾンビの胴体に三発程度銃弾を撃ってみる。ゾンビ映画ではこの程度で死ぬ事はまず無いけど、後方に倒れてピクリとも動かなくなったのでどうやら僕たちの世界のゾンビはこれでも倒せるようだ。


「ナガタロォック!」

「でもなんでナガタロックで倒しちゃうの? いやいいんだけど」


 彼女はプロレス技を多用しているわけだけど今はブルージャスティスさんの技をしている。攻撃力もあるし別にいいんだけど。


「白目をむく奴のほうがよかった?」

「それは流石にくどいよ」


 僕は失笑しつつも冷静に分析する。プロレスは魅せる事に特化した格闘技だけど実は意外とバランスの取れた戦闘スタイルだ。


 安全性が担保された近年になってもリングの上で死ぬ選手は無くならない。それはプロレスが決して八百長ではない人が無くなる危険性を孕んだ格闘技である証拠である。


 ましてやミヤタの様に超人的な身体能力を持った人間が使用すれば――天下無双の武術となるのだ。


 ミヤタは片膝をついたゾンビ目掛けて駆け出し、膝に踏み台にして飛び上がりあの大技を繰り出した!


「シャイニングウィザードッ!」


 というか黒使無双かな? 顔面に浴びせた閃光のようなその膝蹴りはプロレスを愛するハゲの黄金時代を彷彿とさせた。


 そして――着地と同時に最後のゾンビが絶命し戦いは終了する。


「……ごめんなさいなの」

「……………」


 ミヤタは殺めたゾンビたちに謝罪する。僕は慰めの言葉をかけようとしてやめた。それはより一層彼女を苦しめる事になるだろうから。


「あんなにたくさんいたゾンビがもう片付いちゃった。先に進もうか」

「……うん」


 シュンとしたミヤタに僕はそんな言葉しか言えなかった。残酷なようだけど今は弔う時間も悲しむ時間も必要ないのだ。一人でも多くの生存者を助けるためにも。


「あれ?」


 敵を全滅させた僕は移動しようとしてある事に気が付く、ゾンビの一体が僕らに背を向けてどこかに歩いている事に。


「ふに? あのゾンビもたおすの?」

「いや、待って」


 僕は銃を構えて警戒しつつその女性のゾンビの後を追う。ミヤタは不思議そうな顔をしていたけれどとりあえず僕について来た。

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