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1-62 福島編シナリオ分岐に備えて

 ――芳野幸信の視点から――


 高速道路にはやっぱり車は一台もいなかった。走りやすくて助かるけどここまで誰もいないと不安になってくる。


 その理由はもちろん、遠目でも車窓から見えるあの巨大な肉塊だろう。


「アマミさん……必ず助けるから」


 ホンジョウは変わり果てた愛する人を見つめる。僕からすればもう彼女は人間どころか生物にすら思えなかったけれどまだ愛情を抱いているようだ。


「それで君は何で心臓を撃たれたのに生きているの?」

「そうなの! もしかしてホンジョウくんはゾンビだったの?」


 一番可能性が高くてしっくりくる答えはそれだろう。死体が動くのはこのあたりでは常識だからね。


「ん、ああ……俺にもわけがわからなくて上手く説明出来ないが、なんか服に血糊と鉄っぽい板が仕込まれて、そこで弾が止まってた」

「なんそれ」


 ホンジョウはその鉄っぽい板であろうものを僕に渡す。材質はわからないけどクレジットカード程度に薄くて軽く、なおかつ弾丸を止める程度に強度があるから鉄ではないのだろう。


 弾丸はぺちゃんこになっているのに板はへこんですらいない。本当にこれは何なのかな。


「えーと、つまりあれはほんものの血じゃなかったの?」

「そうなるな。もう少し早く戻れたらアマミさんやドーラたちを説得出来たのに……クソッ!」

「アマミはともかく親ビンはどのみち無理だったと思うニャ。そんなに落ち込むんじゃないニャ」


 チョコは悔しさをにじませるホンジョウのフォローをしながら運転する。彼もまた仲間がやられたのだからドーラが今どう思っているのかよくわかっているだろうし。


「けどあの状態のアマミさんを説得出来るんでしょうか。それ以前に意思の疎通がとれない気もしますが……」

「最早ただの災害だね。避難指示も出て自衛隊も出動してるし」


 僕はスマホを操作しその画面を助手席に乗ったシャロに見せる。どこもかしこも臨時ニュースに切り替わっており、ビルや木々を飲み込みながら進撃するアマミさんを映していた。


「大体南合馬から東京まで三百キロ。アマミさんは時速百キロ行かない程度だから三時間とちょっとあれば東京に辿り着くだろうね。こんなのが人口密集地で暴れたらどんな大惨事になることやら」

「ああ、まずは反ゾンビ団体の拠点に先回りしてドーラたちの報復を阻止してアマミさんを止めないと。チョコ、時間はどれくらいだ?」

「全速力で拠点に向かったとして、暴れている親ビンたちを止めて中のやつを救助して、終わった頃くらいにすぐアマミがやってくるニャ。時間もシビアでアマミのほうが明らかにヤバいから拠点はもういっそ無視するという手もニャい事もニャいけど……」

「それはだめなの。みんなたすけるの!」


 ミヤタの鶴の一言で方針が一瞬で決まる。出来るかどうかはわからないけど彼女がそれを望むなら僕は全力を尽くすだけだ。


「そうか、ならそうしよう。僕も遠慮なく銃をぶっ放すよ」

「ああ。こんな無意味な争い、いい加減に終わらせないと!」

「うん、がんばるの! こんなかなしいだけのこといやだから!」

「はい!」

「ニャア!」


 全員改めて決心したところで僕はスマホのニュースアプリを閉じた。次に僕がどうにかすべきはこの大量の着信履歴やメールだろう。暴動やら進撃の肉塊やらで皆心配してくれているようだ。


 僕がボッチ族で良かった。もしもっと交友関係が広かったらえげつない事になっているだろうし。


 取りあえず優先すべきは家族である母さんと紗幸かな。まずは母さんに電話をかけてみるか。


 プルルルル。プルルルル。


 コール音が鳴るけど一向に出る気配はない。震災の時みたいに回線がパンクしている可能性もあるけど。


 うーむ、無事と死地に赴く事を伝えたいけど仕方ない、後回しだ。母さんにはメールを送るとして次は紗幸にしよう。


 プルルルル。電話をかけると彼女はすぐに応答する。


『お兄ちゃん!? お兄ちゃんなの!?』

「イイエ、本〇朋晃デズ」

『こんな時までボケないでよ、もう! でも無事でよかった……』


 僕のガラガラ声を聴いた紗幸は安心し涙声で喜ぶ。このあとすぐにがっかりさせちゃう事を考えると申しわけなかったけどさ。


『氷嶋に行ったって聞いたから、心配だったんだから! それですぐに帰れる? なんか凄い事になっているから早く帰ったほうがいいよ!』

「ああ、ごめん、今から東京に行ってカルトとテロリストの喧嘩の仲裁をする事になったんだ」

『え、ど、どういう事?』

「僕にもどうしてこうなったのかわかんないや。でもよくある事だよね」

『あるある、ねーよ!? ホワーイ!? 心の底から言うぜ、どうしてこうなったァ、HEY!』

『ぷひっ』


 妹は混乱していつものようにキャラ崩壊したので僕はクスリと笑い安心してしまう。そこには日常が確かにあったのだから。なんか後ろのほうでぶたにくが奇行に驚いていたし。


『じゃない、何言ってるの!? 今の状況わかってるの!?』

「わかってるかわかってないかって言えば実のところそこまでわかんないけど。まあそういう事だからさ……ごめんね?」

『あ、ちょっと!』


 これ以上話しても無意味だ。僕は短く謝罪の言葉を告げて強引に電話を切った。


「ヨシノくん、よかったの? さっちゃんしんぱいしてたけど」

「いいよ。紗幸は止めるに決まってるから。そして僕はそれを拒否する。不毛な議論だよ」


 僕はそう言ったけどやっぱり心は痛む。岩巻に住む人の多くがそうであるように彼女は理不尽な運命による別離を経験している。姉さん、父さんに続き、兄までも失ってしまえばもう彼女は立ち直れなくなるかもしれない。まあ僕の場合は彼女を困らせてきたから喜ぶかもしれないけどね。


 ……僕は死ぬのはそんなに怖くない。けれど妹のために生きて帰るつもりだ。だからごめん、こんな身勝手なお兄ちゃんの帰りを待っていてね、紗幸。

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