1-59 アマミの暴走
僕らは病院近くの河川の上に架かる橋の上で欄干を背に戦うホンジョウとチョコ、シャロの姿を確認する。状況は芳しくないが山猫一家や武装した住民が頑張っておりどうにか持ちこたえているようだ。
雨の影響か河川は増水している。濁流が荒れ狂う姿はさながらサスペンスドラマのクライマックスの崖のようだ。
「アマミさん! それにドーラたちも!」
「無事だったのね、ホンジョウ君!」
「親ビン! 助けに来てくれたんですね!」
敵は向こうからやってくる増援も含めて長物装備が十数人程度。ホンジョウも救いの手に歓喜する。これならなんとかなるしあとは消化試合だ。感動の再会と言うには少々物足りないピンチだね。
もう何も問題ない。僕はすっかり安心しきってしまった。
それが、ゾンビものでは絶対にNGである事は知っていたのに。
「死ねやゴルァアアッ!」
「っ!」
僕は増援の一人が拳銃を所持していた事に遅れて気が付く。僕は急いで銃を構えたけど遅かった。
ズドン――ッ!
無慈悲な銃声が響きホンジョウの心臓のある位置から血が飛散、彼は背中にのけぞる。アマミさんの笑顔は絶望に歪み力の限り彼の名前を叫んだ。
ホンジョウはゆっくりと欄干にもたれかかり、川に落下し水飛沫が上がる。
そして彼はすぐに濁流にのみ込まれて流され、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ホンジョウッ!」
ドーラは叫び暴徒の群れに突っ込む。僕はすぐに何をすべきか理解し敵目掛けて引き金を引いた。
ズドン、ズドン、ズドン。
僕は殺戮するだけの機械となり暴徒に弾丸を撃ち込む。苦悶の声で喚き散らす声を聴いても何も感じなかった。
「おまたせ! って、あれ?」
「ぶもっ」
遅れて馬に乗ったミヤタが牛さん部隊を引き連れてやってくる。けれどもうなにもかもが遅かった。彼女はキョトンとしていたけれどとても悲しい事が起こったのだと理解してしまう。
「どうして」
唖然としていたアマミさんは、ポツリと言葉を漏らした。
「どうしてあなた達は……私からすべてを奪っていくの。私たちが何をしたっていうの……」
「ヒッ!?」
ゆらり。アマミさんの身体が揺れその肉体がゴプリと醜く変化していく。その異常な光景に足を撃たれ座り込んでいた暴徒は悲鳴を上げた。
「どうして。どうして、どうシテ、ドウシテッッ!!」
「アマミちゃん!?」
「アマミさん!」
「ひゃ、ひゃあ~! 親ビン、なんかヤバいですって!」
ミヤタとシャロはその名を叫ぶ。チョコは腰が抜けていたけど、きっと彼のした反応が生き残るために正しいものなのだろう。
「アカン、逃げるでッ!」
「みたいだね!」
ドーラと僕は即決する。よくわからないけどあれが危険なものである事はわかる。一方ミヤタは肉体が変容していく彼女をどうにかして助けようとしていた。
「ブルルル!」
「ぶもー!?」
「まって! こわがらないで!」
でも牛や馬は恐怖で逃げ出してしまう。今僕らに出来るのは巻き添えを食らわないように逃げる事だけなのだ。
「うわあああッ! 来るな、ば、化け物ッ!」
「チガウ……ばケものは、アナタタちのホウッッ!!」
「アマミちゃん! やめてッ!」
その泥のような肉塊は逃げまどう暴徒たちを飲み込んでどんどん巨大化していく。だけどミヤタは馬から飛び降りて彼女のもとに向かおうとしたんだ。
「ああもう!」
「やなの、やなのー!」
僕はミヤタを抱え強引に一緒に逃げ出す。彼女は泣き叫びながら暴れたけれどどうにか押さえつけ、僕は逃げる事を最優先に行動した。
「はなして! アマミちゃんがたいへんなことになってるの! 見たらわかるでしょ!」
「よくわからないけど、あれに話が通じると思うかいッ!?」
悲痛な声が僕の心に突き刺さる。だけど彼女を守るには逃げるしか手段はない。
あちこちから悲鳴が聞こえる。おそらく怪物と成り果てたアマミさんが連中を見境なく捕食しているのだろう。
そして貪欲なる肉塊の怪物は全てを飲み込んでいく。暴徒も、町も、優しい思い出も。




