1-3 泥棒子ブタを追いかけて
下校した僕は家で帰りを待ってくれている可愛い妹に晩ごはんを作るため行きつけのスーパーへと向かった。
店内には宣伝とは関係が無い熱いメッセージが書かれた紙やお客さんを楽しませるための人形といった飾りが嫌でも目に入る。僕はそれを華麗にスルーしたけど、ついついお総菜コーナーで店の売りである激安弁当を視界にとらえてしまった。
ここのお店の弁当はコスパもよくて美味しいし、このまま出来合いのもので済ませてもいいけど流石に何度も何度もお弁当じゃ飽きちゃうだろう。今日は忙しくないし新鮮なお肉や魚、野菜なんかを買わないとね。
先ほどから流れるこの楽しそうな曲はこのスーパーが地元のゆるいキャラとコラボしたコマーシャルの奴だ。可愛らしい歌声には謎の中毒性があり何だか耳に残ってしまう。
晩ごはんは何にしようか。アレンジした野菜たっぷりの焼きそばでいいかな? 僕はパッパと茶色の麺や卵と、他の商品をかごに入れてレジへと進んだ。
「つぎのかたどうぞー」
「ちー」
レジを担当するのほほんとした声の男性(?)は背が高く、ハムスターかモルモットのようにもふもふしておりお供のカピバラサイズのネズミ君とともに仕事を頑張っていた。
彼らを最初見た時はちょっとびっくりしたけどその存在に違和感を覚えつつも誰も指摘をしなかった。だから僕もあえて何かを言う事はせず、その結果皆が正体を知るタイミングを失い今日に至る。
もしかしたら前述したゆるいキャラとコラボするために店のほうで密かに何かを考えているだけかもしれないし。それに仕事はとんでもなく出来るし、商品の事で質問をしたら丁寧に教えてくれた事もあるから細かい事はどうでもいいだろう。
ピッピッピ、と彼は手際よくバーコードを読み取り綺麗にかごの中に詰めてくれる。彼はレジ打ちから棚卸、商品開発まで何でもこなし、店長さんや同僚、お客さんからも信頼されているとてもすごいもふもふなのだ。
「まいどありー」
「ちー」
そのもふもふにほんのりと癒された僕は数千円を支払い、買い物を済ませて帰路についたのだった。
店を出た僕はママチャリのかごにマイバッグを入れたところで、
「あ、牛乳……」
と、買い忘れがあった事に気が付いたのだ。けれどまた店に戻るのも面倒だしその辺のコンビニで買うとしよう。
僕は自転車を走らせ近くのコンビニに寄り道をし牛乳を探す。ついでに必要なものも買いそろえておこうか。
だけど商品を探している最中、僕は書籍売り場に置いてあった雑誌が気になってしまった。
『ゾンビは実在した!? その裏に隠された政府の陰謀に迫る』
『ペイルライダーは犯罪者か、はたまたダークヒーローか』
『環境保護? なにそれおいしいの? 反ゾンビ団体、その呆れた実態と政治とカネ』
『各地で発生する連続誘拐事件。その真相とは』
『目撃者多数! あなたも妖怪猫又を探してみよう!』
『あなたの家にもいるかも? 幸せを呼ぶキノコの妖精』
『お・も・て・で・ろ! まだまだ続く五千万問題』
それらのゴシップ系の週刊誌はどれもかしこも見ている人に本を買わせるために、仰々しく見えるよう配色や文字の配置を工夫している。
もっとも僕はそのどれにも興味を抱かなかった。強いてあげるとすればペイルライダー事件くらいなものだろうか。あとは東北という事でゾンビかな。
僕はそれ以上見るのをやめて当初の目的通り牛乳とコンビニ限定のコーヒーを購入する。
やれやれ、無駄な時間を過ごしてしまったな。さて、早く晩ごはんを作ってあげないと。
だけど自動ドアが開き、店を出て愛車の所に戻ったところで僕は思わず硬直してしまった。
「ぷひ、ぷひ」
ママチャリの前かごには小さなピンクの可愛らしい子ブタさんがいてお尻をふりふりしている。どうやら買い物袋の中の物を漁っているようだ。
「……ぷひ?」
そして子ブタは僕の気配に気が付き、こちらを振り向いてしまう。
「あ、うん、ども」
そのまま見つめ合う事数秒。わあ、とってもつぶらな瞳でポケっとした顔がキュートだね。
「ぷひー!」
「あ」
子ブタは買い物袋の持ち手をくわえて慌てて逃走してしまった。なかなか日常生活で遭遇しないトラブルに僕はどうすればいいか思考がフリーズしてしまったけれどやるべき事は一つしかない。
「ちょっと子ブタさーん!」
僕は慌てて子ブタの後を追いかけた。このままじゃ僕の妹のお腹がペコペコのままだからね。
子ブタさんはなかなか足が速く捕まえる事が出来ない。街の人たちはそのシュールな光景を二度見していたけれど僕は恥も外聞も気にせず子ブタを追いかける。
皆が笑ってるよ、るーるるるーるるー。今日もいい天気だ。うーん、呟かれたりしないかな。百万回くらい動画が再生されてバズッたりしないかな。
ああもう、こんな事なら自転車に乗って追いかければよかった。あんなに激しく買い物袋を振り回して中の物がぐちゃぐちゃになっちゃうよ。卵は諦めよう。あれが無いと焼きそばじゃないのになあ。
「ぷひー!」
子ブタは右に急カーブをして公園の内部に侵入した。僕も後を追うけど一瞬姿を見失ってしまう。
日没近い時間帯もあって周囲に人は誰もいない。まるでここだけ世界から切り離されたかのようにとても静かだった。
「あっ」
そして僕は滑り台が付いた複合遊具の下にいる子ブタを発見する。急いで後を追うけど、少し近付いたところで僕の脳の回路はまたしてもエラーを起こしてしまう。
「ぷひ……」
買い物袋を地面に置いた子ブタは不安げに『それ』に鼻を近付け、すんすんと臭いを嗅いでいた。
滑り台の下にいた『それ』。それは人間の少女の死体らしきものだった。