1-56 再び日常を奪われた南合馬
南合馬までに向かう高速道路は驚くほど空いていた。暴動があったわけだからそりゃそうだろう。のんびりしていては警察によって封鎖されるかもしれないし時間との勝負だ。法定速度なんて知らないよ。けどよいこの皆は交通法規をちゃんと守ろうね。
「っ」
後ろに座るミヤタは力強く僕を抱きしめる。振り落とされないように、そして喪失の恐怖と戦うために。
間に合え。間に合わせてみせる。
彼女にこんな怖い思いをさせた連中の脳天に風穴を開けないと気が済まない。生きている事を後悔するほど徹底的に絶望を与えて殺してやる。
僕は瞳孔を開きその眼に混じりけのない狂気を宿した。愚か者どもよ、奪われるものの苦しみを思い知れ!
南合馬周辺に辿り着くと遠くからでも煙が立ち上ってくる事にすぐに気が付く。いったいもう既にどれほどの被害が出たのだろうか。
降り続く雨はより一層激しさを増す。運転しにくいけどこれなら火災をある程度抑える事は出来そうだ。
市街地エリアに辿り着くと建物の損壊が目立ってくる。角材を持って笑いながらうろつく一団を発見した僕は迷う事無く連中にバイクで体当たりをした。
「ごぼッ!?」
暴徒はうめき声をあげて吹き飛ばされる。ここから先は道も荒れてガレキや放置車両と言った障害物も多いしバイクで進むのは難しそうだ。
「ミヤタ、ここで降りるよ。得物を準備して」
「うん!」
バイクから飛び降りたミヤタは目に付いた通行禁止の道路標識をへし折って装備し、僕に追従する。
「みんなの町が……ひどすぎるの……みんな、ふっこうをがんばったのに……」
南合馬の町はまるで『あの日』の様に荒れ果てていた。正義を妄信した反ゾンビ団体は震災から立ち直ろうとした町の人々から平穏な生活を一切の情け容赦なく奪い去ったのだ。
……こんなのさ、殺すしかないよね? それも出来るだけグロテスクな方法でさあ。
「ねえ、ヨシノくん」
「なに」
「っ」
僕はうっかりサイコパスモードのトーンで返事をしちゃったのでミヤタはひどく怯えてしまう。危ない危ない、人間のふりをしないと。
「できれば、その、わるい人たちをころさないであげてほしいなって」
だけどこの期に及んでミヤタはまだ優しさを忘れずそんな懇願をしたのだ。律義に聞く必要はないけど僕は承諾すべきか迷ってしまう。
「優しいんだね、ミヤタは。あんな連中に……けど、それもそうだね。善処はするよ」
「うん」
僕は少々不本意だったけどミヤタのお願いを聞いた。子供に死体を見せるものじゃないし死なない程度に半殺しにしよう。余裕があれば、だけどね。
丁度いいところに物音に気付いた暴徒たちが建物から現れた。暴徒の一人はポケットに数枚の紙幣を突っ込んでおりへらへらと笑っている。
「略奪をしてたんだね。わかってはいたけどもう信念もなにもあったものじゃないな。遠慮なく撃てるから助かるけどさ!」
「ゾンビだ、ゾンビがいるぞッ!」
「ぶっ殺せぇッ!」
暴徒たちは獲物を発見し嬉々として群がってくる。さて、お望み通りバイオレンスで楽しい狩りの時間を提供するとしよう。
ズドン、ズドン、ズドンッ!
「ぎゃああッ!」
牽制に数発。一応急所は外してあげたけど力関係を見せつけるにはそれだけで十分だった。彼らは自分たちが狩られる側だと理解し慌てて逃げ出してしまう。
「行くよ、ミヤタ」
「わかったの!」
焦るミヤタは走りだし先行して移動する。だから危ないよ、と言いたいけれどぶっちゃけ彼女のほうが僕より強いからなあ。
彼女はまず戦闘音が聞こえる場所へと向かった。金属がぶつかり合う音に気の抜けた爆発音。この爆竹のような音はつい最近聞いた覚えがある。
「そりゃー! 助けに来たの!」
「うびゃほッ!?」
ミヤタは暴れていた暴徒を蹴散らしそこで戦っていたゾンビを助ける。そのゾンビは何を隠そう山猫一家のドーラだった。
「何や、お前らかい。せやけど助かった!」
「お、おおう、ありがと。ちょっと休ませて」
「てめぇの助けなんていらねぇよ……!」
「まあまあ、昨日の敵は今日の友ってね」
皆は感謝するも平八は相変わらず悪態をつく。ドーラのほかにもうめまると平八を含めた山猫一家が何匹か戦っていたけれど全員負傷しており、まともに戦えるのは彼だけで結構ピンチだったようだ。
これはまさしく、あれだね。僕は笑顔で彼に告げる。
「今は猫の手も借りたいだろう? 助太刀するよ」
「……………」
「……………」
「せやな」
ドーラは何も聞かなかった事にしてくれた。意外といい奴なんだな。
うん。
ズドンズドンズドンズドンズドンズドンッ!
「ギャース!?」
僕は無心で銃を乱射して暴徒を撃破する。なんか腹が立ったからね。
「ヨシノくん、空気をよむの。わたしこどもだけどそれくらいはわかるよ?」
ミヤタはなんだか冷たい目をしていたので僕はそれにぞくぞくしてしまった。ああ、なんか性癖が生まれそうだ。
「ほんますんまへん」
「エセ関西弁はやめぇ」
ドーラは少し呆れていたけれど大量の爆弾を敵の頭上に投げつける。これってよくゲームとかで見かけるあれかな?
「ヨシノ! ちょっくら頼むで!」
「りょーかい」
再現出来るかわからないけど何をしたいのか瞬時に理解した僕は、爆弾のうちの一つに素早く銃弾を撃ち込む!
ドドドドッ!
「ギャアア!?」
それを起点に爆弾が一斉に爆発し敵に逃げる間を与えずまとめて蹴散らす事に成功した。山猫一家お手製の猫弾Cボムとかいうこの爆弾は殺傷能力が低いから多分死んではいないだろう。
「クソどもがあァア! 死ねやァアア!」
「おわっ!?」
だけどそれを見ていた暴徒が大型バイクに乗って突っ込んでくる。ドーラは慌てて退避したけど僕とミヤタはあえて何もしなかった。
「タイヤを撃ってもいいけど……ミヤタ!」
「わかったの!」
ミヤタは道路標識をバットのように構え気合を注入する。狙うはただ一つ、駄目押しの一発だ。
敵は猛スピードで突っ込んでくる。タイミングはバッチリ、さあ打つんだミヤタ!
「でかいのいくよー! そぉーれッ!」
ブルン! 彼女は助っ人外国人の様に重心がしっかりしたパワフルなスイングを放つ!
「ギッテンズッ!?」
バイクが粉砕されるいい音が聞こえる。それは見事な引っ張り打ちだった。暴徒はバイクごと左中間に吹き飛び三階建てのビルを超える特大ホームランとなる。
「いやー、飛んだね」
「いっぱつかましてやったの! あれ、この音は?」
僕とミヤタは飛んでいった暴徒を眺めるけどその時ミヤタが何かに気が付いた。何だろうと思っていると僕も彼女が聞いたであろう音を耳にする。
パカラ、パカラ。それは街中ではまず聞かない野生溢れる小気味よい音だ。物陰に隠れていたドーラも何事かと現れその音の主を確認した。
「ヒヒーン!」
「お馬さんなの! ぶじだったの!」
「なんや、こいつはもしかして牧場の?」
その馬は牧場で出会った馬追神事に参加していた馬だった。駆け寄ってきた馬は真っ先にミヤタに近付き、そこで急減速して停止する。
「よしよし」
「ブルル!」
馬の頭を嬉しそうに撫でるミヤタ。馬も喜んでいるように見える。そして彼女はどういうわけか跳び箱を飛ぶようにその大きな背中に跨ったのだ。
「え、まさかミヤタ」
「力をかりるの! しゅつじんなのー!」
「ヒヒーン!」
僕が何かを言う前にミヤタは馬とともに市街地エリアを駆けていく。何だか変な事になったけどミヤタだしまあいいか、と僕は納得した。
「無茶苦茶やなあいつ。まあええわ、ここはもう十分や、急いで病院に向かうで! そこに仰山避難しとる奴がおる!」
「わかった」
ドーラからそう指示されたので僕は彼の後を追って病院へと向かった。きっと敵も相当集まっているから一番の激戦地に違いない。
出来れば一人残らず仕留めたいから、弾丸が足りればいいんだけれど。




