1-54 福島の危機
彼女のおかげか、何事もなく駅のほうへと戻った僕らは電車に乗って氷嶋駅に向かう。
ゴトン、ゴトン。人をまばらに乗せた電車は静かに揺れる。窓には雨が激しく打ち付け外の風景なんて見えやしない。
「すぴー」
疲れたミヤタは眠ってしまい僕の右肩にコテン、と身体を倒した。起こすのも可哀想だし駅に着くまで眠らせてあげよう。
そうか、もうミヤタとの旅は終わるのか……ならこれは僕の心の涙なのかもしれないな。
人間もどきの僕なのに柄にもなく楽しんでしまった。けれどしばらくすればまたいつもの日々に戻るだろう。
さあ、もうすぐ氷嶋駅に着く。そこで旅は終わるんだ。
結局僕らは他人同士。家族じゃない。それがあるべき形なのだ。なのにどうしてここまで心がかき乱されるのだろう。
――嫌だ、まだ別れたくない。僕はそう願ってしまった。
ギィイイイッ!
「わ」
「ふにゃっ!?」
だけどその時列車は急ブレーキをしてミヤタが僕のほうに倒れてくる。僕は咄嗟に彼女を受け止めたけれどミヤタも含め乗客は突然の事に戸惑ってどよめいているようだった。
「あれ、どうしてえきじゃないのにとまってるの?」
「さあ。動物でもいたのかな」
あるいは置き石の類や人身事故か。何にしても長引くのは勘弁してほしかった。けれど周囲の様子をうかがっていた僕は車窓からあるものを目撃してしまう。
「煙?」
その黒煙は雨で視界が悪い中でもはっきりと認識出来るほどもくもくと立ち上っていた。どうやら駅周辺エリアで大規模な火災が発生しているらしい。
『ご、ご乗車のお客様に連絡します! 氷嶋駅周辺にて火災が発生したため、え、いや、大丈夫なんですか!?』
向こうと連絡しながら話している運転士さんはかなりテンパっており聞いてて不安になってくる。だけどとにかく大変な状況である事はよくわかった。
「火事だって」
「みたいだね。まあじっとするしかないか」
ちょっぴり不安げなミヤタに僕はそう言った。実際対岸の火事じゃないけどここにいれば巻き込まれる事はまずないだろうし。定刻通り到着するのは絶望的だけどね。
プルルルル。プルルルル。
その時僕のスマホが鳴る。相手はレイカでタイミングからしてもしかすると僕らを心配してかけてくれたのかもしれない。車内で電話はマナー違反だけど今は非常事態だから構わないだろう。
「どうしたの、レイカ」
『ヨシノ! ミヤちゃんは無事!?』
ああ、やっぱり。レイカはかなり焦っており相当心配してくれている事がわかる。僕は彼女を安心させるため出来るだけのんびりした口調で状況を伝えた。
「うん、大丈夫。今氷嶋に帰る途中。電車に乗っていて駅の近くで急停車したよ」
『そう、ならいいわ。騒ぎが収まるまで絶対に電車の外に出たら駄目よ!』
だけどレイカはまだ安心していない。どうやらこれは思った以上に深刻な事が起こっているようだ。
「そのつもりだけど、今何が起こってるの?」
『反ゾンビ団体が福島の各地で暴動を起こしたの! 今、氷嶋駅の近くで火炎瓶や鉄パイプを持って暴れていて南合馬も襲撃されたわ!』
「なんだって?」
「ふにっ!?」
レイカから伝えられた情報はあまりにも現実離れしていた。暴動なんて日本ではまず起こらないのに……いや、それよりも!
「よ、ヨシノくん?」
「大丈夫、安心して」
僕は怯えた様子のミヤタに優しくそう言った。
反ゾンビ団体のターゲットは言うまでもなくゾンビとそれに関わると判断した人間だ。今ミヤタが外に出れば命を狙われるに違いない。暴れているのがヘイトスピーチを行った連中と同じならきっと話の通じる相手ではないだろう。
「レイカちゃんが何か言ってたけど、たいへんなことになってるの?」
「うん、だからじっとしたほうがいい」
敵は暴徒。仮に銃を使うとしても数で押されたらどうしようもない。危険には関わらないのが生き残るための鉄則だ。
「アマミちゃんたちは? どうなっちゃうの?」
「ミヤタ」
僕は彼女の両肩を掴み、真っ直ぐ目を見て名前を呼ぶ。
「何を考えているのか何となくわかるよ。けどお願いだから今回ばかりは無茶をしないでほしい。流石の僕でも護り切れる保証はないから」
「……………」
けれど僕にはわかっていた。短い付き合いだけどこういう場合ミヤタがどういう行動をとるのか。
「ごめんっ!」
走り出したミヤタは迷わず電車のドアを力尽くでこじ開け、線路に飛び降りる。
ああ、わかってたよ、わかってたさ! まったく無茶するんだから!
「待って、ミヤタッ!」
僕も急いで電車から飛び降りた。結構な段差だし、線路の上はかなり歩きにくいけれど彼女は陸上選手もビックリな俊足であっという間に駅のほうへと向かってしまった。
急げ、走るんだ。ミヤタを追いかけろ。取り返しのつかない事になる前に!




