1-52 汚れた猪神湖と戻らない友情
万両林公園を観光したあと僕らはバスと電車で猪神湖へと向かった。猪神湖は全国的にも知名度があり福島のシンボルとも言える湖だけれど……。
「なんかきちゃないのー」
「それは言わない約束だよ」
近年は水質が悪化したという話通り正直水は濁って美しいとは言えなかった。フォローのために言っておくけど今が汚いのであって、あと何年かすれば地元の人の努力でだいぶマシになると思うからね?
遠くには美しい山々が連なり景色は悪くない。けれどやっぱり人はまばらで濁った湖面も相まって寂しい印象はぬぐえなかった。湖はまるでこの街の人々の心を表しているかのように澱んでおり何だかこちらの気分も沈んでしまう。
「あっぷっぷー」
けれどミヤタはやはりというかマイペースだった。彼女は湖面から顔をのぞかせたナマズのような魚とにらめっこしており一応楽しんでいるらしい。
でもどうしよう。やって来たはいいけどする事が無いな。景色も微妙だし(※くどいようだけどこの頃はry)。白鳥と亀を模した観光船が湖をのんびり航行しているけれどあれに乗ってみようかな?
「ちょっとそこで待ってて」
「うん」
僕は船の様子を見るためにらめっこに夢中なミヤタを置いてその場から離れる。予約とか必要だったりするのかな。そもそも乗り場はどこだろう。
湖に沿って歩き僕はテクテクと歩いてまずは乗り場を探しに向かう。だけど探し方が悪いのかなかなか見つからなかった。
いや、もしかしたら乗り場はかなり遠くにあるのかもしれない。猪神湖の面積は日本でもトップクラスだし。ちなみにどのくらいかというと歩いて一周したら丸一日かかる程度だ。
「うーむ」
どうしよう、離れすぎるのもよくないし戻ろうかな。僕はそう思って引き返そうとしたけれど、
「っ」
見知った顔を見かけ思わず息を止めてしまったんだ。
彼はただ独りその場に存在し虚しい景色の一部となっていた。彼はまるで生きる事を拒む荒野の崖の上にいる孤狼のように気高く、美しさすら感じるほどに孤独だったのだ。
一匹狼という言葉が相応しい孤高の不良。それは言い換えれば孤独であり誰も彼を助ける事が出来ないという意味でもある。
「カネヒラ」
「ヨシノか」
そこにいたのは福島に住む僕の友人、カネヒラだった。氷嶋駅に着いた時にも見かけたけど相変わらず獣のような鋭い目つきをしている。
そして何より――瞳の色が赤く染まっていた。昔は普通の色だったから今の彼はきっと……。
「最近連絡がなくて心配してたけど、元気にしてた?」
こういう時どんな言葉をかければいいのだろう。人間の事がよくわからない僕にはまったく見当もつかず手探りで当たり障りのない言葉をかけてみる。
「俺が今何をしているかどうかなんてお前には関係ないだろ」
「そうだけど」
わかっていたけれどカネヒラは明確に僕を拒絶する。これ以上話しかければ殴り飛ばすのではないかというほど、殺し屋のようなオーラを滾らせて。
「氷嶋にいたよね。アマミさんと一緒に……僕になんか用があったの?」
「用事があったのはアマミのほうだ。俺は頼まれて護衛をしただけだ」
「そっか。えと、カネヒラも赤い眼って事は、その」
「だとしてお前に関係があるのか?」
「ないけど」
ああ、無限ループのようにこの回答に戻ってしまう。折角親友に会えたのに僕にはどうする事も出来なかったんだ。
「ヨシノくーん! あれ?」
そして時間切れとなる。僕を追いかけてやってきたミヤタは子供ながらにギスギスした空気を感じ取ってしまい不安げな顔になってしまう。
「じゃあな。お前にはガキのお守りをする仕事があるだろ。だからもう俺に関わるな」
「うん……」
「ふに?」
カネヒラは踵を返しその場から立ち去ってしまう。ミヤタはキョトンとした顔をしたあと、僕の服の左袖をくいくいと引っ張った。
「おいかけないの?」
「いいよ、別に。さ、向こうにいい感じのカフェを見かけたから行こうか」
「え、うん」
僕はミヤタを黙らせるため食べ物で釣ってその場を足早に去った。
それに汚れた猪神湖にはもう昔のような美しさはない。そんなものを見ていても惨めになるだけだったから。




