1-49 ラブコメとゾンビの現実
そんなわけで成り行きでホンジョウの恋愛相談をする事になった僕とミヤタはアマミさんを探して役所を探索したけれど、外出しているのかどこを探しても見つからなかった。
「見つからないねー」
「うーむ。そこのマタンゴさん、アマミさんを見なかった?」
「さー?」
僕はそのへんを歩いていたマタンゴさんに声をかける。彼はそう言って首を傾げたあとに少し考えこんでから、
「でもアマミちゃんなんだかかなしそうだったね。かんがえごとをするときはよくちかくのおかのうえにあるこうえんにいるからそこじゃないかな」
「うん、ありがとう」
「じゃ、行ってみるの!」
ロールプレイングゲームのようなヒントを貰った僕らは早速周辺の公園へと向かった。
周辺には公園は何カ所かあるけれど、丘の上にあるというヒントを元に町を探索した時の記憶を辿りそこに向かう。
そして大通りの突き当りにある公園の入り口を発見、コンクリートの階段を上って、ベージュと黄土色のレンガタイルが敷き詰められた道を進んだ。
公園内部は人がいなくなっても整備されており色付いた木々が美しかった。秋の風も気持ちがよく何よりも静かだ。心を落ち着かせるにはピッタリだろう。
強いて文句を言うのなら静かすぎる事くらいだろうか。人が少なすぎる。その原因はもちろん震災の影響だろう。ここのみならず東北は全体的に人口が流出しているからなあ。
「アマミちゃんなの!」
「ビンゴか」
僕らは目当ての人物を発見する。アマミさんはとんがり帽子のような屋根が特徴的な休憩所の下に置かれたベンチに座っており何をするでもなくボーっとしていたけど、僕らの存在に気付いてこちらに顔を向けた。
「あら、ミヤちゃんにヨシノ君。どうされました?」
さて、ここはどう尋ねようか。恋愛というデリケートな問題なのでそれとなくホンジョウの事を聞く必要があるけれど。
「アマミちゃんはせいりてきにむりな人っているの?」
「はい?」
「ちょい、ストレート!」
ミヤタはド直球でそう尋ねたのでアマミさんは不思議そうな顔になってしまう。だけど律義に彼女は少し考えてから、
「プロレスラーのタ〇チさんでしょうか? あの人はなんか嫌です」
と、答えてくれた。
「なるほど! あれはわたしももうちょっとすればなにかやらかすと思うの! 来年の五月くらいに!」
「成程じゃないよ。いちいち不倫くらいで騒いじゃだめだって。プロレスラーは皆やってることだから」
「全女性とプロレスファンを敵に回しそうな発言ですね。といってもあの人は嫌われキャラを演じているだけでファンからすればブーイングをする事こそが応援なんですけどね。私もなんだかんだでついつい画面の向こう側でブーイングしてしまいますから」
「お嬢様なのになかなかむさくるしい趣味をお持ちなようで」
違う違う、僕はアマミさんとプロレスの話をしに来たわけじゃないんだ。話を戻そう。
「じゃない、アマミさんはホンジョウの事をどう思っているんですか?」
「どう、とは」
「どのくらいきらいなの? アマミちゃんが矢〇通だとしてホンジョウくんは真〇くらい? 棚〇くらい? まさか猪〇とタイガー・ジェッ〇・シンくらいなかがわるいの?」
「ちょっとわかりにくいたとえだね。あとプロレスラーは強敵と書いてともと読むような世界だから必ずしも対立イコール仲が悪いというわけでもないよ。実際アゴの人がチャリティーイベントをした時、虎さんは仲良く襲撃してくれたじゃないか」
このやり取りを聞いてもきっと大多数の人はピンとこないと思う。だけどこの手のネタはこれからもちょいちょいあるから慣れてね。
「は、はあ。私は別にホンジョウ君を嫌っているわけではないのですが」
「あれ、そうなの?」
アマミさんは困惑しながらそう言ったのでミヤタはちょっと驚いてしまう。僕はなんとなくわかっていたけどね。
「じゃあ、どうしてアマミちゃんはさけてたの?」
「避けていたわけでは……いいえ、そうですね。そうかもしれません」
彼女はミヤタの無垢な瞳に根負けしようやく本心を話してくれそうな雰囲気になった。これがホンジョウにとって望ましい物ならいいのだけれど。
「結局、自分は人とは違います。この飢えた獣のような眼を見ればわかるでしょう?」
そしてアマミさんは本当の事を語り始めた。
「白ゾンビならまだしも私は赤ゾンビです。私は怖いんですよ、いつかゾンビとしての本能に目覚めてホンジョウ君の喉笛に噛みついたりしないか……それに一度は死んだ身です。次第に朽ち果てるか、はたまたは永遠に生き続けるか……どちらにせよ同じ時間を生きる事は出来ないでしょう」
「うーん……でも……」
ミヤタはどう励ましていいのか悩んでいる様子だった。何故ならこれは無責任な言葉でどうこう出来る問題ではなかったのだから。
「それをホンジョウに話したんですか?」
「いいえ、まだ。なかなか勇気が出なくて」
「ちゃんと言わないとお人よしな彼はいつまでも付きまといますよ。曖昧な優しさはかえって傷つける事にもなりますし」
僕は優しいアマミさんにあえて冷たく言い放った。
いや、本当にあえてと言うべきなのだろうか。僕はただ単にドライなだけではないのだろうか。
「あれ? ヨシノくんはアマミちゃんがホンジョウくんとつきあうのにさんせいじゃないの?」
そんな僕の言葉にミヤタはしょんぼりとした表情になる。けれど今回ばかりは安易な優しさは不必要なのだ。
「適当な上辺だけの言葉を並べる事は出来るよ。それでお互いが不幸になってもいいなら。この恋路は甘ったるいラブコメとは違う、それ相応の覚悟が必要な道だからね」
「……………」
アマミさんはそれっきり黙ってしまった。少し言いすぎたかもしれないけれど仕方のない事なのだ。
もう彼女は普通の人間ではない。普通に生きる事も、普通に恋をする事も、普通の幸せを手に入れる事も容易ではないのだ。
「ま、そういう事なら僕らはこのへんで。僕らには何も出来ませんししないほうがいいでしょうから。それじゃあ」
「そう、ですね」
「え」
これ以上関わるべきではないと判断した僕は話を打ち切り強引に別れを告げてその場を離れる。ミヤタはどうすればいいのかわからなくなってしまい交互に僕とアマミさんの顔を見た。
「じゃあ行こうかミヤタ。そろそろ日も暮れるし」
「ま、まってよー! アマミちゃん、またねっ!」
「ええ、また」
ミヤタは不満げだったが最後にアマミに笑顔で別れを告げた。アマミも笑みを返したけれど、それはどことなく悲哀を帯びていて見ていられなかったんだ。
「ヨシノくん……本当にこれでよかったの?」
「そうだね。やっぱり人の恋路に他人があれこれ口出しすべきじゃなかったんだ」
「そうなのかなあ……」
僕の背中を追いかけたミヤタは納得していないようだった。その理由がまだ彼女にはわからないのだろう。
「やっぱりわたしは、うーん」
「ミヤタ、君はまだ子供だから望めばすべてが手に入ると思っているのかもしれない。だけど実際は違うんだよ」
「でも……」
「そんな悲しい顔をしないで。子供は全てが許される存在だから今はそれでいいんだ。君はまだ現実を知るべきじゃないからね」
「……うん」
ミヤタは渋々といった様子だったけど僕の主張を受け入れ、何も言わなくなってしまった。
人とは違うゾンビとしての現実。それはきっといつか彼女も経験する事なのだろう。
ゾンビの肉体はどの程度の期間健常な状態で持つのだろう。そして成長は。ゾンビとしての本能は。僕はその真実を知りたくなかった。
結局僕も子供だったのかもしれない。何故なら僕も現実から目を背けていたのだから。




