1-48 ホンジョウの恋愛相談。ただしイケメンに限る
マタンゴさんによる観光案内は続き各地で食べ歩きもしながら適当にぶらついていたけれど、やはりこの町の日常にはゾンビが溶け込んでいるらしい。人を襲うどころか迫害もされずごくごく普通に共存していたのだ。
僕らが臨時区役所に戻るとそこでは子供たちと、ついでにホンジョウさんに、マタンゴさんと山猫一家のチョコが楽しく遊んでいた。今やっているのはドッジボールのようでマタンゴさんはこれでもかとおちょくっている。
「こっちおいでー。おしりぺんぺーん」
「むー!」
「こっちにパース! 仕留めるぞー!」
子供とチョコは連携を取りマタンゴさんを倒そうと結託していた。でも人間が嫌いとか言いながら割と仲良くしている気がするのだけれど。というかマタンゴさんとチョコは当たり判定が小さいから手強そうだな。
「そらよッ!!」
「ぎゃー!」
こぼれ球を拾ったホンジョウさんは情け容赦なく子供にボールをぶつけマタンゴさんとハイタッチをする。そんな楽しげな様子をアマミさんが遠くから微笑ましそうに眺めていた。
ホンジョウさんはアマミさんに見られている事に気付いてウィンクをする。だけど彼女は慌ててその場から立ち去ってしまった。嫌われているのかな?
「大人気ないなあ」
「おう、もう戻ってきたのか」
彼はようやく僕らに気付いて挨拶をする。だがすかさずよそ見をした彼にチョコが攻撃を仕掛けた。
「隙ありー!」
「ギャース!?」
そしてホンジョウさんは撃沈。血も涙もない戦いだった。
「なんだかたのしそうなのー」
ミヤタは頭のアホ毛センサーで楽しい気配を検知する。震災後は同年代の子供と遊ぶ機会に恵まれなかったのだろうし、彼女は混ざりたいオーラをびんびんに出していた。
「ならあなたも一緒に遊ぶ?」
そんな彼女にゾンビの少女がそう声をかけた。もちろんミヤタは、
「うん!」
と、元気よく返事をしたのだった。
「クックック、この前の仕返しをしてやるぜ」
「負けないよー!」
昨日苦汁を飲まされたチョコは闘志を滾らせている。こういう平和的な報復なら僕は大歓迎だった。
ミヤタがドッジボールをしている間僕はホンジョウさんと会話をする。彼は少し疲れたような表情でふう、とベンチに腰を掛けてペットボトルのお茶で一服した。
「いやー、ガキのお守りは疲れるよ。ようやく休憩出来るぜ」
「お疲れ様ー」
僕もベンチに座って店で購入した梨の瓶ジュースを飲む。瑞々しい甘さが歩き回って乾いた喉にしみるねぇ。
「そういえばさ、ホンジョウさんはアマミさんを狙っているの?」
「ぶっ」
デリカシーも何もない僕の発言にホンジョウさんはお茶を噴き出してしまう。
「ほぼ初対面で聞くような話じゃないけど」
「ゲホゲホッ、まったくだ。でもまあみんな知っている事だけどなあ」
「だろうね」
「あと徐々にタメ口にするな。別にいいけどさ」
ホンジョウは色々と失礼な僕にあきれていたけれどお茶を飲んで落ち着く。そして笑いながら質問に答えた。
「ま、俺はアマミさんがゾンビになる前から好きだったぜ。好きになったきっかけは見た目っつーか、ちょっと不純だったけど。アマミさんは才色兼備、家も地元の名士なバキバキのお嬢様でクラスの皆が狙う高嶺の花だったんだ」
アマミさんの事を語るホンジョウは実に幸せそうな表情だった。多くの人がそうであるように恋は人を堕落させるものらしい。
「ああ、やっぱり。人気だったんだね」
「お前も狙うんじゃないぞ」
「大丈夫、僕は初潮を迎えた女の人には興味がないんだ」
「……そ、そうか」
「冗談だよ」
僕は場を和ませるためにジョークを言ったけれどホンジョウは引きつった顔になり見事に滑ってしまう。いや本当にジョークだからね。
「俺もガンガンアタックしたさ。けどやり過ぎて向こうの親に嫌われちゃったな。俺はどっちかというと不良だったし。今はそういう事を考えなくてもいいけど……」
ホンジョウはだんだんと歯切れが悪くなる。僕にはその理由が何となくわかっていた。
「何だかアマミさんに嫌われている気がすると」
「お前本当に空気を読まずにずけずけ言うな!? いやうんそうだけどさ!」
僕は先ほどの状況から分析した事を伝えると彼はあっさりとその事実を認めた。
「昔はそこそこ仲が良かった記憶があるんだけどむしろ最近は避けられてる気がするんだよなあ。やっぱりしつこく付きまとっているから嫌われたのかなあ……」
「ラブコメと事案は紙一重だからね。偉い人は言いました、ただしイケメンに限ると。同じ行為でも別の人がやるとまるで違う結果になるものなんだよ。だから身の程を弁えたほうがいいね」
「……お前本当にほぼ初対面なのにすごいな」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ!」
僕はこれでもかとホンジョウをおちょくる。これ以上するといい加減ガチギレしそうだから控えよう。
「けど、嫌われたとしてもほっとけないんだよ、アマミさんは一人で抱え込むからさ。皆、アマミさんに頼り過ぎなんだよ……生徒会長だっただけで元はただの女子高生だったのに」
「そっかあ」
報われない恋だとしても本人がそうしたいのならそれで構わないだろう。人の恋路に他人が出しゃばる物じゃないからね。
「話はきいたの!」
「わわ!?」
だけど浮かない顔のホンジョウの前にシュタ、とミヤタが現れた。いつになく張り切った目つきの彼女は何だかどこぞのテニスプレイヤーのように暑苦しいオーラを滾らせていたんだ。
「アマミちゃんとは仲がよかったしわたしもおうえんしたいの! 今ならライバルもいないからホンジョウくんレベルでもいけるの!」
「は、はあ、お前ら本当に揃いも揃って失礼だなあ」
ホンジョウはあからさまに辟易していたがミヤタはそんな事なんてお構いなしだ。安易に無駄な希望を持たせたら彼が可哀想だし僕は慎重派に回ろう。応援はしたいけどね。
「仲がいいって言ってもアマミさんはホンジョウの事を生理的に無理って思ってるんだよ? ミヤタはお腹が空いたからってゴキブリを食べれるのかい? それと一緒だよ」
「そこまでじゃねえって! だからお前マジでしばくぞ!」
「ホームレス時代にざんぱんとかドッグフードなら食べたことがあるよ! ホンジョウくんはゴキブリじゃなくてざんぱんなの! だからだいじょうぶなの!」
「今まで聞いた事が無い励ましの言葉だな!?」
「ホンジョウ」
そしてどこからともなくチョコが現れ優しく彼の肩に手をポン、と置いた。
「残飯はな、見てくれは悪いがごちそうなんだよ。あれがあったから捨て猫だったオイラは生きていける事が出来たんだ……何も恥ずかしくない。お前は自分が残飯だって事に胸を張っていいんだニャ!」
「良い話だなあ……ぐすん」
「どこがだよ!? お前らの感性はどうなっているんだ!?」
「ああ、そうだった。論点がずれちゃった。残飯の恋愛相談をしていたんだよね」
「残飯じゃなくてホンジョウだ!」
ホンジョウはツッコミに疲れゼーハーと息を切らしている。そんな彼を見てチョコも冷静になったようだ。
「からかうのはこのへんにしておいて、まずはアマミにこいつを避けている理由をそれとなく聞けばいいんじゃないかニャ?」
「それもそうなの。でもかおとかだったらどうしようもないの」
「大丈夫だよ。スマホという文明の利器を使えば何でも出来るよ。えーと、整形、自分でやる方法、カッターナイフと」
「まずその発想はやめてくれ! せめて病院を検索しろ!」
「そう? じゃあ催眠、アプリ、ダウンロード」
「そこまでしないといけないんだったら諦めるからさ!?」
「むう」
僕は大人しくスマホをポケットにしまう。いい案だと思ったんだけどなあ。
「というかチョコは普通に話してるけどいいの?」
「そ、そうだったニャ! 停戦中とはいえお前らとは敵同士だったニャ! フシャー!」
「さっきまでなかよくあそんでた気がするんだけどなー」
チョコに可愛い威嚇で敵対宣言をされミヤタはちょっぴり悲しそうだった。さっき捨て猫だったって発言もあったし彼の人間嫌いはそこに由来するものなのかもしれないな。
「まあいいの、じゃさっそくアマミちゃんにきいて来るね」
「え……マジでやるの?」
結局方針が強引に決まってしまいホンジョウはかなり嫌そうな顔になる。けれど恋路はともかく避けられているのならその理由は知っていた方がいいだろう。
「大丈夫、もし駄目でも書いたら常識を改変出来るノートを探してあげるからさ」
「だからお前さっきから何なんだよ!?」
僕はハハハ、とおちょくりながらホンジョウに背を向け、ミヤタと一緒にアマミさんの元へと向かう。
それに散々小ばかにしてアレだけど多分彼女はホンジョウを嫌っていないだろう。だって子供と遊んでいるホンジョウを見ていた時の視線は明らかに友好的なものだったからさ。それが恋かどうかはわからなかったけど。




