1-47 梨の果樹園で働く元反ゾンビ団体の女性
牧場で動物たちと存分に戯れたところで僕らは次の目的地に向かう。
マタンゴさんに連れていかれた場所はやっぱり何の変哲もない果樹園だった。そこになっていた果物は黄土色の袋に包まれており僕はそれがすぐに梨だとわかった。
「いっぱいなしがなってるの!」
「そういえば南合馬は梨が特産品だったっけ」
福島はフルーツ王国である事が知られているけどこの辺では梨が盛んに栽培されていると聞いた事がある。ちょうど今が旬な時期なようだ。
「僕も福島に行った時に桃とか梨とか食べてたなあ。それで僕らに梨狩りでも楽しめって?」
「どうぞどうぞー。おいしいよー」
マタンゴさんは牛の背中から飛び降り果樹園で働いている人と親しげに話していた。ゾンビに偏見がない事はいい事なんだけど少しはこの異常な光景に誰かツッコんでほしいものだ。
「何か連れてこられました。どうも」
「どうもなのー!」
「あ、どうも」
果樹園で収穫作業をしていた若い女性はこんなふうにマタンゴさんが人を連れてくる事に慣れているのか特に戸惑っているようには見えない。こちらは眼の色を見る限りゾンビではないようだ。
果樹園で働いている人はほかにもいるけど、性別、人、ゾンビ、二足歩行の猫と様々だ。本当に梨狩りをしているのか楽しそうにはしゃいでいる家族連れもいる。
「新しく来た人ですね。梨でも食べていきますか?」
「あ、えと」
「たべるー!」
「のー!」
日本人の美徳として一旦遠慮しようとしたけれどマタンゴさんとミヤタは僕が言い終わる前にそう告げた。僕は取りあえず苦笑して、ゴチになる事にしたのだった。
上手く断り切れずになあなあな感じで僕らは折り畳み椅子に座る。いや、ありがたいんだけど、やっぱりここまでもてなされると遠慮しちゃうよ。
「うまうまー」
「うめーのー」
二人は早速食べ始めたので、僕も爪楊枝を指して一口。
シャオ、と、梨を噛み砕く心地よい音が聞こえたあと瑞々しく強い甘みが口いっぱいに広がった。流石はフルーツ王国福島の主力である。
豊かな大地と水を感じる果汁はまさに生命の源そのもの。樹木の命を宿したその梨は一口食べるごとに寿命が延びる気がした。
「美味しいですね」
「この辺はいい感じにミネラルたっぷりの潮風が来ますから、甘くなるんですよ」
「んまー」
原理はともかくなんやかんやで美味しくなるという事らしい。ミヤタは梨に舌鼓を打ち本当に美味しそうに食べていたので果樹園の女性はとても幸せそうな表情になっていた。
「ふふ、丹精込めて育てた梨をこんなに美味しそうに食べてくれてありがとうございます」
「あなたもここが地元で震災前から暮らしていた口ですか?」
僕はなんの気なしにそう尋ねた。というか基本的に人口が流出する一方の東北の田舎にいる若い人は大抵が元々そこに住んでいた人だしこの質問に意味はあまりないけれど。
「いえ、私は少し前まで反ゾンビ団体に所属して抜け出した口です」
「それはまた随分と変わった経歴ですね」
僕は平静を装い念のため銃をいつでも取り出せるように身構えた。多分使う必要はないだろうけど一応ね。
「でもどうしてそんな人がここに? それに抜け出したって」
「少し込み入った話になりますが……反ゾンビ団体が元々は宗教系の環境保護団体だったという事は知っていましたか?」
「ええ、はい、一応」
そういえばナバタメがそんな事を言っていた気がするな。もしかすると彼女は支持母体の信者だったりするのだろうか。
「昔は普通の団体だったんですよ。震災後は反原発の運動をしていましたが団体のトップが変わってからいつの間にかその矛先がゾンビに変わっていって、だんだん論点がずれていって……次第に過激な事もするようになり、多額の寄付金を強引に巻き上げるようになって、カルトのようになってついていけなくなった私は伝手を辿ってここに逃げてきたわけです」
「ふむ」
「反ゾンビ団体の中にはゾンビを信じていない人も多くいます。付き合いで仕方なく活動に参加している人もいます。なのでもし戦う事になっても出来れば殺さないでほしいです」
「うん、わかったの!」
僕が返事をする前にミヤタは笑顔でそう言いきった。だけど僕は正直確約出来なかったんだ。
「ふふ、ありがとう」
果樹園の女性は彼女に優しく微笑みかけてくれる。巨大な組織に対してこの少女は何も出来ない事はわかっているだろうけど、その気持ちだけで十分なようだ。
僕は血走った目でヘイトスピーチをしていた反ゾンビ団体を思い出す。あんな連中とは正直まともに話し合いが出来るとは思えない。
ただ組織内でも温度差がある事は覚えておこう。もしもの時には過激派ゾンビに対して説得の材料にも使えるだろうし。
「梨、ごちそうさまでした。自分たちはこの後行く場所があるのでこのへんで」
「ばいばいなの!」
「ええ、どうぞゆっくりしてくださいね。ここは本当に平和な場所ですから」
平和な場所――それは加害者サイドでもある果樹園の女性にとっては意味合いが異なっていた。迫害を行っていたからこそ彼女は平和の大切さを身に染みて理解していたのだから。




