1-42 性癖に目覚めつつあるヨシノ
どれだけ目を覚ます事を拒んでも、まばゆい朝はやってくる。
「ん……」
目を覚ました僕は無機質な天井を認識し、一瞬何処にいるのかわからなかったけれど、氷嶋のビジネスホテルに泊まったのだと思い出す。
「すぴー」
もちろん隣には幸せそうに眠るミヤタがいて。僕は無意識のうちにそのほっぺに触れてしまった。
絹のようにきめ細やかで、ほんのりと温もりがあり癒される。
これは気軽に触れてはいけないものだ。わずかな過ちですぐに壊れてしまうのだから――。
僕はいけない事をしている気分になってしまい、何事もなかったかのように手をひっこめた。
「ふに?」
「あ……おはよう」
僕が触ったせいでミヤタは眼を覚ましてしまう。彼女は何をされたのか気付かず、上体を持ち起こし両腕を伸ばしてふわあ、とあくびをした。
「よいしょっと」
僕はいそいそとベッドから降りる。そして窓から見える陽光で光り輝く街の風景を眺め、僕は深呼吸をした。
カラスは生ごみを漁り今日も美しく懸命に生きている。それに引き換え欲望にまみれた人間はなんと醜い事だろう。
「ほあたッ!」
そして僕は全力で自分の側頭部を殴りつける。そりゃもう手加減も一切せずにね。
「どしたのヨシノくん、なんで自分のかおをなぐってるの?」
「何でもないよ。僕は自分がいかに薄汚い人間なのか知ってしまったんだ」
「?」
ミヤタは意味不明な僕の言動に首をかしげてしまう。でも僕は時々こういう事をするから慣れてほしい。
「よくわかんないけど、ヨシノくんはいい人なの」
「ありがとう。本当にミヤタは優しいね」
僕は苦笑しその言葉を噛みしめる。そして机の上に置いた拳銃に視線を向け少しだけ胸が痛んでしまった。
いい人はそもそもこんなものを持っていないんだけどなあ。
ぐー。
「おなかぺこぺこなのー。昨日、晩ごはん食べなかったから」
ミヤタはお腹から可愛らしい鳴き声を上げた。そういえば何も食べないまま寝ちゃったからなあ。
「ふふ、そうだね。電車の時間がちょっとシビアだからホテルを出たら駅でお弁当を買おうか」
「うん!」
ミヤタはご当地グルメが楽しみな様子でアホ毛をぶんぶんと振る。空腹は最大の調味料、きっと何よりも美味しいスパイスになるのだろう。
ホテルを出た僕たちは駅に向かって弁当と切符を買い、電車に乗って向かい合った席に座る。なお駅弁は複数種類ありどれも美味しそうだったのでミヤタは選ぶ事が出来ず僕はついつい三種類のお弁当を買い与えてしまった。
「もひゃもひゃ」
今彼女が食べているのは海苔弁当だ。福島の物を中心に東北の食材がふんだんに使われており、見た目は地味だけれど駅弁の大会で賞を獲った事がありそれなりに有名な弁当だとどこかで聞いた事がある。
「うめーの!」
「それは何よりだよ。それにしてもミヤタって結構大食いだよね。この小さな体のどこにこれだけ入るスペースがある事やら」
「おいしいものはべつばらなの!」
笑顔のミヤタは口元に米粒をつけて箸で掻き込み口いっぱいにごはんを頬張る。これだけ美味しそうに食べてくれれば作った人も本望だろう。
次なる目的地は福島県東部の南合馬市。そこにゾンビのコミュニティがあるそうだけれど僕はあの場所に特別な感情を抱いていたのだ。
何故ならあの町もまた、福島を襲った災禍に巻き込まれた場所なのだから……。
車窓から見えるのどかな田園が広がる風景を僕は遠い眼で眺める。来年もこの田んぼには金色の稲穂が実っているのだろうか。




