1-40 反ゾンビ団体のヘイトスピーチ
――芳野幸信の視点から――
ドーラとの激戦を終えたあと僕はレイカのところに戻った。だけど事件現場には彼女はおらず大勢の警察やマスコミがいるだけだった。
こういう時は文明の利器を使おう。僕はスマホで彼女に連絡し待ち合わせ場所を決めて喫茶店で合流する。
「もう、探したんだよ、レイカ」
「まいごになってたのー?」
「ゴメンゴメン。マスコミが鬱陶しくて移動しちゃった」
窓際のテーブル席に座って待っていた彼女はコーヒーを飲み寛いでいた。僕らは向かいの席に座り、僕はコーヒーを、右側に座ったミヤタはオレンジジュースを頼み情報の交換をする。
「詳しい説明は省くけど南合馬に行く事になった。僕らは明日にでも向かうつもりだけど、レイカは?」
「犯人を追いかけてどういう展開になったらそうなるのよ。まあいいわ、まずはそうね、あたしは用事があるから同行は出来ないわ」
「えー。レイカちゃんといっしょに行きたいなあ」
ミヤタは寂しそうな眼差しを彼女に向ける。レイカは母性本能がくすぐられたようだけどグッと我慢した。
「ごめんなさいね。こればっかりは用事があるから。それと犯人は捕まえたのかしら」
「いや、逃がしちゃった。というか見逃したかな」
犯人が猫ゾンビだっていう事は教えなくてもいいかな、ややこしくなるし。
「あらそう。とにかく無事でよかったわ。今後はこんな無茶しないでね。特にミヤちゃんは」
「ごめんなさいなの……」
「ま、そこがミヤちゃんのいいところなんだけどね」
レイカはシュンとするミヤタをフォローする。結局彼女のした事は無意味だったのだ。犯人をやっつけたのに見逃して一体何がしたかったのだ、と聞かれても明確に答えられないだろう。
「だけどミヤタはきっとこれからも無茶をするんだろうね。ま、その時はまた君をサポートするだけさ」
「ヨシノくん……えへへ」
僕はこちらを向いた彼女の頭をぽふぽふと撫でる。ミヤタはくすぐったそうな目をして僕も思わず顔をほころばせてしまった。
飲み物を飲み終えた僕らは喫茶店を出て夕日を浴びる。外に出てすぐ気持ちのいい秋風が頬を撫でた。もうこんな時間になっちゃったんだな。
「結構風が強いわね」
レイカは煩わしそうに前髪を押さえる。鬱陶しいなら切ればいいのに。
さて、そろそろホテルに行こうかな。
「ゾンビは日本から出ていけー!」
「「ゾンビは日本から出ていけー!」」
「ん?」
だけど外に出ると何だか騒がしい事に気が付く。声のした方向を見るとそこにはプラカードを持った大勢の人間がいて何やらデモ行進をしていたのだ。
「日本政府は! ゾンビの存在を隠蔽し! 国民をゾンビにしようとしています! 我々は一致団結して政府に立ち向かわなければいけません!」
デモ隊を先導しているのは妙な目つきの中年女性だ。なかなかトンデモな主張をしているけどきっとあれが噂に聞く反ゾンビ団体なのだろう。
大勢の警察官は彼女たちを警戒し問題が起きないように見張っている。いや、既に問題が起きているのか言い争っている声も聞こえた。
「止まれ! 法律違反だ!」
「皆さんもご存じのとおりつい先日同胞が鬼畜政府により亡き者にされました! しかし! 我々は敗北するわけにはいきません! 彼らの死を無駄にしないためにも! どうかゾンビ排除のために! 傀儡となった政府を打倒しましょう!」
「首相は退陣!」
「「首相は退陣!」」
「ゾンビは殲滅!」
「「ゾンビは殲滅!」」
「「殺せ、殺せ、殺せッ!」」
「っ」
警察の制止空しくデモ隊のシュプレヒコールは過激なものになっていく。それは聞くに堪えないヘイトスピーチで、ましてや幼い少女にとっては恐怖でしかなくミヤタはひどく怯えてしまう。
「ミヤちゃん、あたしの後ろに隠れて」
「う、うん」
もしここにゾンビがいる事に連中が気付いてしまえば暴動になりかねない。あれだけの人数を相手に逃げ切るのは至難の業だろう。
「いい加減にしろ! 指示に従え! 逮捕するぞ!」
「やんのかコラ! 国家の犬が! ぶっ殺すぞ!」
「てめぇの家族も皆殺しにするぞ!」
「黙れよこのキ〇ガイッ!」
そしてブチギレた警察官たちはデモ隊ともみあいになる。だがそんなチャンスを彼女たちが見逃すはずがなかった。
「見ましたか! 彼らは暴力を振るいました! これがこの国の現実です! 言論の自由を暴力で叩きのめす! こんな事が許されていいのでしょうか!」
一触即発の空気が漂い街の住民はデモ隊から距離を置き始める。僕たちもこのまま見物するよりも立ち去ったほうが良さそうだ。
「警察官に夢中になっている間にここを離れるよ。早くホテルに向かおう」
「う、うん」
「あたしもホテルまでは護衛するわ」
君子危うきに近寄らず。たとえ腸が煮えくり返る程度に憤慨したとしても面倒事には関わらないほうがいい。平和な生活を守りたいのなら。




