1-39 仮面の少年の暗躍
――仮面の少年の視点から――
そこは放置された雑居ビルの一室。ここには昔ダイエット食品を売る会社のオフィスがあったらしいけど、違法な事をがっつりやらかして多額の負債を抱えそのままドロンしたらしい。
それからしばらくしてここを舞台に凄惨な殺人事件もあったそうで今ではすっかり人が寄り付かなくなってしまったそうだ。たまに不良がやってくるのか室内にはスプレーで描かれた品のない落書きがあるけど、悪い事をするにはとてもいい物件なのだ。
壊れた窓のブラインドの隙間から、俺は無事勝利を収めた彼女たちの様子をうかがう。
一日の終わりを告げる夕日は不安になるほどに赤く空は血のように染まっている。まだ油断は出来ないがひとまずの目標は達成出来た。
彼女たちが流石にこんなところで死ぬはずはないだろうけど、無事分岐判定にクリアした事を確認し俺はホッと胸をなでおろす。
「正史とは違うイベントだけど案外なんとかなるものなんだね。ま、向こうは俺があれやこれやとサポートしている事を知らないんだろうけどさ」
仮面の下で俺はハハ、と苦笑してしまう。あまりやり過ぎると世界線があらぬ方向に分岐してしまうしその加減が難しいんだよなあ。
「さて、と。こっちをとっとと片付けようか」
「ヒッ!」
俺は振り向き拘束していた全裸の太った男に笑みを向けた。つい先ほどまで入念に痛めつけたため全身あざだらけで、開口器で強引に開かれた口からは大量の血が溢れている。
夕日で伸びた俺の長い影は男に絡みつき不揃いな歯を震わせた彼をあざ笑っていた。今俺は表情も何もわからない仮面をつけているわけだから向こうは怖くて仕方が無いのだろう。
「こ、殺はなひで……!」
「殺さないよ。まだ、ね」
俺は男に近付く。一歩一歩踏み出すごとに恐怖と物理的な要因で上手く喋れない男は過剰なまでに恐怖する。だけど俺は一切彼に慈悲を与えるつもりはなかった。
「君は反ゾンビ団体の幹部なわけだけど本気でゾンビなんて信じているの? 金儲けがしたかっただけでしょ」
「は、はひ、その通りふぇす。じ、自分はへんふ、上はらへい令されはだけでひて……!」
男はこんな状況になってもなおも助かろうと弁明する。本当によく口が回る奴だなあ。
「ふーん。じゃあ団体の下っ端の女の人やその家族の女の子にあれこれしていたのもそうなのかな?」
「え、あ、いや、ヒィッ!」
俺はテーブルの上に置いた先端に血がついたペンチを手に取った。工具って拷問をするのに便利なんだ。ノコギリとかハンマーもいいよね。
「あ、あ、あ」
ミシ。骨のきしむ音が聞こえるほどの力で俺は男の頭を左手で鷲掴みにする。男は飛び出るほどに眼を見開きこれから起こる事に恐怖した。
「どうでもいいけど麻酔が無かった時代、昔の歯医者さんの治療はそれはそれは痛くてね。あまりの痛みに治療が嫌で自殺した人もいたそうだよ」
「あ、が、はあ、あ、アアア!」
俺は口内にペンチを突っ込んで彼の臼歯を強引に引っこ抜いた。抜かれた場所からは血がドブリ、と溢れ出て口内には血だまりが出来てしまう。そしてぽい、とそのへんに歯を捨てたあと俺は何事もなかったかのように開口器を外してあげてテーブルの上に置いた。
「ご、ごめ、ごめんなさいィィ!」
「まあこんな拷問みたいな事はこのへんにしておこう。これ以上はおせんべいが食べられなくなるからね。で、聞きたい事があるんだけど」
「喋ひまふ、なんれも喋りまふはらッ!」
うん、完全に心が折れているようだ。今ならどんな質問をしても大丈夫だろう。
「で、上の人にもいろいろいるよね。もっと言えばそこら中にある弱小環境保護団体を政財界に強い影響力を持つほどの規模にした人がさ。そもそも反ゾンビ団体になったのは誰の意向なの?」
「そ、ソウゲツという男へす! 黄王ひょうはんのッ!」
「あー、やっぱり」
もちろん俺はその答えを知っていたけどこれで確証は得られた。こっちの世界でも俺はあいつと戦う事になるのか……。
「うん、ありがとう。痛い思いをさせてごめんね」
「ひゃ、ひゃあ」
その言葉に男は安心したような笑みを浮かべる。けれど俺がダガーナイフを握ったのを見てその笑顔は凍り付いてしまった。
「情報のお礼だ。苦しまないように一瞬で死なせてあげるよ」
「ああ、あ、ああ、あああ、イゥェオッ!?」
鋭利な刃で首に一閃。それはこの外道には少しばかり優しすぎる最期だったかもしれない。見せしめのためにもう少しエグイ殺し方にしたほうがいいかなと俺は思っていた。
「ふう」
大量の返り血を浴びた俺は胃の奥からせり上がる不快感を抑え込む。さて、明日も元気に暗躍しますか。




