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1-34 氷嶋の黒ラーメンの可能性

 僕らは黒いラーメンを求めて駅周辺エリアに戻る。腹ペコなミヤタは黒いラーメンを楽しみにしているのか、いや、それ以外の理由で少し過剰に無理矢理ウキウキしていた。それを指摘するつもりはないけどさ。


 ウウウウー!


 何台ものパトカーがサイレンを鳴らし車をかき分け走っていく。正義のヒーローは今日も大忙しだ。


「何かさっきからパトカーをやたらと見かけるけど事件でもあったのかな」

「この辺はヤンキーが多いしいつもの事よ」

「ふーん」


 氷嶋は東北第二の都市だから治安もそんなに良くないだろう。人口だけで見ても岩巻の二倍くらいあるし。


「まあいいや、ラーメンラーメン。黒いのは駅前に集中してるみたいだけど」

「そうねー」


 レイカも僕と同じようにスマホをいじり目ぼしいラーメン屋を探していた。僕はその中で高評価の良さそうな店を見つけたので取りあえず提案してみる事にした。


「ここなんかどう?」

「え、うーん、そこも悪くはないけどあたしの行きつけのお店に行ってもいいかしら。氷嶋には何度か来た事があるけど個人的にはそこがオススメよ。こっちに来るたびに必ず寄ってるの」


 画面を見たレイカは難色を示し代替案としてそんな意見を出す。別に僕はどこでもいいけど、氷嶋に足しげく通っている彼女の紹介なら間違いないし断る特段の理由もない。


「レイカちゃんのオススメならどこでもいいよー? おなかペコペコなの!」

「じゃその線で」

「ええ、行きましょうか」


 まだ昼ご飯を食べていないので食べ盛りのミヤタはすっかり飢えている。小食な僕もケーキだけでは物足りなかったし氷嶋の黒いラーメンがちょっぴり楽しみだった。



 駅前のアーケード商店街には多くの飲食店が並び休日という事もあって賑わっている。醤油や油のいい匂いがあちこちから漂って食欲を刺激し、やや血の気の多い喧騒はこの街が生きているのだと実感させるものだった。


 商店街には至る所に町中華の色彩鮮やかな看板が見受けられる。ここに来る時逆さまの福の文字も見かけたしこのエリアは中華に特化しているのかな。


「ん」


 僕は目当ての店よりも先に僕が提案したラーメン屋を発見した。ただ何やらカメラが回っており、SPらしき黒服の人もうろついていて、店に来た人は追い払われ入店出来ずにガッカリしているようだった。


 取材でもしているのかな。けどあれじゃあどのみち入れなかっただろう。レイカの提案にして正解だったね。


「ここよ」

「うぃ」


 でも数十秒後に目的地についた結果僕の意識からそんな事はすぐに消えてしまう。こんな濃厚で香しい醤油の匂いを嗅いでしまえばさ、そうなるよ。


 一番乗りのレイカはカウンター席に座ろうとする。けれどそんな彼女を店員さんが呼び止めた。


「あ、食券を先に」

「ああ、そうだったわね」


 レイカは恥ずかしそうにいそいそと入り口近くの券売機に向かう。さて、気を取り直して注文といこう。


 料理は色々あるみたいだけれどここは当然ラーメン一択だよね。ちゃちゃっと黒いラーメン、ついでに餃子も注文して早速実食タイムと行こう。


 注文して待つ事しばし。早速へいお待ちと威勢のいい掛け声とともに湯気の立ち上る真っ黒なラーメンが提供された。


「いっただっきまーす!」

「ふふ、いただきます」


 ミヤタもまた店員に呼応するかのように元気よくそう言った。それにしても本当に真っ黒なラーメンだなあ。


 まずはスープを一口。見た目どおりにかなり濃厚な醤油の味がする。福島のラーメンはあっさり醤油が幅を利かせているけれどこれはこれでありだろう。


 もちもちとした麺にスープはよく絡み一口食べただけでかなりの満足感がある。でもこんな事ならライスも注文すべきだったかな。このラーメンはライスと一緒に食べてこそ真価を発揮するだろうから。


 そんな事を思っているとスッ、とライスが店員さんから手渡される。


「あれ、注文してないですけど……」

「あちらのお客様からです」

「はあ」


 まるでカクテルを渡すバーテンダーのように紳士的な対応だ。カウンターの隅のほうには僕と同い年くらいの少女が座っていてドヤ顔で親指を立てていた。


「私の名はさすらいのラーメン大好き哀歌あいかさんです。これは私からの挨拶です。精々魔性の味を堪能するとよいでしょう」

「へー、ありがとうなの!」

「あ、ども」

「えと、取りあえず受け取っておくわ」


 何故彼女は見ず知らずの僕らにライスを奢ってくれたのだろうか。こっちにも変な人はいるんだなあ。けどちょうど欲しかったしありがたく貰っておこう。


 うん、これはいかん。ふっくら炊かれた米と濃いスープは最高にマッチする。腹も減っているしこれだけで三倍はイケるよ。


「ふんふんふーん!」


 だがその時ミヤタはなんと餃子をほぐしてライスの上に乗せ、スープをかけて一緒に食べてしまったのだ!


「み、ミヤちゃん! なんて恐ろしい食べ方を!」

「まさに禁断の味! やはり私の目に狂いはなかったのですね!」

「はあ。他のお客様の迷惑になるから静かに食べようね」


 レイカと哀歌さんはともに悪魔の子の誕生を賛美する。でも美味しそうな食べ方だから僕も真似しようっと。


 うん、こりゃ美味い。餃子の餡がスープを吸って、肉や野菜の旨味が凝縮されて最高のごはんのお供になっている。皮のパリッとした食感もいい感じだ。


「私にラーメンの可能性を見せてくれてありがとうございます。ラーメン系のイベントがあればいつでも馳せ参じるので今後ともよしなに」

「はあ、よろしくお願いしま、す?」


 哀歌さんがわけのわからない事を言ったので僕は彼女のほうに顔を向けたけど、もう既に彼女はいなくなっていた。確かに声が聞こえたのにあの一瞬でどうやって移動したのだろうか。


 ま、どうでもいいか。やっぱラーメンにはライスだね。生活習慣病なんて知った事か、若いから気にしないでガッツリ食べよう。

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