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1-31 不安な旅路

 適当に探索をしたところで、僕らは駅の周辺にある木の温もりが感じられるこじんまりした喫茶店を訪れた。


 厳密には飲食スペースもあるケーキ屋と言った方が適切かもしれないけれど、何にしたってここはそれなりに人気のあるお店だ。店内の壁にかけられた小さな黒板には一押しの商品が書かれており、実に手作り感あふれるお店である。


「あーむ!」


 ミヤタはチーズケーキに舌鼓を打ち、僕は優雅に紅茶を味わってからガトーショコラを口に運んだ。少し早いおやつタイムだけれど、朝に喫茶店でのんびりするなんて随分と贅沢な時間を過ごしているなあ。


「レイカは紅茶だけ?」

「ええ、さっき朝ご飯を食べたばかりだし」


 食欲がなさそうなレイカはそう言って紅茶を飲み込む。やっぱりどこか落ち着きが無いように見えるけれど、それに触れないのが優しさだろう。


「レイカちゃんも一口どーぞ! ほら、あーん」

「え、そうね。じゃあ」


 ミヤタがそう促し、フォークで刺したチーズケーキをレイカの口元に運ぶと、そんな彼女の表情は少し柔らかくなる。ミヤタは特に考えなしに自然とこんな行動をしたのだろうけれど、本当に彼女は人を幸せにする天才だな、と僕は思っていた。


「ヨシノくんのやつも一口ちょーだい! ちょっとだけあげるから!」

「ふふ、そうだね」


 僕も真似をするようにガトーショコラをサク、と切ってミヤタにあーん、としてあげる。その後は僕もパク、とチーズケーキを貰い、どうしようもなくただただまったり、ほのぼのとした空気が流れた。ただレイカはそんな仲が良すぎる僕らを少し不審に思ったようだ。


「ヨシノとミヤちゃんって出会ってそんなに経ってないわよね。随分と仲がいいみたいだけど」

「僕は幼女に好かれる体質なんだ。これは仲がいいだけなんだ。だから何も問題ないよ」

「わかってるわよ」


 僕の弁解にレイカは苦笑してしまう。付け加えるとミヤタが人懐っこいだけで本当にそんなんじゃないんだけどなあ。


「あれ、ヨシノ君にレイカちゃんじゃん! やっほー!」

「ん? ああ、ヤオ、それにハヤセ」


 僕らを呼ぶ声が聞こえたので振り向くと入店したヤオとハヤセの姿を確認する。別にそんなに仲良くはないけど、取りあえず礼儀としてあいさつは返しておこう。


「?」


 元気いっぱいなヤオに対して、何故かハヤセはレイカを見て困惑した表情を浮かべていたけど、すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。


「レイカもいたんだ」

「あたしだって喫茶店くらい行くわよ、そりゃ」


 レイカは苦笑して紅茶を飲む。確かにヤンキーな彼女のイメージとは合わないし戸惑うのも無理もないだろうな。


「あれ、その子は? ヨシノ君、ポリスメンを呼んだ方がいいかな」

「それはどっちの意味なのかな」

「はじめましてなの! ミヤタさんって言うの!」

「えへへー、初めまして。私の名前は八百千代ヤオチヨ。賭博はしてないよ?」


 友好的なミヤタにヤオは鉄板の名前ギャグを披露した。しかし親もなんでこんな名前を付けたのだろうか?


「このままお喋りしたいのは山々だけど、今私たちは甘いものに猛烈に飢えているのさ」

「うむ。ガトーショコラとショートケーキが待っている」

「そっか」


 簡単な会話を済ませ僕は気にせずガトーショコラを食べる。ヤオたちはああでもない、これでもないと迷いながらショーケースに並んでいたケーキを選んでいたけどこんなに食べたら太るんじゃないかな。



 さて、そろそろ時間だ。いよいよ岩巻を出発する時間となる。駅に戻り、レイカも愛用のオートバイに跨り準備は万端だ。


「それにしてもレイカちゃんのバイク、なんかゴツくてかっこいいの!」

「ええ、あたしの自慢の愛車よ。結構高かったんだから」


 レイカのバイクの車体は彼女の好きな真紅のカラーリングでまるで燃え盛る炎のようだ。愛車を誉められ彼女も嬉しそうだけど、僕はちょっぴり気になる点があった。


「ヘルメットは赤じゃないんだね」


 彼女が被っていた地味な灰色のスモールジェットのヘルメットは派手なバイクとマッチしておらず少し違和感があった。そこまでお金を回せなかったのかな。


「ああ、ちょっとこの前荒事があって使ってた奴が壊れてね。これは予備の奴よ」

「そっか、詳しく聞かないでおくよ」


 レイカの苦笑に僕はニコッと笑ってそう返した。彼女は優しく見えても現役バリバリのヤンキーなのだ。詮索しないのがお互いのためだろう。


「それじゃああたしは先に行ってくるわ。向こうで合流しましょう」

「行ってらっしゃいなのー!」

「うん、気を付けてね」


 僕らはレイカと別れ券売機で切符を買い駅のホームへと向かった。電車にはやはり地元ゆかりの漫画家の作品のキャラクターがラッピングされており、写真を撮っている人もちらほら見受けられる。


 電車が停まり、ドアが開かれた。


 長旅にミヤタは心を躍らせ開いたドアからピョン、と飛び乗った。そして彼女は早速座席に膝をつき、噛り付く様に窓から外を眺める。まだ動いていないのに随分と気が早い事で。


「お行儀良くしなよ」

「うん!」


 ミヤタは素直に指示に従い普通の座り方に戻る。それでもやっぱり肩を左右に揺らしワクワクしてはいたけれど。


 電車はゆっくりと加速し、車窓は流れていく。


 遠くから俯瞰して街を見ると改めて何もない事を実感してしまう。市街地エリアはそれなりに復興が進んでいるけれどそれ以外は正直まだまだだった。


 氷嶋。そこにミヤタのおじいさんがいる。ただ今のところポジティブな情報が何一つないから、僕は彼女のようにとてもではないけど心を躍らせることなんて出来なかった。

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