1-29 ぶたにくのおデブフラグ
そして休日。僕は身支度を整え自室で持ち物のチェックをしていた。ただそんなに持っていくようなものはないしせいぜいスマホと充電器や財布、暇つぶしの本くらいだろうか。着替えは数着程度でいっか。
今回の旅はどれくらいの期間になるかわからない。少なくとも土日の二日では終わらないはずだ。学校を休む事にはなるけどこの旅にはミヤタの人生がかかっているのだからそんなのどうだっていいだろう。
「もにゅもにゅー」
「ぷひー」
玄関に向かうと先に待っていたミヤタがこれでもかとぶたにくをもにゅもにゅしていた。相棒の顔は右に左にこねくり回されなかなか愉快な事になっている。
「今のうちにしっかりともにゅるのー」
「ぷひ」
「もにゅる?」
謎の造語が飛び出たけどぶたにくは残念ながら今回はお留守番だ。しばらくお別れになるのでミヤタは存分に相棒とじゃれ合っているらしい。
「紗幸、ぶたにくのお世話をしっかり頼むよ」
「う、うん」
そんな羨ましいやり取りを見ていた紗幸のだらしない顔は僕がそう言うとほんのり緊張した面持ちになる。母さんは元々あんまり家にいないし、僕らが不在の間ミヤタの家族の命を預かるわけだから当然だろう。
「それじゃあミヤタ、そろそろ行こう。電車の時間だ」
「うん! じゃあね、さっちゃん、ぶたにく!」
「うん、行ってらっしゃい」
「ぷひ!」
ミヤタは黄色のリュックサックを背負い、楽し気に扉を開けて外に出る。
この雲一つない澄み渡る晴天は彼女にはどう見えているのだろうか。僕にはどういうわけか虚しく見えてしまったのだった。
そしてヨシノたちが家を出たあと、ヨシノ家にはパジャマ姿の紗幸とぶたにくだけが残される。
「さてと、まずはごはんにしようか」
「ぷひ!」
居間に戻った紗幸は渡されたメモを頼りにぶたにくのお世話を始める。小さなペット用のエサ皿に、適切な量のペットショップで買った食事を入れて。
以上、ごはんの準備は終了した。
「ぷひ、ぷひ」
「えへへ」
美味しそうにごはんを食べるぶたにくを紗幸は幸せそうに眺めていた。ああ、どうして動物はこんなに愛くるしいのだろうか。
「ぷひゅ」
そしてぶたにくはあっという間に完食する。紗幸はそれを見て改めてブタという生き物は食欲旺盛なのだな、と感心していた。
「そういえばおやつもあったんだっけ。はい」
「ぷひ!」
ぶたにくはおやつ、の単語にピクンと反応する。彼女は渡されたリンゴ粕のペレットの袋を一つ開けて早速餌付けをした。
「ぷひゅー!」
「うへへ」
ぶたにくは小指の先端ほどの大きさの茶色いペレットをもひもひと食べる。小さな口で指をはむはむと甘噛みするその姿に紗幸は本当に癒されてやっぱりメロメロになってしまった。
「ぷひ!」
「え、もっと頂戴って? うーん、あげ過ぎはよくないけど……」
紗幸はしばしの逡巡の後、ぶたにくのつぶらな瞳と目が合ってしまう。こんな目を見てしまえば甘やかしてしまうに決まっている。
「もう、ちょっとだけだよ?」
「ぷひー!」
まあ少しくらいならいいだろうと彼女はデレデレな笑みを浮かべて、次のおやつを袋から取り出した。
こうして紗幸もまた、世の中のミニブタ愛好家がしばしばやらかす失敗をしてしまったのだった。




