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Pro-3 神様的な人から貰えたのはチートな武器や能力ではなく、豊橋名産の美味しいちくわの詰め合わせセットだけでしたが、頑張って世界を救おうと思います

 ……………。


 ………。


 …。


 しんしんと、降り積もる雪。


 何処までも広がる生命の息吹が消えた灰色の街は、雪が降る音が聞こえるほどの静寂に包まれていた。


 まっさらな雪の上に寝転がっていた少女はぼんやりとする意識の中、自分が存在している事を理解する。


 そしてすぐに自らに課せられた使命を思い出し慌てて立ち上がった。冷たい雪を手で払い、まずはここがどこなのかを把握しようとする。


「ここは……」


 どんよりと曇ったモノクロの空からは現在の時間はわからない。そもそもここには時間の概念自体が存在するのだろうか。


 ずっと見上げていると鼻先に大きめの雪が落ち、ひんやりとした感覚に少女は少しだけビクッとしてしまう。これ以上変化が無い空を見ても無意味だろう。


 視界の入る範囲に人は誰一人としていない。街の建物は銃弾や血痕で汚されておらず、過剰なまでに美しさが保たれていた。


 セラエノ・システムにアクセスするとどうなるのか自分は詳しく知らない。だがここが過去の世界でも自分たちがいた世界でもない事はわかる。


 まさか失敗したというのか。少女はあまりの絶望に恐怖してしまう。


「お目覚めかしら、お姫様」

「っ!」


 背後から声が聞こえ少女は慌てて振り向く。そこにはカフェテラスがあり、長い黒髪の白い肌の少女が椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいた。


「あ、あなたは?」


 少女は恐る恐る黒髪の少女に尋ねる。その様子がおかしかったのか彼女はわずかに微笑んだ。


「取りあえずセラエノとでも呼んで頂戴。この世界を管理する世界の理から外れた存在よ」

「セラエノ……あなたが」


 自分は当然その名前を知っている。しかし彼女に関する情報はあまりにも少ない。知っている事は世界が終わってしまったあの戦争で時と空間を操る力を使い、人類を護るために戦ったという事くらいだ。


「時間はいくらでもあるし取りあえずコーヒーでも飲みましょう。眠気覚ましにはいいんじゃないかしら」

「え、あ、はい」


 少女は戸惑いつつも彼女の向かいの席に積もった雪を払いそこに腰掛ける。そしてセラエノはポットから白磁のコップにコーヒーを注ぎ少女に提供した。


「あの、この世界は一体?」

「ここは何処にもない世界。虚無の世界とでも言いましょうか。簡単に言えば向こうに行くための中間地点ね。向こうには駅からいつでも行けるからまずはコーヒーブレイクに付き合いなさい。暇で仕方が無いのよ」

「は、はぁ。あ、シ、シオン君は!?」


 ここがどういう場所なのかはなんとなくわかった。だが彼女は先ほどまで一緒にいた仲間がいなくなった事に思い至り慌てて質問する。


「ついさっきちゃんと過去の世界に辿り着いたから安心しなさい。あとケンとカナエも無事だから。過去の世界で生き延びればいつかは合流出来るでしょう」

「そ、そうですか、ありがとうございます!」


 シオンだけでなく大事な仲間の無事もわかり少女は安堵する。これで心置きなくコーヒーブレイクを楽しめるというものだ。


 自分には使命があり、呑気にくつろいでいる暇はないが情報のお礼に一杯くらい付き合おう。


 それに何より過去の世界では過酷な戦いが待ち受けているのは間違いないのだ。つまりこれが最後の安息の時であるとも言える。


「ではいただきます。ふう……」


 早速少女はコーヒーを口に含む。しかし子供舌の彼女には少々口に合わなかったようでその苦味に顔をしかめてしまった。


 落ち着いたところで少女はずっと気になっていた事を質問する。非常に不自然だが、そんな事を聞く空気ではなかったのであえてスルーしていた事を。


「あの、頭とか肩に雪が滅茶苦茶積もってますけど、大丈夫です?」

「ええ、クソ寒いわ」


 ここは屋外で雪が降っている。当然セラエノの身体にはこんもりと雪が積もっており、彼女はぶる、と寒さで身を震わせていたが、クールビューティーな笑みをどうにか保っていた。


「廃墟のカフェテラスでコーヒーをしばくのってなんかミステリアスでかっこいいじゃない。でもこの世界は常に雪が降っている事を失念していたわ。途中からああ、失敗したなあ、と思ったけどそこは根性で乗り越えたの。だってかっこいいから」

「は、はあ」

「ふふ、さっき旅立ったシオンも今のあなたのような顔をしていたわ。こいつアホか、とでも言いたそうな顔を」

「でしょうね」


 少女はあえて反論せず、もとい出来なかった。話題を変える意味も込めどうしても気になっていたもう一つの謎を追及する。


「……あと、何でちくわがあるんですか?」


 テーブルの上には小皿に盛り付けられたちくわが置かれていた。調理も何もされていない、小袋から出したそのままの状態で。


「食べるためよ。それ以外の可能性が存在するの?」

「いやまあそうですが。コーヒーとちくわですよ?」

「ええそうね。コーヒーとちくわね」

「……………」


 少女はどうにかこの状況を理解しようと努力する。しかし日々の生活ではまずお目にかかれない組み合わせに彼女はひどく混乱していたのだ。


 そんな少女を見てセラエノはある事に思い至る。


「ちくわ、食べたいの?」

「え。別にいらないですけど」

「食べたいのよね?」

「……………」

「食べたくて仕方が無いのよね?」

「……………」

「食べなさい」

「……………」

「食べないと後悔するわよ」

「……………」

「ユー! チクワオアデェェッド!」


 その妙なテンションにどう返答すればいいのか迷っていると、セラエノはニコリと笑ってこう言った。


「ね、空気を読みましょう? 空気を読むのは主人公の必須スキルよ」

「あ、じゃあもらいます」


 その目は笑っていなかった。ほんのり恐怖を感じた少女は根負けしてちくわをもしゃもしゃと食べる。


 味はまあ、安物のちくわだ。それ以上でも以下でもない。何の感情も抱かず少女はちくわを食べ続けた。


 ……これから世界を救うための旅に出るというのに自分は何をしているのだろう。少女は虚しい気持ちになった。


「ふふ、もしあと一回断っていたらバッドエンド直行だったわ。トロフィーを獲得したかったならそうするべきだったわね」

「いひゃそんなゲームみたいな発想で世界を終わらせないでくだふぁい!?」


 少女は怯え慌ててちくわを食べきった。そして確信する。こいつはヤバイ変人だと。


「と、とにかく、コーヒーを飲んだらすぐに行きますから!」


 少女は一刻も早くこのちくわ狂いの奇人から逃げるため苦いコーヒーを一気飲みする。口内いっぱいに苦味が広がるが我慢せねば。


「そんなに焦らないで。ああそうそう、あなたに渡しておくものがあったわ」

「え?」


 セラエノは足元のカバンをガサゴソと漁りニヤリと笑みを浮かべる。その顔にただならぬものを感じ、少女は狼狽えてしまった。


「冒険をするにあたって私からの餞別よ。これくらいしか出来ないけど」

「は、はい!」


 少女は背筋をピンと伸ばし英雄からの贈り物を受け取る心の準備をする。それはきっと冒険に役立つもののはずなのだから。


「はい、豊橋とよはし名産のヤ〇サちくわよ」


 しかしセラエノがカバンから取り出したのは贈答用のちくわの詰め合わせセットだった。もっとも、少女もぶっちゃけなんとなく予想はしていたが。


「えーと、もしかして運命の分岐点でこれが必要とか」

「いいえ、ただ美味しいだけよ。ちくわにそれ以上の何を求めるというの?」

「私は生まれてこの方、ちくわに何かを求めた事がそもそもありませんが……」


 少女は引きつった顔で取りあえずその箱を受け取る。


 箱は細長く、赤い電車を模し、コミカルな二人組の侍が描かれたかなり特徴的なデザインではあるが、蓋を開けてみるとやっぱり中には職人の情熱と魂がこもったちくわしかなかった。


「これはちくわですか?」

「はい、これはちくわです」


 まるで語学の教科書のようなシンプルなやり取りをする。少女は何も見なかった事にしてそっと蓋を閉じた。


「あの、伝説の剣とかチートガン積みとか欲張りな事は言いませんので、せめて鑑定スキルとか、索敵スキルとかもっとそういうのを……一見役に立たないアレでも、あとでなんか適当に上手い具合にやるので」

「ハハッ、甘えるな。なろう小説の読みすぎよ」

「せめてどうのつるぎとか」

「ありません。こんなに立派なちくわがあるのにそれ以上なにを求めるというの? でもそうね」


 その時セラエノは少しだけ悩んだ仕草をしたので少女はわずかな希望を抱いた。しかし彼女がポケットから取り出したものは、


「さあ、大サービス、秘蔵の鳥取名産とうふちくわよ。ちくわが大好きな鳥取県民はね、三日に一回はこれを食べないと死ぬのよ。精々感謝しなさい」


 やっぱり個包装された大きめの白いちくわだった。いったいどういう思考回路をしていればこんなドヤ顔が出来るのだろうか。


 ああ、駄目だ。多分鳥取県民であろう彼女は自分とは価値観が大きく違い過ぎる。少女は空を見上げ思考する事を放棄した。


 まあいい、そもそも身一つで過去の世界に行く予定だったのだ。もっと言えば過去への転移が成功するかもわからなかったし、こうしてちゃんと向こうの世界に送り届けてくれるだけで御の字なのだ。少女はそう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。


「ま、まあ、ありがとうございます。お腹が空いた時にでも食べます。それじゃあ駅に行きますね」

「ええ、そうしなさい。ホームに電車が止まっているからそれに乗るだけで過去に行けるわ。乗るのは一番ホーム、十八時四十分発のスーパーはくと。間違えないようにね」

「わかりました」


 セラエノは満足げに微笑みちくわを食べながらコーヒーを味わう。少女は物語が始まる前からどっと疲れてしまったが当初の目的を果たすため駅に向かう事にしたのだった。


 コーヒーを味わいながらセラエノはその後ろ姿を見送る。世界を救う英雄にしては何とも情けなく頼りない姿だ。


「もう一度付き合ってあげましょうか。未熟な英雄であるあなたに運命を変える事が出来るかしら?」


 けれどまた夢が見れるのなら構わない。もしかしたら彼女にはそれを成し遂げる事が出来るかもしれないのだから。


 セラエノは微笑みながらコーヒーを口に含もうとしたが、


「ぶぇきしッ!」


 と、寒さに耐えきれず盛大にくしゃみをしたのだった。



 そして少女は駅のホームに降り立ち、電車を前に深呼吸する。


 電車は先頭が青く洗練されたデザインだ。十八時四十分発のスーパーはくとに乗れと言われたが、他に電車もないようだしこれがそうなのだろう。


 ちくわ狂いの変人に絡まれてしまったがこのドアをくぐれば過去の世界に行く事が出来る。


 全てはそこから始まる。不安が無いといえば嘘になる。


 けれど踏み出さない事には始まらない。もう自分には、後も先もないのだから。


「よしっ」


 唯一の客である少女が電車に乗り込むとしばらくしてから扉は閉まる。彼女は座席に腰掛け、取りあえず車窓から見える外の景色を眺めた。


 車内には自分一人しかいない。それがほんの少し心細かった。


 ガタン、ゴトン。


 電車はゆっくりと動き出す。


 ガタン、ゴトン。


 次第に急加速をし外の風景が高速で動き出した。それと同時に夢が冷めるように虚無の世界は霞み、自分の存在は希薄になっていく。


(待っててね、皆。私は絶対やり遂げて見せる)


 しかしそのような状況になってもなお、少女はその願いを忘れる事はなかった。


 たとえ何もかもを失ったとしても、この想いだけは消せやしないのだ。


 ――そして世界に明日を取り戻すため、少女たちの長い、長い旅が始まったのだった。

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