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1-26 隠蔽されたクマ騒動と酔いどれ教師の暗躍

 んでもって、翌朝。


 クマ騒動、そして多重事故はもちろんニュースになっていた。だけど思ったほど騒ぎになっていないのはこの事故で死者が一人も出なかったためだろう。


 ニュースの筋書きはこうだった。ゲームに夢中になっていたトラックの運転手が事故を起こし、さらに荷台に積んでいたクマが脱走。それを居合わせた警察官が銃で射殺したというものだった。


『まったく、またって感じですね。この前もパチモンGOで事故があったじゃないですか。もっと規制すべきですよ』

「……………」


 本業が何なのか、そしてどうやって収入を得ているのかよくわからない肩書のコメンテーターの薄い意見なんて耳に入らなかった。


 メディアが最も注目していたのは悪名高いパチモンGOだけだった。僕が銃を撃った事なんてまったく触れられていないどころか警察官が発砲した事になっているし。


「うーむ」


 これは一体どういう事だろう。もちろん僕には隠蔽するような伝手もない。問題になっていないのならいいんだけど……。


 クマが死んだというのも鵜呑みにすべきではないだろう。もしあのクマがゾンビなら誰かが何らかの目的で運んでいたという事だ。普通に考えれば研究目的だろうけど誰が、何のために研究をしていたのだろうか。


「むにむに」

「ぷいー」


 僕の悩みをよそにミヤタは今日もぶたにくのもちもちぽんぽんなお腹をのんきに弄んでいる。んでもってソファーに座っていた可愛い妹はうずうずしながらその様子を眺めていたのだ。それに気付いたミヤタはニコニコしながら紗幸に声をかける。


「さっちゃんももにゅもにゅしたいのー? どうぞなの!」

「え、いや、私は」


 ミヤタはぶたにくを両手で掴んでぐい、と紗幸の眼前に押し付ける。だけど理性が残っている彼女はどうにもその一線を越える事が出来ないようだ。


「えんりょなくもてあそぶの! さあ! りびどーのおもむくままに!」

「ぷひ」

「そ、それじゃあ」


 紗幸はびくびくしながらぶたにくに触れる。その数秒後、よだれを垂らしながら実に幸せそうにもにゅもにゅしていたのは言うまでもない。


「はは、それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃいなの!」

「ぷひー」

「うえへへー」


 妹の醜態に僕は呆れるしかなかったけど身支度を整えてとっとと家を出る。いろいろと気になる事があるし学校で調べ物をしておこう。



 何事もなく登校しいつものように僕は昇降口で上履きに着替えようとした。だけど下駄箱に手紙のような物が入っている事に気が付き僕は手に取ってしまう。


「はて」


 随分ファンシーな便箋だけどラブレターかな。そんなモテるタイプじゃないし、影もリアクションも薄い僕にいたずらをする暇人もいないだろうけど。


 取りあえず中身を見る。だけど僕は数行読んだだけで思わず息を飲んでしまった。


『拳銃の事は上手い具合誤魔化しておいたよぉ。でもあまり目立ち過ぎないようにねぇ。ラブレターじゃなくてゴメンネ! 化学教室に来てね まれっちより』


 まるでギャルが書いたかのようにわざとらしく可愛らしい筆跡だ。僕は急いでそれをポケットにしまいその場から逃げるように去った。



 僕は手紙の指示どおり彼の待つ化学教室に向かう。そしてドアの前で深呼吸をし、勇気を出して室内に入った。


 だけど室内はしんと静まり返って誰もおらず、僕は肩透かしを食らってしまう。


「すみませーん……」


 僕は小声で挨拶をして室内を見渡した。もしかしたら準備室のほうにいるのではないかと思い、僕はそちらに向かうとお目当ての人物を発見した。


「おいっす。手紙は見てくれたんだねぇ」

「ええ、まあ……」


 部屋に入ってすぐ強烈なアルコールの臭いがする。どうやら神聖な学び舎で、このアウトロー教師は密造酒を作って朝っぱらから一杯ひっかけていたらしい。


 ヨレヨレの白衣と分厚い眼鏡、そしてしっぽのように束ねた長い後ろ髪がトレードマークの彼の名前は荒木あらき希典まれすけ。PTAや市教委から名指しで批判される事もある我が校始まって以来最低最悪のアウトロー教師だ。


 彼は基本的にいい加減だけど人情に溢れて面倒見がいいところもあり、はみ出し者の一部の生徒からの信頼は厚く僕ともそこそこ仲はいい部類に入る。


「お前さんも飲む? いい朝は旨い酒を飲む事から始まるんだよ」

「アル中の鑑みたいな発言ですね。そんなジョークはいいです。この手紙は何ですか、希典先生」


 僕は希典先生の問題発言を受け流し単刀直入に聞く。彼はやはりへらへらしながら酒をグビグビと飲み笑いながら答えた。


「どうもこうも、俺っちが裏で手を回して隠蔽してあげたのさ。でも限度があるから今後はなるべく街中で銃をぶっ放さないでね」

「何で。そしてどうやって」


 僕を庇った理由もわからないしその手段もわからない。年齢も含めて希典先生は謎の多い先生ではあるけれどその謎はより一層深まってしまう。


「説明するのが面倒くさいし何よりまだちょっと早いねぇ。その時が来れば教えるけど」

「その時?」

「まあ俺っちに言える事は取りあえずまずは生き延びろって事さ。これからしばらく分岐点が連続するけど序盤でゲームオーバーとかみっともない真似はしないでね」


 わけがわからなかった。僕の知っている希典先生はただのダメ教師でこんな思わせぶりな発言をする人じゃない。


「どういう意味ですか」


 その問いかけに彼は笑いながら酒を一気に飲む。見ているだけで気分が悪くなりそうなほど異常な飲み方だった。


「酔っ払いの戯言さ。早く教室に行かないとホームルームが始まっちゃうよ」

「そう、ですね」


 彼ははぐらかしつつもその目はしっかりと据わっていた。僕は何を言っても無駄だと理解し、警戒しつつ準備室を出たのだった。


 彼は僕が拳銃を持っている事を知っていて、しかもそれを隠蔽した。一体、何が目的で。


(ま、いっか)


 きっと彼がその気になれば僕なんて一瞬で消し飛ばす事が出来るだろう。物理的にも、社会的にも。だが彼は少なくとも今は味方でそうするつもりもないから特に害があるわけでもない。なら別に問題ないだろう。


 けど、本当にあの人は何者なのかなあ。


 不安な部分は多々あるけど向こうは何か意図があって僕を助けてくれたのだ。後々火種になるとしても今はまだ大丈夫だろう。


 そう結論付け僕は特に気にしない事にした。途中予鈴が鳴ってしまったので僕は小走りに切り替え、慌てて教室に向かったのだった。

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