1-21 ゾンビの少女
「あーむ!」
もひ、もひ、とミヤタは実に美味しそうに揚げたての大きなコロッケを頬張る。
肉屋に戻ったあと新しく二つのコロッケを買ってもらったミヤタは上機嫌だったけれど、対してハスミはひどく気落ちしていた。
「ハスミ、服装とオーラがマッチしてないよ。そういう服を着ている人はツルハシを引きずりながら待ってたぜェ、この瞬間をって嬉々とした顔で言いながらバイクで突っ込んでくるものじゃないのかな」
「お前特攻服にどういうイメージ持っているんだよ。あたしはそのあと不運と踊っちまったらいいのか?」
ハスミはハハ、と乾いた笑みを浮かべた。ミヤタが食べている間暇だし適当に話でも聞いておこうか。
「部下がやらかした事がそんなにショックだったの?」
「やらかすのはいつもの事さ。けど最近シガキさんもPPPも、なんかなあ……」
「ふーん。シガキが変わった理由は何となくわかるけど」
「……ああ。ま、お前にこんな事を話しても仕方ないか」
僕がそうであるようにシガキも悲しみを抱えている。彼もまた『あの日』に大事なものを失ってしまったのだ。
けど僕には彼を気遣う余裕もその資格もない。もしそちら方面でのアドバイスを求められても当たり障りのない適当な言葉をかけるくらいしか出来ないだろう。
「はい」
「ん?」
だけどそんな時ミヤタがコロッケの一つをハスミに渡そうとした。その意味が分からず彼女が困惑しているとミヤタは言葉を続ける。
「よくわかんないけどおいしいものを食べて元気出すの!」
「ぷひ!」
「ふっ、ありがとな」
コロッケを受け取りハスミの表情はほんのりと柔らかくなる。彼女はコロッケをかじると優しい笑みをして別れを告げた。
「それじゃあな」
「ばいばーい」
「ぷひ」
僕はミヤタがいい子だなとも思ったけれど同時に理解出来なかった。僕が普通の人間ならもう少し共感出来るのかもしれないけど。
「そうそう、さっきの事だけど」
「?」
落ち着いたところで、僕は先ほどからずっと気になっていた事をミヤタに尋ねる。
「ゾンビって、どういう事?」
「ゾンビって、どういう事って、どういう事?」
「ゾンビって、どういう事って、どういう事って、どういう事?」
「ゾンビって、どういう事って、どういう事って、どういう事って、どういう事?」
「ゲシュタルト崩壊しそうだからこのへんでやめようか」
「?」
ミヤタは言葉の意味が分からなかったのか不思議そうにコロッケをもぐもぐと食べる。仕方なく僕はハッキリとわかるように質問をした。
「ゾンビってあのゾンビ? がおーって、がぶってやる」
「がぶってはやらないけど」
彼女は何言っているの、と言わんばかりの表情をしながらコロッケを食べ続ける。ゾンビ映画のゾンビは腐っているけど目の前にいるのはとてもほっぺがぷにぷにした愛らしいロリだ。
ついでに今までも普通の食べ物を食べていたしああいうカーニバルな食の趣向でもないようだ。いや、そもそもゾンビが実在するのかという話だけどさ。
「えとね、わたし、じしんでつなみに飲み込まれて死んでたんだけど、いつの間にかゾンビになって生き返ってたの。ぶたにくもいつの間にかゾンビになってたの」
「ふむ」
「ぷひ」
ミヤタの説明は至極簡単だった。だけどそう言われてもすぐ信じる事は出来ない。その証言だけではゾンビだと断定出来ないし。
僕は時々聞く不謹慎な都市伝説を思い出した。東北、特に福島を中心にゾンビが現れるという都市伝説を。
この場合津波で意識を失って目覚めただけと解釈するのが普通だ。この世界において死んだ人間が生き返るなんてあり得ない。ゾンビは結局架空の存在だ。
けれどそれだと先ほどの怪力や身体能力が説明出来ない。あれはとても小学生くらいの少女に出来る事ではなかったから。
「うそだと思うならむねをさわってみる? しんぞう動いてないから」
「え、うん」
そうだ。僕は最初彼女に出会った時に脈を測ったけど何も感じなかった。僕は改めて彼女の胸を触って鼓動を確かめてみる。
やっぱり動いていない。本当に彼女は動く死体だというのだろうか。だけど測定に夢中になっていると僕はそれよりも重要な事に気が付いてしまう。
「ヒィ! 白昼堂々と幼女の胸を触っている男がいるわ!」
「漢気すら感じる事案野郎ね!」
「お巡りさん! プリーズ! フォロー! ミー!」
まあこういうのは公衆の面前でやる事じゃないね。言い訳としてはゾンビかどうか確かめるため……うん、無理だね。
「うん、逃げようか」
「ふに?」
「ぷひ?」
僕はミヤタを連れて一目散にその場から走り去る。僕はロリコンじゃないんだけどなあ。
一方その頃、岩巻市街地エリアの幹線道路を一台の運搬車が走っていた。
運搬車の荷台はまるで現金か罪人を運んでいるかのように堅牢だ。もちろん窓の類は一切なく中の様子は何も見えない。
その車を運転しているのは一人の中年の男。長時間の勤務で寝不足の彼は眠気覚ましに煙草を吸いながら固定したスマホを操作していた。
画面にはゲームの画面が写っている。それは『パチモンGO』というゲームで移動しながらモンスターを捕まえるというものだ。幅広い年齢層に人気を博しているが、同時にプレイに夢中になるあまりながら運転で事故を起こしたり、駅のホームから線路上に落下したりするなど昨今は社会問題にもなっている。
『シャブピー!』
「お」
そんな時画面に鳴き声とともにヤクチュウという珍しいモンスターが現れた。運転手は是非ともゲットしようとすっかりスマホに気を取られてしまう。
「逃がすかよ!」
運転手はひたすら石を投げて捕まえようとする。しばらく悪戦苦闘した後彼は幸運にもモンスターを捕まえる事に成功した。
「おっしゃ、ゲットォ、オオ!?」
だが歓喜したのも束の間眼前には迫りくる二トントラック。これが小説なら異世界に直行する事だろう。
男の表情は即座に恐怖に歪む。激しい衝突音が聞こえ彼の意識は途切れてしまった。