aft-6 マリアの旅の終わり
それから月日が流れ、春が訪れ――僕らはかつて福島の警戒区域にあった桜並木を歩いていた。
淡い桃色の桜ははらりはらりと散り、車椅子に乗ったマリアの膝の上に乗っていたアスカは花弁を掴もうと手を伸ばした。
「……綺麗だね。こんな素敵な景色を見せてもらって、ぶたにくたちに感謝をしないとね」
「うん、本当にね……」
ここもまた多くの福島の地域同様忘れ去られてしまった場所だったけれど、無事にひまわりとぶたにくの子供達による除染作業が終わり、こうして再び訪れる事が出来たというわけである。
もう人が住めないと言われたというのにこの場所はこんなにも生命力にあふれていた。結局のところ人間がいなくても世界はまるで意に介さず存在し続けるだけなのかもしれない。
「桜ってこんなに綺麗だったんだ。でもどうしてすぐに散っちゃうんだろうね、ちょっと寂しいや。私ももうちょっとのんびり生きたかったなあ……」
「……………」
そう語るマリアの声は弱々しく、その時が間近に迫っている事を僕は理解してしまった。けれどアスカはそんな事を気にせず無邪気に笑うだけだ。
「アスカちゃんはこれからどんな人生を歩いていくのかな。小学校の入学式で緊張しながらランドセルを背負って、仲の良い友達と青春をして、夢を見つけて一生懸命頑張って、好きな人と出会って結婚して、孫が生まれておばあちゃんになって、私はそのたびに泣いちゃって……この子が大人になるまで、一緒にいてあげたかったんだけどなあ……」
「うん……」
マリアは決して叶う事のない未来を夢想し、僕はしばらくして自分が泣いている事に気付いてしまった。
「……もう、泣かないでよ、幸信君。私まで泣きたくなってくるから」
「娘の前で父親が泣くわけにはいかないのにね……ごめん、今だけは許してくれるかな」
「だうー」
儚げな表情のマリアもまた静かに涙を流し、アスカは彼女の悲しい気持ちを理解してしまったのか小さな手で涙をぬぐいニコニコと笑う。
「……ふふ、ありがとう、アスカちゃん。これからはお父さんと仲良くね。これからきっとたくさん辛い事や楽しい事、悲しい事や嬉しい事……いろんな経験をするけど……それは全部あなたの財産になるからしっかり生きてね……?」
「うー」
マリアはアスカに想いを託したけれど彼女はどれほど理解しているのだろう。いや、理解していないほうが幸せかもしれない。この無垢な笑顔が失われるくらいなら、悲しみなんて知らないほうがいいんだ。
「全部諦めてたはずなのに私は欲張りだよ……もっともっと生きたいって……そんな我がままな事を思って……こんなに幸せなのにさ……」
「僕だって、僕だってマリアには……ッ!」
愛する我が子ともっと生きていたい。それのどこが罪だというのだろうか。僕は心の底から叫びたかったけど、ぽかんとしたアスカの顔を見てそれをどうにか思いとどまったんだ。
「でもね……もう私は一緒にいられないから……アスカちゃんをよろしくね……でも……たまには私の事を思い出してくれると嬉しいかな……」
「う、うぅ……っ! うんっ!」
僕は全ての言葉を飲み込み彼女の願いを聞き入れた。マリアは全てを受け入れていたというのに、僕が何か情けない事を言ってしまえば彼女はきっと悲しい顔をしてしまうだろうから。
「いろいろあったけど……生きててよかったな……幸信君、アスカちゃん……私の家族になってくれてありがとね……」
「っ」
「?」
マリアは満ち足りた様子で微笑んで、静かに目を閉じ安らかな眠りにつく。
アスカは何もわからず彼女の顔をペタペタと触り、僕はもう涙で前が見えなくなってその場に泣き崩れてしまったんだ。
そして忘れられた桜の花びらが舞い散る中――マリアは旅を終えたんだ。




