aft-2 芳野幸信に与えられた最後の役割
――芳野幸信の視点から――
夢から覚めて現実に帰還した僕はひたすら復興に向けての激務をこなしていた。
やる事はたくさんあったけれど、ミヤタの事やお腹の中の子供の事など考えてしまう事があまりにも多すぎた。
僕の政治の師匠でもあるイシオダさんは親の死に目にも会えないのがこの仕事だと言っていた。所詮今の僕はどこにでもいる市議会議員だけれど、その時が来ればたくさんの人から想いを託された僕はそちらを優先すべきなのだろう。
「……………」
その時とはどういう事だ。ああそうか、僕は彼女たちが死ぬ事を想定して行動していたのか。僕は無意識にしてしまったその考えに思い至りひどく絶望してしまう。
だけどわかっていた。いずれそう遠くない日にその時が訪れる事は。
だから僕に出来る事はこうしてひたすら仕事をする事だけだった。そうしていれば何も考えずに済むから。
でも僕が今している事には意味はあるのだろうか。世界はやがて滅んでしまう事は明白だというのに。
結末はもう既に決まっている。仮に僕が大統領になって何かをした所でその影響力は微々たるもので、それは大した変化をもたらさないはずだ。
それでも僕は抗わなくてはならない。マリアが護ろうとした世界を護り抜き、やがて産まれてくる娘のためにこの世界を少しでも希望が持てる世界にして、一日でも長く終わりの日を先延ばしにするためにも。
だけど僕の疲労は限界に来て――やがて意識を失い現実から隔絶されてしまったんだ。
……………。
………。
…。
次に目を覚ました時、僕は白の世界のアモーレ通りにいた。
流石に何度も経験していればこの状況もすんなり受け入れてしまう。僕はこの世界で待っている誰かに会うため適当に歩いてみる事にした。
どこに行けばわからなくても問題ない。基本的にそれだけで誰かと会う事が出来る、そんなものだ。というか目的を達成しない限り時間無制限で探索出来るし。
しかし僕はそれなりに多忙な身だ。新たな条例を通すための関係各所との調整などする事はいくらでもあり、さっさと現実に帰りたかったので僕は真っすぐ喫茶店へと向かった。
「やっほー、こっちこっち」
「姉さんか」
喫茶店で待っていた姉さんは紅茶を飲んで寛いでいた。もう彼女と再会しても驚きはしないけど、僕も出来る事ならああしてのんびり喫茶店で優雅にお茶をシバきたいものだ。
「仕事はどう?」
「クソ忙しいよ。議員って滅茶苦茶大変な仕事だったんだね。なんかふんぞり返っているだけの楽な仕事のイメージがあったけど」
「ニュースでは基本的に見える部分しか報道しないからね。というより皆見える部分しか見ようともしないから」
「で、何故か議員ってだけで嫌われるっていう。もうちょっとこうチヤホヤされるものかと思っていたけど若手はそうでもないんだよねー。真面目にやれば一瞬でお金も無くなるし。よく議員の給料減らせって、数減らせっていろんな人が言ってたけど、今になって断固拒否してくれた人の有難みがわかったよ。新米の市議会議員は端的に言ってゴミカス同然の存在だからさ。ある程度のランクの人は痛くもかゆくもないけど、しわ寄せは全部こっちに来てまあまあ死活問題だし」
「あはは、大変そうだね。レイトンさんとかの力は借りないの?」
「僕にも一応プライドはあるよ。ただでさえ微妙に嫌われているんだから」
僕は彼女と世間話をしながら紅茶を飲んだ。いつもならカフェインたっぷりなコーヒーを飲むけど、こちらでは仕事をする必要がないのでこちらでも構わない。
「それで、姉さんは何の用事で僕に会いに来たの?」
「うーん、そうだね。ゆう君も最近は忙しいみたいだししばらく会うのは控えようかなって。あともう一つ、ゆう君についての本当の事を伝えておくために来たんだ」
「そう。姉さんの正体が一番気になるけど。で、本当の事って?」
そう伝えられて僕は少なからず落胆した。ここでの世界での記憶は大体現実世界に引き継げない事も多いけど、姉さんとの語らいは少なからず多忙な日々の癒しになっていたからだ。
「ゆう君は知っての通り人工生命体で培養液の中で生まれた存在だけど……あなたにはゾンビの始祖である彩鬼の遺伝子が組み込まれている。いわば人間とゾンビのハイブリッドなわけだね。そしてもちろんゆう君とミヤちゃんの間に生まれるアスカちゃんも」
「なんか昔兵庫編でチラッと聞いた事があるけど……彩子と同じ存在だよね、彩鬼は」
「大体そう考えていいよ。あともう一つ、ゆう君以外のヨシノ家の皆は名前をイメージする時全員漢字表記って気付いていた?」
「言われてみれば。確かこの世界にはいろんな世界が混ざっていて、その人のベースとなった存在がいた世界によってイメージする時の表記が違うんだっけ。つまり家族で僕だけが別の世界の存在だったのか」
「そう。ゆう君の存在はガーディがベースになっているけど、私たちは世界がゆう君のために用意した存在なの。あ、もちろんそんな事関係なくゆう君の事は大切に想っているし、私以外はその事実を誰も知らないけどね」
ガーディ……って確か天使の同人誌に出てくるデスパペットだっけ。シオンの正体は終末世界のヨシノだったので何となく消去法でそうだろうな、と思っていたけど僕はやっぱり前世から彼女たちと繋がりがあったと知る事が出来たので嬉しく感じた。
「そっかあ。でもどうして世界は僕のためにそんな特別対応をしてくれたのかな」
なかなかな真実を知ってしまった僕はそこまでショックを受けていなかった。そりゃね、ある程度人生経験を積んで悟ったおかげで大体の事はへっちゃらになってきたからね。
「それはゆう君が世界の分岐に必要不可欠な存在だからだよ。ショゴス細胞によるゾンビ化はただの副作用みたいなもので、その本当の力はゆう君達がサードマンモードと呼ぶ力なの。人には現実は変えられないし過去も変えられない。けれどゆう君は世界を観測し望むままの世界を選ぶ事が出来る。望めば全てが手に入るの。この世界の存在は全てショゴス細胞――原初の泥によって出来ているから、本当は皆がそれを出来るはずなんだけどね」
「つまり世界は特別な存在である僕に役割を果たす事を求めているのか。やがて産まれてくるアスカに対しても」
「そういう事になるのかな。だからね、ゆう君――諦めるのはまだ早いよ。滅びの運命は変えられるんだ。いろんな人と協力すればね」
「……そっかあ。ならすぐにでも向こうに戻らないとね」
ずっと陰鬱な気分だった僕は姉さんの言葉に希望を見出してしまった。それはきっと過酷な道のりだろうけど、僕の努力次第で未来を変えられる事が判明したからだ。
「まあまあ、これからは当分会えないしゆっくりしていきなよ。時間の流れがむこうとこっちじゃ違うから急ぐものでもないし」
「それもそうだね」
生きる希望を取り戻した僕は嬉しそうな姉さんの顔を見ながら暖かな紅茶を飲んだ。たまにはこういう優しい味もいいなと、長らく笑い方を忘れていた僕は久しぶりに微笑んでしまったんだ。




