EX-3 どこにもない楽園の記憶
――宮田マリアさんの視点から――
南国の様な暖かな温もりを感じ、波音と人々の賑わう声で私はゆっくりと目を覚ます。
「?」
水着を着て白いデッキチェアで横たわっていた私はどうしてそこにいるのか理解出来なかった。ここは一体どこなのだろう。
周囲を見渡すと今まで出会った知り合いが水着を着て楽しそうにはしゃいでいた。私はしばらくしてこれはおまけシナリオのサービス回だと気付いたんだ。
「目を覚ました? 気持ちよさそうに寝ちゃって」
「あ、ヨシノ君」
「ふふ、また名前間違えてるよ」
「そっか、そうだったね、幸信君」
傍らには同じ様にくつろぐ幸信君もいて、おかしそうにそう言ったから私はこの空間では夫婦という設定である事も理解した。
「お母さん、こっちこっちー!」
「もう、早く一緒に遊ぶのらー」
「う、うん、そうだね」
私が目を覚ました事に気が付いたアスカちゃんとメアちゃんは一緒に遊びために近付いて来て、私はわけもわからないまま楽しむ事にした。
うーん、現実と整合性が取れないけどこれはどういう設定の夢なんだろう。まあ楽しければそれでいっか。
私の記憶が正しければここは確か岩城のほうにあるハワイをモチーフにしたリゾート施設だ。目玉はもちろんフラダンスやファイアーダンスのショーで、ヌイちゃんの家族もここでダンサーの指導者として働いているんだっけ。
施設は家族連れも多く楽しげな声で賑わっている。まさしく常夏の楽園とも言うべきとてもワクワクする場所だ。
強いて困った事を言えば私は人妻なのに水着という事だろうか。羞恥心があまりなかった子供の頃はまだよかったけど、流石にこの年になるとビキニはちょっと恥ずかしいかな。
「ほらほらー」
「むぐぐ」
「いやあ、今回は最高の依頼だね。PRの手伝いっていう名目で家族旅行が出来るなんて。アスカとメアも楽しそうだし良かったよ」
「うん、本当に仲良しさんだね」
メアちゃんはアスカちゃんに手を握ってもらって泳ぐ練習をしており、私たちは仲睦まじい二人の姿を微笑ましそうに眺めた。現実では一緒に遊ぶなんて事は出来なかったし夢の中でくらい存分に楽しませてあげよう。
「何してるの? お母さんとお父さんもこっちにおいでー!」
「ちょ、待って! もう、せっかちさんなんだから~」
もちろん私もただただ楽しくて仕方がなかった。これは幻かも知れないけれど、きっとこうして家族水入らずで遊べるのはこれが最初で最後の機会だから。
だだ皆ではしゃいでいると随分と周囲が騒がしくなってしまった。最初は盛り上がっているだけだと思ったけど、それが悲鳴だという事に私は気付いてしまった。
「何か様子がおかしいね。トラブルかな? ちょっと見に行って来るよ」
「じゃあ私も行くよ。役に立てないかもしれないけど」
トラブルが起これば現地に向かうという習性が染みついてしまった幸信君は家族を護るために行動する事を決める。私も子供を護るお母さんとして何もしないわけにはいかないよね。
「むう、じゃあ私も!」
「じゃあアタイも」
「「どうぞどうぞどうぞ」」
「何してるのら?」
またアスカちゃんとメアちゃんも任務に参加してくれる事になり、そんな伝統芸をした所で私たちは騒ぎの中心となっているダンス会場のほうに向かった。
「それそれ~!」
「ウンパッパー!」
するとそこでは可憐なフラダンスを踊るアミンゴさんたちと、ファイアーダンスを踊る勇ましいおサルさんみたいな変異ヒバーゴたちが火花を散らして激しいダンスバトルを繰り広げていたんだ。
「かれんでエレガントなフラダンスこそがこのしせつのめだまよ! あんたたちみたいなむさくるしいのはおよびじゃないわ!」
「何を言う! 力強くパワフルに! フラダンスだけがハワイアンじゃないんだ! 時代はファイアーダンスなんだ! これからはオラたちの時代だ!」
「ほへー」
どうやら両者は互いに譲れないもののために戦っていたみたいだ。映画にもなったフラダンスのせいで影が薄いけどここってファイアーダンスも有名なんだっけ。
「参ったな、盛り上がるのは良いけどこういうのはなあ」
相手が悪い人ならともかく今回はただお互いのダンスの魅力を語る事に熱くなり過ぎただけなので幸信君は対処に困ってしまう。流石にこれは武器を使って解決すべき問題じゃないだろう。
「よおし、ここは私に任せて! エキストラの皆さんもカモン!」
「おや?」
だけど私にはこの場を納める秘策があった。ステージに乱入した私は高らかにそう宣言すると、どこからともなくチーム明日花の皆も含めて知り合いが全員集合してくれたんだ。ここは何でもありの世界だから細かい事は気にしないでね。
「さあ、私たちの踊りを見て! そして踊り狂うの!」
私達はいつかの世界で会得した情熱的なフラダンスを踊る。これがアニメなら神作画だって語り継がれるくらいそりゃもうぬるぬるとね。もちろん没シナリオを再利用したわけじゃないよ。
「むむ、これはなんて情熱的だ! これがフラダンスなのか!?」
「それでいてかれん……わたしたちがもとめていたのはこんなおどりだったのね! こうしちゃいられないわ、わたしたちもおどりましょう!」
あれほどいがみ合っていた両派閥はその踊りに感動し皆で仲良くフラダンスを踊り始めた。気付けば大量のマタンゴさんズが現れ一斉に踊り出し、私たちにとっては楽しさしかなく、アニメーターさんにとっては泣きそうになる光景が繰り広げられていたんだ。
その後踊りつかれた私たちはあっさり仲直りした両派閥のダンスショーをまったりと眺め、終わりのその時までのんびりと過ごしていたんだ。
アスカちゃんとメアちゃんはとてもワクワクした様子でヒバーゴさんたちのファイアーダンスを眺めていた。個人的にはこういう力強くダイナミックな動きのほうが二人は好みの様だ。
「いやー、楽しかったね、マリア」
「……うん、楽しかったなあ」
私はもちろんこの世界が夢だとわかってはいたけれど、これが楽しい事は疑いようのない事実だったのですんなりと認めた。
ゾンビである事を受け入れればきっとこんな楽しい毎日がずっと続いていくのだろう。私は戦いの果てに世界を続ける事を選んだけれど、正直心が揺らいでしまう程この世界は幸せ過ぎたんだ。
だけど悲しむ必要はない。私たちはいつかきっとこの世界に辿り着く。だからそれまではいろんな経験をするのも悪くないだろう。
それが悲しい記憶でも、やがて想い出に変わり生きた証になるのだから。
私は闇の中で人魂の様に揺らめくファイアーダンスの炎を眺めながら、そんな事を考えていたんだ。




