EX-1 変態探偵芳野幸信の事件簿~魅惑の未亡人の若女将~
――芳野幸信の視点から――
フェリーでのんびりとしていたウミネコと戯れ、一時間弱の船旅を終えて港に降り立った僕を出迎えてくれたのは自由気ままにくつろぐ猫達だった。
島にいる猫の種類は三毛猫、ぶち、ハチワレにキジトラなどなど実に多種多様でさながら国際都市の様だった。ここは島民よりも猫の数のほうが多いらしいけど、なるほど確かにこれを見てしまえば否が応でも理解してしまう。
ここは縫衣島。岩巻の沖合にある人口数十人程度の小さな島だ。見ての通り猫の島と知られ、彼らは文明社会から隔絶されたこの島の支配者として毎日楽しく生きている。
「ああ、自己紹介が遅れてしまったね。僕は変態探偵の芳野幸信。公衆の面前で全裸になったり幼女に法律に抵触しないギリギリのラインで変態行為を行ったり、二股した挙句に未成年に手を出すなど数々の異常犯罪を起こした犯罪者だけど、犯罪者の事は犯罪者に任せろというミステリー小説でありがちな現実ではありえない設定で釈放と引き換えに警察への協力を命じられた探偵だ」
僕は随分と説明くさい独り言をカメラ目線で呟いた。自治体が地元のPRのために作った映画の様な自主制作感が半端ないけどいちいちツッコまずにしばらくの間温かい目で見てね。
「それにしても可愛い猫だなあ。うりうりー」
「にゃー」
僕は猫と戯れようとしたけれど彼らは言う事を聞いてくれず、好き放題に歩き回り全然エサに食いつかなかった。
「フシャアアアッ!」
「キョエエエッ!」
仕方がないので小魚を直でコンクリートに置き、ようやく猫が興味を示して近付いたけど、そこにすかさず空中を旋回しながら獲物を狙っていたウミネコが強襲、激しい争奪戦が始まってしまう。
「うん、なんてのどかな島だ。ここはとてもいい場所だね。よーし、観光をしてみるか」
弱肉強食とも言うべき光景に感動した僕はクソみたいなセリフで強引に締めくくりとっとと港を後にした。くどいようだけど温かい目で以下略。
わざとらしく島の見どころになりそうな景色の良い場所や数少ないお店の前を歩いていると、どこからか少女の楽し気な鼻歌が聞こえてくる。
「これは……向こうに誰かがいるのかな?」
鼻歌を歌っている人物が誰なのか無性に気になった僕は、主人公っぽく木々が生い茂ったわき道から神社に入っていく。
するとそこでは巫女服を着た褐色肌の銀髪猫耳少女が竹箒で特に汚れていない綺麗な境内を掃除していた。シャオ、シャオと地面をこする音は実に心地よく、清らかな空気で僕の心は自然と癒されてしまう。
「こんにちは」
「こんにちは」
シャムネコを擬人化したっぽい巫女さんは僕に気付きにっこりとあいさつをしてくれた。うむ、大和撫子って感じじゃないけどこれはこれでなかなかエキゾチックな魅力のある少女だね。
「観光で来られた方ですか?」
「ええ、適当にブラブラしてる最中です。いやあ、本当にこの島って猫が多いですね。何でここってこんなに猫が多いんですか?」
「そうですね、その理由はこの神社で祀られている猫神様が関係しています」
「猫神様ですか?」
巫女さんはそう言ってチープな発泡スチロールで出来たっぽい製作費五千円くらいの祠を見せてくれた。もふもふした誰かがスーパーでの仕事の合間にせっせと一生懸命作ったからショボいとか言わないであげてね。配線コードも見えてるけど気にしないでね。
「昔漁師の方が猫を飼っていたのですがある時その猫が死んでしまい、哀れに思った漁師さんは飼い猫を奉り、それから海難事故が減って魚がたくさん獲れる様になったそうです。それ以来この島では猫は守り神になっていて、ここがその神様になった猫神様を祀っている神社なんですよ」
「へえ、そうなんですか。そういえば犬を一匹も見かけませんでしたけどそれも何か関係が?」
「その通りです。この島では猫が護り神なので天敵である犬を飼ってはいけないんですよ。猫神様については別の伝承もあるんですが、その伝承に出てくる化け猫は島の犬を皆殺しにしたそうですよ」
巫女さんはこの島に関する歴史を教えてくれた。なおこの辺は作り話じゃなくて実際に語られている伝承だったりするよ。
「ふむふむ、実はその化け猫って君の事だったりするのかな?」
「そうかもしれませんね。フシャー!」
僕がそんな訳の分からないフリをすると彼女は可愛らしく怖がらせるけど、その瞬間パァン! と祠が爆散してしまった。
「ニャ!?」
「こ、これは!? 祠が爆発したよ!?」
……うん、火薬の量を間違えた結果実際にはぽふん、と軽く浮いてちょっと欠けただけだったんだけど爆散した事にしておこう。一発勝負でリテイクは出来ないし。
「い、一体何が……まさかこれは猫神様の祟りなのでしょうか!? ひょっとしてこの島に犬がやって来てお怒りになられているのでしょうか!?」
彼女は一生懸命怯えた仕草をしてその懸命に頑張る姿は実に愛らしかった。山猫一家は皆演技力が上手いのかな?
「そうか、実は僕は探偵なんだ。僕なら犬を見つける事が出来るかもしれない。何か協力出来る事はあるかい?」
「そうだったんですか! では宿に来てください! そこにきっと犯人がいるはずです!」
「ああ! 必ず僕が凶悪犯を捕まえてみせるよ!」
ちなみにこの時点では犬は何もしていないので犯人ですらないし、どうして宿にいると考えたのかとか明確な説明はなかったけどそのあたりの事はもう何も言わないでね。あの猫のおじいちゃんが頑張って脚本を書いてくれたんだから。
ほい、移動のシーンをカットして繋いでパパっと場面転換、やや不自然に宿の内装を撮影した所で僕は女将さんの服に着替えた巫女さんを眺めた。
「ここは島で唯一の宿です。私は巫女の傍らここで若女将をやっております。あと現役の女子大生で未亡人です。そう、未亡人の若女将です」
「そうだったんですか、あなたは未亡人の若女将だったんですか。改めまして僕は探偵の芳野幸信です」
彼女はやたら未亡人の若女将を強調していたけれどサスペンスでは人気の設定だから仕方がない。しかし随分とオッサンが好きそうな設定を詰め込み過ぎな気もするけど。
小さな宿には僕の他にもお客さんがおり、猫だけでなくエキストラで出演してくれた島民の人もいる。この島は猫好きには人気の観光スポットだけど他に泊まる場所がないため必然的に繁盛しているみたいだ。
「もしもしー。わかったでー。ボストンパイやなー」
フロントを担当している支配人役のドーラはのんびりとした声で電話に応答する。違和感しかないけど何も言わないでね。
「おう、未亡人の若女将、帰って来てすぐで悪いんやけどルームサービスや、ボストンパイをつくって届けてくれへんかー」
「はい、わかりました!」
未亡人の若女将は厨房というよりも給湯室の様な場所でこちらから見える様にテキパキと料理をし、僕はその後ろ姿をこれでもかと齧りつくように凝視していた。
「あ、あの、ヨシノさん?」
「気にしないで。僕は君をガン見しているだけだから。んふ、んふー」
「は、はあ」
鼻息を荒くして目を見開いて凝視する僕に彼女は少なからず戸惑っていたけれどちゃんと演技をしてくれる。うん、未亡人の若女将って確かにもうそれだけで興奮するよね。世の中のオジサンは大体未亡人の若女将が大好きだからね。
そして料理番組の様にあっという間に料理が完成、僕はカメラに映らない様に姿勢を低くしゴキブリスタイル歩行し未亡人の若女将を追跡した。
「お届けに来ましたー……ニャアア!?」
「どうしたんだ、未亡人の若女将!」
彼女がドアを開けた所で即座に起立、僕はバミったまま剥がし忘れたガムテープの上に移動した。
残念ながら撮り直しは出来ない。エキストラのおじいちゃんの中にははるばる埼玉から訪ねてきた孫と遊ぶというとても大事な用事がある人もいるから、この程度の事で時間を押す事なんて出来ないんだ。
「あ、ああ……死体が!」
「なんだって!?」
「んごろごろー」
そこには変わり果てた姿のうめまるが口から血を流しいびきをかいて横たわっていた。もちろんこれはスタンバイ時間の合間に本当にマタタビ酒を飲んだ結果眠ってしまったわけじゃない、とにかくこれは死体なのだ。でっぷりした見た目も相まって通行を邪魔するカ○ゴンにしか見えないけど。
「くっ、殺人事件を防げなかったか……! すぐにこの宿にいる人を全員集めるんだ!」
「は、はい!」
未亡人の若女将は目の前で人(猫?)が死んだというのに即座に受け入れ僕の指示に従いフロントに戻し、関係者を全員集める。展開が早すぎるけど気にしない気にしない。
もふもふ君とネズミ君、ついでに手伝いに来てくれた彼のお友達のアサコちゃんがスタンバイを終えた所で次の場面になり、一部のエキストラの方がデイサービスで帰ったせいで少し減ってしまったけどそこはスルーしてシナリオを進めた。
「うめまるさんの死因は毒を摂取した事による毒殺です。どうやら彼が飲んだお酒の中にオニオニウムという毒が混入されていた様です」
「そんな、一体誰がうめまるを殺したんだニャ! あいつは友達想いの良い奴だったのに……ニャアアアアッ!」
僕がそう解説すると名脇役のチョコは今回も迫真の名演技を披露してくれる。一番演技が上手いのが猫っていうのもちょっと変だけども。
「……未亡人の若女将よ。先ほどお主は神社の祠が壊れたと言っておったな。そしてたった今うめまるがマタタビ酒を飲んで殺された」
「ええ、これは間違いなく古の祭り歌になぞらえた殺人事件です」
んでここで長老っぽい猫仙人がよくある設定を持ち出してきた。大抵のミステリーでは一度は手を出すよね、この手の祭り歌系の事件は。
「僕にも聞かせてくれないか、未亡人の若女将。その古の祭り歌を」
「……わかりました」
そして僕が彼女にそう促すと彼女は宿の外に出ていき、いつの間にか設営された屋外ステージの上に移動、やっぱりいつの間にかアイドル衣装に着替えマイク握りしめ深呼吸をした。
「――聞いてください。『マタタビみたいな恋をしたい』」
ほいここでキュートなテテッテッテー、という前奏。彼女は先ほどまでの深刻な雰囲気から一転、可愛らしい振付をしてこれでもかと愛嬌を振りまいた!
――今日は生まれて初めてのデート
――気合入れて精一杯おめかししちゃいます
――背伸びをしてリップもつけちゃって
――リア充過ぎて爆発しちゃいそう
――ボストンパイの生クリームよりも甘い恋だね
――マタタビみたいにふわふわしちゃう
――だって女の子は皆キュートな子猫ちゃんなんだもん!
――今日はとってもいい天気
――さあ、あの青空にダイブしようよ!
なお彼女も可愛らしいけど、一生懸命三連サイリウムを振り回しオタ芸を練習したマタンゴさんズも実に愛くるしい。ううむ、キュート過ぎて頭が沸騰しそうだよぉ。
「……そう、祭り歌はこんな歌です」
「なるほど、歌詞の爆発とマタタビが対応しているのか。古の祭り歌にしては随分アイドルっぽかったけど。ボストンパイってその時代にあったのかな」
歌が終わりやり切った未亡人の若女将を真顔に戻り僕の隣に移動する。心なしか一番の見せ場を無事に終えサッパリした顔をしていたよ。
「歌詞になぞらえて殺害をしたとして、祠が爆発した時から僕は君とずっと一緒にいた。その後君はうめまるからルームサービスを頼まれてボストンパイを作って僕もそれを見ていたからアリバイは完璧だね」
とりあえずそれ以上歌詞についてはツッコまず僕がアリバイについて整理をすると、村の駐在役の平八が嫌な笑みをしてこう言った。
「ハッ、どうだろうな。案外こいつが部屋に行った時にうめまるを殺して悲鳴を上げて第一発見者の振りをしただけかもしれないぜ!」
「そ、そんな! 私はやっていません!」
と、彼の言いがかりで未亡人の若女将は真っ先に容疑者候補に入ってしまう。本編ではまあまあゲスな敵役だったけどすっかりノリノリだねぇ。
「大体お前だって怪しいニャ! さっきも滅茶苦茶ゴキブリみたいな動きをしていたしこんな奴が真人間なわけないニャ!」
「その点に関しては全面的に認めよう! だけど僕は犯人じゃない!」
「嘘つけ! っていうかオイラは個人的にお前の事が大嫌いだニャ! これを機にある事ない事でっちあげて週刊誌にタレ込んで社会的に抹殺するニャ!」
またチョコは完全に公私混同して僕にも疑いの目を向けさせる。泥棒猫である僕は何かと嫌われているからもし似た様な事があれば現実でもやりかねないだろうなあ。
「何を言っているんだ! わざわざでっちあげなくても僕は常に社会的に抹殺されるレベルの事をしているからそんな事をしなくてもいいんだよ!」
「こいつ認めたニャ! ひっ捕らえろ!」
「ああ、二人ともロッジに閉じ込めてやれ!」
「ニャア!? 聞いて無いニャ!?」
が、チョコは平八が放った台詞に素で愕然としてしまう。面倒くさくなるから彼には伝えなかったけど、要するに僕と未亡人の若女将はこれから誰も立ち入れない場所で二人きりになっちゃうわけだからねぇ。
「あーれー」
「私は無実です、信じてください!」
「ニャアアアン!?」
「チョコ、諦めて流れを重視しようね。うっぷ、飲みすぎちゃったなあ」
彼は必死で妨害しようとするも死んだはずのうめまるに止められ、僕らとは逆方向の場所に連行されてしまう。
ううむ、演技とはいえこれ後でまたネチネチ言われないかなあ。猫は執念深い生き物だし、いい加減ガチで呪われそうなんだけど。
僕らが閉じ込められたロッジの外観は猫の島らしくまんま猫の頭の形をしており、耳の部分とかが何とも可愛らしいデザインだった。
ほい、そしてサスペンス劇場のお約束のあのシーンです。未亡人の若女将がいればそらそうなります。
「そ、その、大変な事になりましたね」
「だね。どうにかして犯人を捕まえて無実を証明しないと」
僕は未亡人の若女将と一緒に混浴しながらこれからの事を考える。なお撮影のためタオルを巻いてはいるけど、彼女はかなり恥ずかしそうにもじもじとしている。
このコンプラが求められるご時世になかなか度胸のある事をしやがる。だけどこの作品の製作総指揮は壇○が亀さんの頭を撫でるPR動画に関わった人が担当しているから仕方がない。エロ動画って大炎上したアレに比べればものすごく健全だよ。
「だけど君は僕と一緒で怖くないの? 僕は犯人かもしれないのに」
「いいえ。私はあなたの事を信じていますから。あなたの目を見ればわかります」
うむ、初対面なのにご都合主義にも程がある。なろう小説でももうちょっとちゃんとしたシナリオを書くはずだ。でも僕はそのシナリオに沿ってセリフを言わないといけないんだよね。
「ありがとう、未亡人の若女将。僕は君の事が……」
「ニャッ」
僕が彼女の手を握ってその言葉を言おうとすると未亡人の若女将は顔をぽっと赤らめる。熟女モノのAVの脚本のほうがまだずっとシナリオとして成立しているはずだ。
というかモノによっては普通に芸術作品として見れるものもあるし。あんまり語ると世界の調停者から怒られちゃうからこれ以上は言わないけど。
「大変だァ! 支配人が殺されたニャア!」
「ニャ!」
「おっと!」
だけどそこにひどく憤慨した様子のチョコの怒声がどこからともなく聞こえる。これは台本にあったセリフだけど、彼は想定の三倍くらいの声量で叫んでいたんだ。
「い、行きましょう!」
「ああ!」
どうせならこのまま最後まで進めたかったけどそんな事をすれば別の作品になってしまう。僕は仕方なく台本通り行動して宿へと戻ったんだ。
ほい、そしてマタンゴさんと戯れる島のおばあちゃんを眺め、まったりしながら火照った身体を冷まし軽くスタンバイして。
「まさか支配人がはしゃぎ過ぎて崖から落ちて死ぬだなんて……!」
「状況からどう考えてもこれは事故死……いや自殺だ。支配人は古の祭り歌を完成させるため自分で死んだんだ!」
「そんな! 狂ってる、イカれてるニャア!」
チョコと平八はとても分かりやすく説明をしてくれた。目の前にはドーラの死体があるので転落死したのだろう。
「やーん」
何をしているんだろうと僕らを遠巻きに眺めていた好奇心旺盛なマタンゴさんはドーラに近付き、小枝でツンツンと死体をつつくもネズミ君にくわえられハケてしまう。でもやっぱり撮り直しなんてしないよ。するわけがないよ。
「つまり犯人は支配人のドーラじゃったのか……じゃがこれでお主の身の潔白は証明されたな、未亡人の若女将よ」
「ええ、良かった……とは言えませんけど」
ただこれで犯人がドーラであるとほぼ確定したので未亡人の若女将や猫仙人はホッとした様だ。が、一応申し訳程度に表情と台詞で複雑な心境は描写しているね。
「待ってください。事件はまだ終わっていません」
「ニャ? どういう事だニャ! 犯人は支配人のはずだニャ!?」
さて、ようやく推理パートになったので僕は探偵としての役目を果たす。ある意味チョコが一番ちゃんと演技をしてくれたなあ。
「最初に祠が爆発し、お客さんのうめまるが酒を飲んで死に、支配人のドーラは飛び降り自殺をして死にました。犯人はどうして古の祭り歌になぞらえて殺人事件を起こしたのか、それは順番を誤認させるためだったんです」
「「な、なんだってー!?」」
彼らはわざとらしく某名台詞っぽい大げさなリアクションをしたけどここまで動画を見てくれた視聴者ならこれくらい受け入れてくれるはずだ。僕はこういうグダグダなのが大好きだよ。
「そう、最初に祠が爆発した時点ですでに二人は死んでいたんです。ルームサービスの電話は偽装工作で既に死んでいて、支配人は電話を受けたふりをしただけなんです。彼女は実は双子で入れ替わっていたんです!」
「おいおい、それってつまり未亡人の若女将は!」
「ええ、彼女も共犯なんでしょう。うめまるの事件は第一発見者なのでリスクを考え多分違うでしょうが……支配人を殺したのは未亡人の若女将です」
僕はほぼほぼ直感な決めつけの推理をした。しかし最初の芳野幸信殺人事件でもこんな感じだったし、行政のPRのためのショート動画にミステリーとしてのクオリティなんぞを求めないで欲しい。皆どうせアイドルソングと入浴シーンのとこしか見ないだろうし。どうでもいいけど結局最後まで名前が未亡人の若女将だったなあ。
「おい、お前何を言っているんだニャ! 証拠はあるのかニャ!」
「もちろん証拠ならあります」
「それは……!」
僕はドーラの亡骸を調べそこから未亡人の若女将のデフォルメされたイラストが描かれた缶バッジを回収した。ミステリーの十戒? 知らんがな。
「あなたは限定グッズのこの缶バッジをプレゼントすると告げあの場所誘い突き落としたんです。罪を認めてください、未亡人の若女将!」
「クッ……!?」
これで解決か――だがそう思われた時、車の下から猛スピードで何かが飛び出した!
「バレてしまっては仕方がない! ぶっ転がしてやるー!」
「なッ!?」
「探偵さんッ!」
そこから現れたのはもちろん虎視眈々と様子をうかがっていた双子のドーラ支配人であり、彼女はおもちゃのナイフを持って僕をぶっ転がそうとした。なお正しくはぶっ殺すだけどレギュレーション的な問題で某アニメ版みたいなセリフになったのさ。
「だめぇ!」
「っ!?」
「ニャ!?」
だけどそこに未亡人の若女将が割って入り身を挺して僕を護った。彼女の身体には深々とナイフが突き刺さり、ケチャ……血がどくどくと流れてしまう。
「捕まえろ!」
「ぐわ!?」
平八は即座にドーラを取り押さえ、僕はあちらを無視して未亡人の若女将の命を繋ぎ止めるために呼び掛けた。
「そんな、どうして……!」
「……私たちは本当は猫ではなく犬でした。私の家族は犬という理由で猫達に殺されました。ですからこの島の猫に復讐をしたかった……けど、私はあなたに恋をしてしまったから……」
「待て! 死ぬんじゃない! 未亡人の若女将ィィィイイ!!」
僕は絶叫するけれど、彼女は穏やかな笑みを浮かべて息絶え、程々の所でカットがかかって撮影は終了した。
なお編集ではここで何故か青○城恋唄が流れエンディングに移り変わる予定だよ。なんで全く縫衣島と関係がないあの曲にしたのかって? それは予算を出してくれた関係者のおじいちゃんがファンだから、それだけの理由だよ。
うん、展開について行けないかもしれないけどここまで付き合ってくれてありがとうね。回収していない設定とかもあるけど気にしないでね。双子のドーラはまあフェイスレスとか猫仙人の妖術とかそんな感じのアレだったんじゃないかな。
さて、無事にカオスすぎる撮影が終わってスタッフ一同が島民と一緒に酒盛りをし、どんちゃん騒ぎに疲れた僕はこっそり宴会場を抜け出して外の空気を吸う事にした。
「ふう」
「あ、ここにいたんだ、未亡人の若女将」
未亡人の若女将は夜の港で静かにたたずみ、月明かりに照らされ不覚にも素でドキッとしてしまう。クソみたいな動画でも彼女の可憐さだけは本物だったから。
「もうその名前で呼ばなくてもいいですよ」
「そうだね、シャロ」
人間形態になったシャロはクスっと笑い、僕は彼女と一緒に夜の海を眺める。明日の朝には岩巻に戻り、いつもと変わらない馬鹿馬鹿しい日々が続くのだろう。
「どうせならもうちょっと早くにこの姿になれたら良かったんですけど。そうしたらヨシノさんとも……」
「今からでも遅くないよ?」
「駄目ですよ、私を口説いちゃ。女の子は皆嫉妬深い猫ちゃんなんです。彼女に怒られますって。今後はそういうのを控えましょうね」
「それもそっか」
シャロはむう、と浮気しそうになった僕を咎めた。まったくもってその通りだし、僕も今後はその辺を自重したほうがいいんだろうな。
僕たちは何も言わずただ黒い海と星空だけを見つめる。それだけの事だったのに、お互い不思議とそれが心地よかったんだ。
「ヨシノさん。もうお気付きかと思われますがこの世界は半分夢の世界の様なものです。ですから目が覚めたらきっと何もかも忘れてしまうでしょう」
世界は少しずつ白く霞み、本来の姿に戻ろうとしていた。僕もシャロも世界の終焉を受け入れ、それをただ受け入れたんだ。
「もし生まれ変わってまた巡り合えたのなら……今度はもうちょっと素直になりますね。その時は恋人になってもいいですか?」
「……ああ」
これはただの夢であり現実じゃない。無数に存在したどこかの世界の可能性をシミュレートしているだけだ。それだけの事のはずなのに――僕はどうしようもなく虚しかったんだ。
だけど僕はこの記憶を決して忘れない。もし別の世界で彼女と巡り合ったのなら僕はもう一度彼女と絆を結ぼう。それが友達なのか恋人なのかはわからないけど、どんな形でもそれはきっと幸せな人生につながるはずだから。




