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ゾンビのミヤタさん~英雄が敗北した未来を変えるために、勇者の剣と愛と勇気と豊橋名産のちくわを携えやって来た二回目の世界、東北には太陽が昇り、花咲く明日への物語が始まる~【完結】  作者: 高山路麒
後日譚 太陽が照らす世界、未来に咲いた花【エピローグ】

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aft-1 マリアの見た夢

 ――芳野幸信の視点から――


 世界を襲った大災厄から月日が流れ、初春の澄んだ青空は今日も変わらず晴れ渡っていた。


 世界からは原初の泥由来の擬態ゾンビはすべて消滅し、時々既存のゾンビと、あるいは人間同士で細かな小競り合いは起きているけれど概ね平和な日々が続いている。けれどおそらく人類がかつての様な栄華を取り戻す事は不可能だろう。


 何よりもこの世界には新たな脅威が生まれてしまった。時空の歪みの発生による崩落現象や原因不明の奇病……それに抗う術を持たない人類は少しずつ衰退し、そう遠くないうちにやがて文明は滅亡してしまうはずだ。


 けれどその日々は絶望に満ちたものではなく、苦楽を共にした老夫婦が余生を過ごす様に穏やかで優しいものだった。


 人類は終焉を受け入れ世界に還る事を選択したのだ。もしかしたらもっといい方法があったのかもしれないけれど、残念ながら僕らはこの結末に辿り着く事しか出来なかった。


 けれど僕は言う程後悔はしていない。何故ならこれは闘い抜いた果てに辿り着いた優しい終焉なのだから。


 僕はお土産を携えサナトリウムの様な病院の廊下を歩き彼女の元に向かう。


 木製の引き戸を開けると開かれた窓からは潮風が入り込み純白のカーテンがたなびいていて、ベッドから身体を持ち起こした彼女は大きくなったお腹を愛おしそうに撫でながら穏やかな岩巻の海を眺めていた。


「やあミヤ……マリア、調子はどう?」

「あ、ヨシ……幸信君」


 僕は最愛の妻となったマリアに挨拶をしたけど、お互い昔の癖が抜けずに呼び方を間違えてしまった。


「ふふっ、またやっちゃったね」

「うん、私もまだなんかしっくり来ないよ」


 僕たちはそれがおかしくてクスクスと笑ってしまう。なんだか新婚さんって感じがしてこういうのっていいよね。


「じゃあ改めて、幸信君!」

「マリア!」

「幸信くーん!」

「マリアァアア!」

「ゆぅきのぉぶくぅぅうん!!」

「マァアリィィィィオッッ!!」

「ってマリオって誰!? どこの女!? 誰と間違えたの!?」

「ああごめん!? 違う、元カレじゃないよ! マンマミーアとかしてないよ!」

「きぃぃいい! 許さないッ!」

「うーわー!」


 僕たちは名前の呼び合いっ子からいつも通り悪ふざけにシフトチェンジしわざとらしく怒ってじゃれ合った。うん、今日も楽しい毎日だ。マリアは大人びた見た目に変わっちゃったけどちゃんとこの馬鹿馬鹿しいノリは覚えてくれているらしい。


「……あんたらアタイがいる事忘れてない?」

「ああ、ゴメンゴメン。メアも食べる、お菓子」


 なお部屋には先客としてメアもいたけれど新婚のノロケっぷりにゲボを吐きそうになっていたので、僕はお詫びも兼ねてか○めの玉子を渡し彼女の機嫌を取った。


「いやあ、すっかりお腹も大きくなったね」

「うん、まだ産まれるのはもうちょっと先だけどね。人のゾンビが妊娠して出産した前例ってないみたいだからその辺りは不安だけど」

「そっかあ」


 僕は子供の事を尋ね、順調な経過に喜ぶけど不安がないと言えば嘘になる。今の時代の医療水準は大幅に下がった上に彼女は特殊な存在だからだ。


「いろいろほかに方法はあったとは思うけどね。そりゃアタイもあいつには会いたいけど、別の薬を使うとか太陽の剣の奇跡を使うとか」

「メア」

「……わかってるって」


 メアは再びあの件について蒸し返そうとしたので僕は制止する。彼女もそれを話題にすべきではないと理解していたので素直に言う事を聞いてくれた。


「ううん、いいよ。メアちゃんは私の事を大切に想ってくれていたから、何とかして治療を続けて欲しいって言ってくれたんだから」

「……うん」


 だけどマリアは何一つあの件に関して怒ってなんかおらず、彼女に優しく感謝の言葉を述べた。


 宮田秀樹が彼女のために作ってくれたゾンビの肉体を維持する薬はほぼ人間に戻ってしまった病弱な彼女の命を護るために必要不可欠だけど、副作用があるので妊婦には決して使えないという制約がある。マリアは愛する我が子に会うため一時的に治療を中断する選択を選んで、その時にメアと大喧嘩したんだよね。


 ただ彼女からすればマリアもあの子も大切な存在には違いない。なので両方とも助けるために必死にあれやこれやと提案したけれど、結局マリアはお腹の子の事を第一に考えシンプルな方法を選んだというわけである。


 一番簡単な手段は太陽の剣の奇跡の力を使う事だけど、残念ながらもうあの剣は僕らの手元にはなく厳重に管理されている。今はもう残滓程度の力しか残ってないから大した奇跡は起こせないだろうけど、それでも世界の脅威に対抗出来る聖剣には違いないし。


「正直私もちゃんと産めるのかって今でも不安だよ。これが本当に正しかったのかもわからないし……だからメアちゃんが一生懸命いろんな方法を探してくれて嬉しかったんだ。もう今ではほとんどあの子の事を思い出せないけど、私は一番いい方法を選びたかったから」

「そう」


 マリアはかつて共に過ごした彼女を思い出そうとしたけれど、その記憶は朧気でもう名前も思い出せなかった。


「あ、そうだ。皆は?」

「今は釜牛のほうにいるよ。もうすぐ鉄道が復旧するからあれこれ忙しいみたいだよ。世界中で助けを待っている人がいるからチーム明日花は今日も大忙しさ」

「そっかあ、楽しそうで何よりだね」


 彼女は重苦しい空気を変えるため別の話題を切り出したので僕は皆の近況を伝えた。ただそれを聞いた彼女はほんの少し寂しそうに笑ってしまう。


 ほぼ病弱だった頃の人間の身体に戻ったマリアがかつての様に戦う事は出来ない。ゾンビと戦う事はもちろん、重たいダンボールを一つ運ぶのも難しいだろう。


 それでも彼女は命を繋ぐ事を選択した。やがて産まれてくる愛する我が子と巡り合うために、残りの全ての人生を捧げる事を決断したんだ。


「ふああ」

「ごめん、眠かった?」

「うん、ちょっとね」

「そっか、無理せずに寝てもいいよ。また来るから」

「うん……横になるね」


 元気が取り柄だったマリアは眠たそうにあくびをし、少し申し訳なさそうに笑って床に臥せる。


 彼女はこうして眠る時間が多くなってしまった。きっとその時はそう遠くないうちに訪れる。メアもそれを理解していたのかきゅっと唇を噛みしめてしまった。


 せめてもの救いはゾンビという存在の特性上、目を閉じればいつでも幸せな夢を見る事が出来る事くらいか。


 そして彼女は夢を見る。ここではないどこかであったかもしれない、幸せな世界の夢を。

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