20-72 花咲く明日への物語
白と黒の世界に独り佇む私はどうしてそこにいるのかもわからないまま、朦朧とする意識の中ガレキの街を彷徨い歩く。
私は何でここにいるんだろう。何か大切な事をしなければいけなかったはずなのに。
(アスカ)
けれどそこに光が現れ、私は無意識に手を伸ばしてそれを求めてしまった。そうか、この先に進めばいいのか。
(よくここまでたどり着いたね。本当に立派になったよ)
(諦めないで。あともう一息だから。私たちが付いているから)
(あなたはあたしを救ってくれた。なのにこんな結末じゃ駄目よ)
(仁義は通させてもらうで、アスカ)
(こんな所で終わっちゃいけないよ。人生は最期にはハッピーエンドになるように出来ているから)
(この魂を守護する盾と変えましょう。お嬢様の宝物である貴女を)
(さあ進め。この先にお前が求める結末がある)
光は私に励ましの言葉を与え消えかけた魂の焔を炎に変えた。意識がはっきりするにつれて彼女たちの存在を認識出来なくなってしまったけど、最後に彼女は、
(ずっと見守っているからね。愛してるよ、アスカちゃん)
私がずっと聞きたかった言葉を伝え、私の心には暖かなものが広がりようやく自我を取り戻す事が出来たんだ。
周囲の景色から察するにどうやらここは『あの日』の直後の岩巻の様だ。一面ガレキばかりな上に地面には泥水が満ちてかなり歩きにくい。まきびしみたいに尖った物が水の中に隠れているかもしれないし気を付けて進まないと。
ひかげちゃんとメアちゃんはどこにいるのだろう。ただもちろん少しだけ不安だったけどさっきの現象がシオン君によるものなら二人はきっと無事だろう。シオン君があの二人を危ない目に遭わせる事なんて考えられないし。
それはそれとして私は一体どこに行けばいいのかな。一面ガレキの海で何もないし……。
「?」
だけど耳を澄ますと私はどこからかピアノの音色が聞こえてくる事に気が付いた。私はその音の特徴からすぐに誰が演奏しているのか気付いてしまい、急いでその場所へと向かったんだ。
そのまま歩きにくい道を歩く事十数分、音は現実世界でもシオン君と戦った白い複合型施設の中から聞こえた。その施設は不自然に損傷がなくこの廃墟の街では違和感しかなかったけど、それはこの建物がまだこの時間軸には存在せず世界にとって異質な存在である事を如実に示していたんだ。
(この曲は……)
私はその曲を初めて聞くはずだったのに不思議と懐かしい気持ちになってしまった。私は多分この曲をどこかで聞いた事がある気がする。けれどそれは一体どこで。
施設の中を導かれる様に進み、私は音の出所であろう場所に辿り着き、慎重に扉を開けて中の様子を伺った。
その部屋はコンサートホールらしくシオン君はステージの上に置かれたピアノを弾いていた。その音色はどこまでも優しく愛と希望に満ち溢れた幸せな音色で、私は戦いの最中だという事を忘れて聞きほれてしまった。
しばらくすると演奏が終了し、私はずっと待っていてくれたシオン君の元へと向かった。
「今の曲は?」
「あの世界で天使ちゃん達に演奏した自作の曲さ。また君に聞かせる事が出来て良かったよ」
「そっか、この曲が……」
その演奏には彼が伝えたい想いの全てが詰まっていた。私はかつての世界で私が抱いていた感情を思い出しどこか感慨深い気持ちになってしまう。
「……これで未練は消えたね」
シオン君は椅子から立ち上がり寂しげに笑うと幻影の空間は消滅、ラスボス戦っぽく宇宙をモチーフにしたステージに変化した。
「正史世界のクライマックスを再現してみたよ。アスカはこっちのほうがテンションが上がるよね」
「そりゃもちろん! へー、ここでミヤタさんが……」
その粋な計らいに私は少なからず興奮してしまった。やっぱりね、ラスボス戦はこういう雰囲気のある場所のほうがいいよね。
ガラス張りっぽい透明な床の下には私たちが住んでいる青い地球がある。私は思わずその感動的な景色に見とれてしまいそうになったけど、すぐにやるべき事を思い出し意識をシオン君に向けた。今回ばかりは正史マニアを自重しようかな。
「英雄と魔王の決戦には相応しい舞台だろう? さあ、決着を付けようかッ!」
世界の罪を食らったシオン君は邪悪な悪魔の様でありながらも神聖な雰囲気を漂わせる贄神シメオンへと変貌する。禍々しい翼も生えて紋様はさらに変化し、それはどこか血の涙を流して泣いている様にも見えた。
「望むところだよ、シオン君ッ! 私は絶対にシオン君を救ってみせるからッ!」
私もまた感情を爆発させて太陽の剣の力を解放し、クライマックスに相応しい姿に変身する。
私の命は光の花弁となり天女の衣へと変化し、それは世界に生命が誕生した時に咲き乱れた花の様だった。
それは勇者というには少しばかり可憐で、女神というには勇敢過ぎた。太陽の剣は真の姿を取り戻し、おおよそ人が扱えない程に巨大な大きさに変化してしまう。
その姿の名は究極体コノハナサクヤ。日本神話に置いて生命を象徴する女神は限りある命を人間にもたらしてしまったけれど、たとえ一瞬で散ったとしても美しく咲き誇る生き方を選んだ私にはぴったりな名前だろう。
そして私たちは互いに死力を尽くして最後の戦いに望む。私の物語のクライマックスの対戦相手がシオン君だなんてこんなに熱くなる展開はないよ!
「はあッ!」
一応バトルステージには床はあるけどこんなものは飾りだ。私は光の翼で空を飛行、ひたすら倍以上に巨大化した太陽の剣を力任せに振り回した。
「ははっ、結局アスカの戦い方は最後までゴリ押しなのか!」
「馬鹿の一つ覚えでも極めれば究極になるからねッ!」
シオン君は笑っていたけどやっぱり私は何も考えずにこうしてゴリ押しするのが性に合っている。やっぱりなんだかんだでゴリ押しこそが最もシンプルかつ最強の戦術だからね。
対してシオン君は洗練されたデザインの槍を振り回しその攻撃を全て受け止める。若干闇属性っぽいいい趣味をした槍だけどあれは救世主を殺したロンギヌスの槍のつもりなのかな。
「おおっと!? 無茶苦茶にも程があるね!」
「それが私という人間ですから!」
必殺技? 技術? 作戦? 勇者は黙ってゴリ押しだ!
私はただひたすらに太陽の剣を振り回しシオン君の華麗な技術を叩きのめす。シオン君も掟破りにも程があるゴリ押しの極みに苦戦し慎重に行動せざるを得なかった様だけど、むしろその状況こそ私の望むところだった。
「せいッ!」
シオン君は数千本の闇の槍を召喚、私目掛けて飛ばして来るけどそんなのは何のその、私は究極体バージョンの斬撃飛ばしで真正面から全てを吹き飛ばした。
「ドヤァ!」
「なるほどね、考える事を放棄してゴリ押しに全振りした結果こんな化け物が生まれちゃったのか。育て方間違えたかなあ……」
自信満々な私のドヤ顔にシオン君は笑うしかなかった。でもその苦笑いがどこか嬉しそうなのは気のせいじゃないはずだ。
「その通りだよ、シオン君ッ! 私はシオン君から愛情をたっぷり貰って育ったせいでこんな家族想いの子になっちゃったんだッ! 何もかもシオン君のせいだよッ! 残念だったねッ!」
私は自分勝手なシオン君にありったけの想いをぶつけてぶつけてぶつけまくる。きっと自分を犠牲にする考え方しか出来ない彼にはこれが最も効果的な説得方法だったから。
「だからガンガン想いを押し付けてやるッ! シオン君はこんなにも大切な存在だってッ! こんな終わり方は絶対に許さないってッ!」
「それは僕もだよ、アスカ。僕は救いを求めていないッ! 君達さえ幸せになってくれればそれでいいんだッ!」
「黙らっしゃーいッ! それが余計なお世話だって言ってるのッ!」
それは物語のクライマックスを彩るラスボス戦というよりもただの兄妹喧嘩だった。未だかつてこんなにも平和なラスボス戦を私は見た事がないよ。
だけどそれもそのはず、シオン君は魔王の皮を被った家族でありこれはいわば壮大なごっこ遊びだったのだから。シオン君は敗北を望み、私にそのつもりがない以上この戦いは決して成立しないんだ。
「シオン君はずっと頑張ってくれたッ! ずっと耐えてくれたッ! ずっと護ってくれたッ! ずっと愛してくれたッ! 滅茶苦茶感謝してるに決まってるよッ! 本当に本当にありがとうッ!」
「っ」
私が思いの丈をぶつけるとシオン君はわずかに怯み斬撃を浴びて動きを一瞬止めてしまう。決める時があるとすれば今しかない!
私は太陽の剣に全ての力を出し切るつもりで力を籠める。悲しい事は全部私が断ち切ってやるんだッ!
「これからあなたの人生が始まるんだッ! 生きて生きて生きろォォオッッ!! シオンッッッ!!!」
「うわああッッ!!??」
光の刃はシオン君を優しく切り裂き、彼の心から一切の罪咎穢れを滅していく。彼は苦悶の表情を浮かべていたけれどそれはほんの一瞬の事だった。
シオン君の両腕は粉々に砕け散り、周囲には光の花弁が舞い彼は愛の光に包まれる。私はそっと大切な家族を受け止め、彼の全てを受け止めたんだ。
「……無茶苦茶にも程があるよ、全く」
「えへへ、それシオン君が言う?」
原罪が消滅した彼は穏やかな笑顔になり、その顔に満足した私は羽ばたきながらゆっくりと地球へと降りていく。
「綺麗だね……」
「うん……地球ってこんなに綺麗だったんだ……」
宇宙から見た母なる地球はあまりにも美しく、私もシオン君も全てがどうでもよくなってしまう。
人は永遠に間違え続ける生き物だけれど、この世界はとてつもなくおおらかだからあらゆる矛盾も罪も受け入れてくれるはずだ。
光の花弁は地球を包み込み、世界をほんの少しだけ優しいものへと変えていく。
きっと世界はこれから少しずつ滅びに向かっていくのだろう。それは誰にも止める事の出来ない自然の摂理だ。
だけどこんなにも世界が美しいのなら、私は世界に一部になってもいいとすら思ってしまった。
地上に近付くとそこには手を振って迎えてくれるチーム明日花と協力者の皆さんがいた。どうやら皆無事に生き延びて私たちの帰りを待っていてくれたらしい。
そこには確かに人々の絆が存在していた。彼らは世界に絶望して傷つき憎しみ合いながらも、最後にはこうして手を取り合う事を選択し生き抜く事を選択したんだ。
その光景を見た私は全てが満たされた気分になり自然と涙を流してしまった。
私はちゃんと護る事が出来たんだって、運命を変えられたんだって、そう思えたからだろう。
たとえ私が消えてもこの想いは残るはずだ。私のしてきた事にはちゃんと意味があったんだね……。
もう何も心残りはない。その時が来るのを静かに待つだけだ。




