20-71 白の図書館での決戦
意識を取り戻すと、私は真っ白な空間に立っていた。
清らかな聖域の様に純白なその場所の壁や本棚には無数の白い本が収納されていた。他にあるのは木製の椅子や机くらいで、あえて人間の文明に存在するものに例えるのならばその場所は図書館の様に思えた。
どれだけの本が収蔵されているのか想像もつかないけど、きっとここには全ての世界線の情報が集約されているのだろう。
「ハナコ! もう、考えなしに進まないでよ!」
「お前はもうちょっと慎重に行動する事を覚えたほうが……ん?」
遅れてひかげちゃんとメアちゃんもやって来たけれど、彼女たちもしばらくしてそこにいた人物に気が付いてしまった。
彼は愛おしそうに一冊の本を眺め、しばらくその中に記録されたいつかの世界の記憶に想いをはせた後それをそっと本棚に戻した。
「やあ、来たんだね。君達のやり取りはこっちで全部見ていたよ」
「シオン君……うん、全部知っちゃったよ」
「そっか」
シオン君の身体には禍々しい文様が浮かび悪魔のような風貌になっていた。両手の鉄爪もバージョンアップして魔獣の様に凶悪なものに変わっていたけれど、私はそれを見てもちっとも恐ろしいとは感じなかったんだ。
「実を言うとね、僕は世界の救済もミヤザワの考える理想郷もどうでもよかった。僕はただ天使ちゃんとお腹の中にいた子供を永遠に続く苦しみから救いたかっただけなんだ」
「たったそれだけのために……シオン君は永遠にも近い時を生き続けた」
「そうだね。それ以外の事は何も考えていなかった。僕は結局のところ自分の都合しか考えていなかった。僕は君達が思っている様な立派な人間じゃないんだ」
「そんな事ない。シオン君は凄いって、私は誇りに思っている。一瞬疑いかけちゃったけど、やっぱりシオン君は私が思っている以上にシオン君だったよ」
シオン君は自嘲するけどもしも私が同じ立場ならきっとどこかで心が折れて諦めていたはずだ。だけどシオン君はただ一心に愛する人を救うために過酷な道を血反吐を吐きながら歩き続けたんだ。
「……でもね、いくらアスカが赦してくれても僕はもう取り返しのつかない事をしてしまった。セラエノ・システムは僕と連動しているから僕を殺さない限り世界の再構築は止められない。僕を殺して罪移しの儀式を完遂すれば楽園の様な世界が作られる。だけどそうしなければ混沌の世界が続くだけだ。もう僕を殺す以外に皆が幸せになる道はないんだ」
「ねえシオン君。私がそんな結末を受け入れると思う?」
彼はあまりにも優しすぎたので私は憤りを感じてしまった。グスコーブドリの死は決して美談ではない。私は残された人間の事を考えずにその決断を勝手に下したシオン君が許せなかったんだ。
「思わないね。だから嫌でも殺さなくちゃいけない状況を作るだけだよ。本気で行くから死にたくなければ僕を殺すんだ」
シオン君は鋭い目つきになり殺意を滾らせる。本来なら悲しい状況ではあるけれど、今の私からすればただの胸アツ展開だった。
「いいよ。こっちも全力で行くから。私達は意地でも分からず屋のシオン君を助けるんだからッ!」
「そうか。なら僕はその妄想を全力で叩きのめすだけだよッ! アスカ、君は僕を殺して世界を救うヒーローになるんだッ!」
この戦いに勝利すれば私はシオン君を永遠の呪縛から解き放つ事が出来る。無謀だとしても私はその道を選ぶに決まってるよ!
シオン君は素早く間合いを詰めて鉄爪で私の肉を引きちぎろうとした。太陽の剣で爪を攻撃しなければ確実に食らっていたので、私はシオン君が本気だという事を理解してしまう。
「皆、最後の戦いだよ! 絶対にシオン君を助けるんだから!」
「まかせてー!」
「うぱ!」
「ヒカゲの願い、叶えて見せる!」
「家族は仲良くするもんだぁよ!」
「行きますよ、シオンさん!」
ひかげちゃんは友達部隊を展開、シオン君に猛攻を仕掛けたけれど彼は高速移動で易々と回避してしまった。
元々異常な素早さだったけどさらに化け物になってるよ。これも罪を取り込み続けた副次効果なのだろうか。
シオン君の攻撃パターンは基本的には変わらない。鉄爪による超高速の攻撃、それだけの一切の小細工が存在しないシンプルな戦い方だ。
「くッ!」
それ故に効果的な対策も存在せず、威力も速度も明らかに上昇していたので私は防戦一方になってしまう。私だけだったら絶対に勝てないけど今は皆がいる。何としてでも勝利を掴み取ろう!
「すんごいビーム!」
私はアミンゴさんに援護射撃をしてもらい、シオン君が避けた所ですかさず追撃してわずかに右腕を切り裂きダメージを与える事に成功した。可愛い顔をしてやるじゃないか、アミンゴさん!
「死んでヒーローになるとか、かっこよく死ぬとかそういうのはいらないんだよッ! 勝手に私を救って、勝手に死なないでよッ!」
「ごめんね、ひかげ。君を置いていって。だけどそれは君の勘違いだ。僕は君にとってのヒーローでもないんだ」
ひかげちゃんの脳裏にはサブロウさんの事がよぎったのかもしれない。誰よりも生と死の狭間を知っている彼女はその悲しみや絶望を痛い程知り過ぎていたんだ。
「違う! シオン君は私にとってのヒーローだった! シオン君だけが私に手を差し伸べてくれたんだッ! こんな私を助けようとしてくれて感謝しかないよッ!」
「……違うよ。違うんだけどなあ」
寂しげな彼はひかげちゃんの言葉に耳を貸さず、友達部隊の集中砲火を避けつつ腕をいったん銃形態に変形、距離を取って牽制の射撃を行う。だけどそのせいで今度はメアちゃんに有利な状況になってしまった。
「おいシオンッ! アタイはずっと世界を呪いながら生きてきたッ! 生きていても仕方がないって思ってたッ! だけどあんたはこんなクソガキをずっと助けようとしてくれたッ! それだけでもう感謝しかないに決まってるのらッ!」
メアちゃんはこの世界ではシオン君とは絡みはないけれど、彼はずっとメアちゃんを救うために戦い続けていた。もしも彼女が絶望の底にいた時にそれを知っていれば違った未来もあったかもしれない。
「君が一番辛い時に助けてあげられなくてごめん。僕はいつだって君を助けられなかった。僕の死によって君が救われるのなら本望さ」
「こんな終わり方認めないのらッ! あんたは生きてていいのらッ! 生きてて何が悪いのらッ!」
「っ」
メアちゃんの必死の剣幕にシオン君は怯み飛翔剣によってダメージを受けてしまう。その優しい言葉のナイフは痛みを救いに変えてきた彼にとって紛れもなく本物の痛みとなる傷だった。
「皆シオン君の帰りを待っているから、だからッ!」
「ふふっ、いい仲間を持ったね、アスカッ! だけど言ったよね、僕を殺せってッ! 手加減なんかしちゃいけないよッ!」
けれど彼は痛みをものともせず突き進み途中で腕を変形させ爪の刃を振り回す。やはり言葉では最早どうしようもないみたいだ。
「今の攻撃を防ぐか、強くなったねッ!」
「もちろんだよ! 今の防御もさっきの動きも全部シオン君が教えてくれたからッ! シオン君は私がこの世界で生きていける様に厳しく教えてくれたからこんなに強くなったんだよッ!」
私は未来の世界でシオン君に稽古をつけてもらった時、彼はいつだって厳しく接した。当時はあまりの過酷さに何度も泣きそうになったけど、今ならそれが深い愛情故の厳しさだったんだってわかるよ。
実戦では甘さや経験不足は死に直結する。シオン君は私に嫌われても私が生きていける様に戦いに必要な全ての技術を教えてくれたんだ。
「私は世界を救うヒーローになんてなれなくてもいいッ! だけど大切なものだけは護れるヒーローにはなりたいんだッ!」
「ぐぁッ!?」
私はシオン君に教えてもらった攻撃で彼を切り裂き、後方に下がった彼はすぐに苦々しい顔になってしまう。
「ああそうか、太陽の剣の力を使って僕のツミトガケガレだけを消し去るつもりなのか……セラエノ・システムは誤魔化せるけどそれじゃあ罪移しは実行されないよ」
「わかってるよ。そんな事をしたらシオン君が死んじゃうからね」
シオン君は本気で戦ったところで私に殺す気がない事を理解し不愉快そうな顔になってしまう。でも結構な深手を負わせたし、このペースでいけばきっと助けられるはずだ!
「まったく、そんな事したら駄目だよッ!」
「えッ!?」
「ひゃあッ!?」
ただその行為はシオン君の怒りを買って図書館に出現した時空の歪みに飲み込まれてしまう。私は必死でもがいて抵抗はしたけどそんなものは無意味だった。
そして私たちはまたどこかに転移し再び世界から切り離されてしまう。薄れゆく景色の中、最後に見たのはシオン君の切なそうな笑顔だった。




