1-18 変わらない岩巻とでかいコロッケ
その後も買い物を続けて必要なものをあらかたそろえたところで僕らは肉屋でコロッケを購入し、公園のベンチに腰掛けて小休憩をとる事にした。
「あーむ!」
ぱくり、という可愛らしい効果音とともにミヤタは揚げたてのコロッケにかぶりつく。サク、サク、と、いい音が聞こえて実に美味しそうに食べていた。
ちなみにこのコロッケの正式名称はその名も『でかいコロッケ』だ。大きさは常識的な範囲のジャンボサイズだけどもう少しネーミングをひねったほうがいい気もする。
「んめーの! ヨシノくんは食べないの?」
「ああ、うん、そうだね」
ミヤタに促され僕もコロッケをかじる。ジャガイモの甘さと、ひき肉の旨味がぎっしり詰まった昔と何も変わらない素朴な味だった。
「ヨシノくんはコロッケが好きじゃないの?」
「いや、普通程度には。どうして?」
その質問の意味が分からず僕は思わず聞き返してしまう。するとミヤタは少しだけ寂しそうな顔になってこう言った。
「だって何だかおいしくなさそうに食べてるの。ううん、さっきからちょくちょくかなしそうなかおしてるの」
「悲しそうな顔、か」
ミヤタにそう指摘され僕は今日の事を思い出す。言われてみればそんな顔をしていたかもしれない。
「そうだね、そうかもしれない。ちょっと感傷に浸っていただけだよ」
「かんしょー?」
感傷と言う言葉の意味が分からなかったミヤタに説明しようと思ったけれど、意外とそれが難しい事に気が付いた。まあなんとなくでいいかな。
「そうだね。この場合は嬉しいのと寂しいの、そして切ないのが混じった気持ちさ」
「どうしてヨシノくんはそんな気持ちになったの?」
「ぷい?」
「うん。復興が進んでるんだなあって」
僕は横を向いて公園の敷地内の一角に規則正しく並べられたプレハブ住宅を眺めた。
ここも近いうちに撤去されるのだろう。オリンピック誘致失敗の事もあったし、もしかしたらこちらも前倒しになるかもしれない。
「もちろん地元民としては嬉しいよ、そりゃ。でもさ、どれだけ安全で素敵な新しい街になってもそれはもう昔の岩巻じゃないんだ。きっと住んでいたら慣れるとは思う。だけどそれがなんか嫌なんだ。昔の街の風景が心の中からも消えるみたいで」
僕の脳裏には過去の岩巻の風景が浮かんでいた。そしてその中にははしゃぎながらカメラを構え温かな街の風景を撮影する姉さんがいたんだ。
姉さんがカメラに収めていたのはただの風景ではない。彼女はファインダー越しにこの街に存在していた幸せな記憶を覗いていたのだ。
けれどもうその景色はどこにもない。街には真新しい近代的な建築物が並び、遠くにそびえる建設中の壁のような堤防は彼女が愛した岩巻の海を覆い隠していた。
「むー」
ミヤタはコロッケを頬張り頭に栄養を送って考える。だけどこの感情はまだ彼女には完全に理解出来なかったみたいだ。
「わたしにはむずかしい事はよくわかんないけど、たしかにそれはちょっぴりさびしいの。でも変わっても変わらないと思うの! だから元気出すの!」
「変わっても、変わらないか」
彼女は僕よりもずっと年下なのに至極当然な真実を告げて励まそうとしてくれたので、僕は思わず笑みをこぼしてしまった。
結局街に住むのは岩巻の住人なのだ。確かにこの特徴的な街はそう簡単に変わる事はないだろう。
「そうだね、この街は昔と同じだ。走り屋がいて、荒くれ漁師がいて、駅前に美味しいコロッケが売っていて、その他大勢の変な人がいて……何も変わらないんだろうな」
「うん! あとごはんがおいしかったら細かい事はどうでもいいの!」
「ぷひ!」
「ふふ、そうだね」
正直僕はまだそう簡単には割り切れなかった。だけど彼女に悩みを話した事で少しは気が楽になったのは断言出来るだろう。