1-16 何気ない朝の風景
翌朝、僕は冷蔵庫の扉を開けた。買い物をしたばかりなので食材は選り取り見取りである。だけどここはシンプルにベーコンエッグでいいだろう。
僕は手際よくフライパンに油を敷きベーコンと卵を焼いた。そして蓋をしている間に油揚げの味噌汁を温め朝のコーヒーを淹れる。こだわりも何もないインスタントコーヒーだけど簡単なのが一番だ。
ちなみに多忙な母さんはもう家を出てしまっている。ただ多忙と言っても未だに母さんがどんな仕事をしているのか僕も紗幸もよく知らない。
何の仕事をしているのか母さんに聞いても毎回はぐらかされるんだよなあ。きっともし知る時があるとすれば母さんの葬式の時になるのだろう。その時に実は君たちのお母さんは秘密組織のエージェントだったんだと、ひげの生えた偉そうな人から言われても多分驚かないさ。
「ほけー」
「……………」
居間にはミヤタと紗幸の二人(と一匹)だけ。ミヤタは頭にぶたにくを乗せ眠たそうにソファーに座り、紗幸は落ち着かない様子で彼女をチラチラと見ている。
『続いてのニュースです。都知事がカバンに五千万の模型を入れた時に後ろで爆笑していたおばあさんが今日百歳の誕生日を迎えました』
テレビからは今日もどうでもいいニュースが流れている。だけどヨシノ家はほんのり張りつめた空気が流れていた。
「ほら紗幸、コーヒー」
「うん、ありがと」
「ミヤタはホットミルクで良かった?」
「むにゃー、いいよー」
「ぷひー」
ミヤタは舟を漕ぎながらマグカップに口をつける。こぼしてしまいそうで、ちょっぴり不安で思わず見守ってしまったけど僕の注意は紗幸の言葉によってそらされる。
「でも缶詰が無くなってたのはこういう事だったんだね。この前からちょくちょく無くなってたけど」
「この前から? ミヤタを連れてきたのは一昨日だけど」
それは少し奇妙な話だった。言われてみれば最近缶詰の減りが早かった気もするけど。ああ、もちろん犯人は僕じゃないよ。
「あれ? じゃあお母さんが食べたのかな。うーん」
まあ気にするほどの事でもないか。僕は出来上がった朝食をテーブルに運びいつもよりも賑やかな食卓を囲む。
『都議会は今日も辞任を求める声で紛糾しています。街の声は』
『こうしている間にも都民の税金が使われるんでしょう、往生際が悪いですよ』
ニュースではやらかした都知事が今日も今日とて叩かれている。宮城県民の僕らにはあまり関係ないけどね。
「もちゃもちゃ」
「ぷひー」
「ミヤタ、ぶたにくをかじらない」
寝ぼけたミヤタはぶたにくの胴体をはむはむとかじっている。ベーコンはいい感じにカリカリしており今日は上手に焼けたみたいだ。
『とっとと辞めるべきですって。大事な時期にこんな事してねぇ。あの人のせいで東京オリンピックの招致は失敗したようなもんでしょう。責任を取るのが普通じゃないですか』
「ふふ」
その様子がおかしかったのか紗幸は思わず笑みをこぼしてしまった。僕もちょっぴりぶたにくに噛みつきたいと思ったのは内緒だよ。
『――環境保護団体の事務所が入るビルが武装した集団に襲撃され、多数の負傷者が出ているとの情報が入りました。詳しい情報が入り次第――』
「ん?」
その時物騒な単語が聞こえ思わずテレビを見ると都内のビル街が空撮されており、多くの警察官や救急車が集まっていたので僕は食事の手を止めて釘付けになってしまう。こんな事件が起きるなんて東京は物騒だなあ。
だけど数秒後には軽く受け流して目玉焼きに醤油をかけて食べていた。どれだけ死人が出たとしても結局他人事だからね。
「ああそうそう、今日は休みだしミヤタに街を案内するよ。必要なものも揃えたいしね」
「ふにゃ? ありがとうなの! 楽しみなの!」
ミヤタは僕の言葉でようやく目を覚ましるんるん気分でアホ毛を揺らした。でもずっと気になっていたけどあのアホ毛は自由自在に動かせるのだろうか?