12-102 中国とアラディア王国との極秘の首脳会談
それは、ヨシノたちが土産物屋で騒ぐ中国人を目撃するよりも少し前の事だった。
中華人民共和国の袁国家主席は国内の某所にある会議室で、信頼出来るわずかな人間を集めて苛立ちながらその時を待っていた。
『(お待たせしてすみません、袁国家主席)』
「(三十五分十二秒の遅刻だ。女王陛下ともあろうものが最低限の礼儀も知らないのか?)」
『(あなたのロシアの友人はしょっちゅう遅刻していますよね? てっきりこれがあなた方とお話しする際の礼儀作法なのかと)』
会議に遅れてやってきたアラディア女王は開始早々相手国を挑発する。国際会議の場では遅刻するという行為も戦術の一つであり、これは主に相手を下に見ているという事を意味する行為である。もっともそのロシアの友人は中国以外にも同様の事を度々行っており、むしろ定刻通り来る事のほうが珍しいのだが。
「(……まあいい。こんなつまらない事に時間をかけたくない。何故話し合いの場を設けたのか、そしてどうして我々がこれほどまでに激怒しているかわかっているな?)」
『(すみません、心当たりがありすぎますね。直近では人工太陽計画の利権を奪った事でしょうか? それともあなた方を差し置いて中東やアフリカ諸国と仲良くしている事でしょうか)』
「(それももちろんある。だがこの際そんな事はどうでもいい。我々が今激怒しているのはお前たちがばらまいている偽造決済アプリだ。我が国では通貨の偽造は死罪になる事もある重罪である事は知っているだろう)」
中国のみならず社会を混乱させ国家の信用を揺るがす通貨の偽造は多くの国で重罪であり、それは電子マネーであっても同じ事だった。つまりアラディア王国のしている事は明確な国家に対する敵対行為であり、未曽有の国際問題となる極めて重大な案件だったのだ。
『(はて、そちらのマフィアや白き帝の軍勢が貴国に偽造決済アプリを蔓延させている事は存じておりますが、それが我が国と何の関係が?)』
「(しらばっくれるな、我々は全て知っている! お前たちがスパイを送り込んで国家ぐるみで経済テロを行っている事は! おかげで多くの国が人民元での取引を停止した! どう責任を取るつもりなのだ!)」
『(中東での貿易に関しての事ですか? ですがあれはあなたの国の人間がこっそりアプリを使って横領したからあんな事になったんですよね。いえ、国の人間だけではありません。そちらの国民は死罪になり財産が没収される可能性があるとわかっていながら偽造決済アプリを使っていました。結局は民度の問題ではないでしょうか)』
「(よくもいけしゃあしゃあと! 二兆元だ! 少なくとも既に二兆元の偽造電子マネーが流通している! もう隠しきれるレベルではない! お前たちは我が国に何の恨みがあるのだ!)」
『(それは大変ですねぇ)』
アラディア女王はヒステリックに叫ぶ袁国家主席の言葉に耳を傾ける事をやめ、優雅に緑茶を飲み始めた。礼儀知らずにも程があるが、無論これも先ほどと同じく相手を苛立たせる作戦ではあるのだろう。
『(まずは混乱を抑えるために決済アプリの全ての取引を停止してはいかがでしょう。時間稼ぎにはなると思いますよ。頑張ってくださいね)』
「(ぐっ……言われなくてもそうするつもりだ!)」
袁国家主席は中国を護るため苦渋の決断をし会議はそのまま終了してしまう。唯一の収穫は、アラディア王国との対立は後戻りの出来ない場所まで来てしまったのだという事を確認出来た事だろうか。