12-86 悪夢の終わりと恋の始まり
部屋を移動するとそこは同じく居住区画でありかなり広いリビングがあった。おそらく家賃が数十万は下らない金持ちのために作られた立派なマンションなのだろう。だが震災によってかなり損傷しており壁にも大きなヒビが入っていた。
その部屋はどういうわけか俺が昔住んでいた家に酷似していた。一瞬かつての我が家かと思ったが、大物ヤクザの息子とは言え俺は所詮隠し子なのでこんな高級マンションには住んでいなかったからただ似ているだけだ。
もしくは部屋の中で待ち構えていた化け物が収集したのかもしれない。その少女の顔をした怪物は長いボサボサの髪が床まで伸びており、手が四本あって下半身は蛇の姿をしていた。ファンタジー作品にもこういう怪物は出てくるがここは日本なので都市伝説の怪異、カンカンダラと呼ぶ事にしよう。
「アー、アー……ヘイグ、こっちにおいでぇえ」
「姉貴!? 何でここに!?」
しばらくして俺はその少女の顔が姉貴に酷似していた事に気が付いた。まさか姉貴が化け物になって戻って来たというのだろうか。
「違うわ。この怪物はあなたのお姉さんに擬態しているだけよ。この街に存在していたあなたの記憶からね」
「なるほど、そういう事ですか」
動揺した俺の心は律子の説明によりどうにか収まる。それにしてもトラウマしかない姉貴と戦うとは……ある意味禅問答にも似た戦いと呼べるだろう。
「いけるか、黒鬼」
「ああ。惚れた女の前なんやからカッコつけさせてくれや」
「~~~~~!?」
俺がそう伝えると代わりにギバちゃんが激しく動揺してしまう。ううむ、このセリフはちょっと失敗してもうたか?
「ほな行くでッ!」
「ヘイグ、ヘイグゥ!」
俺はギバちゃんを置いて突撃すると怪異カンカンダラは鋭い爪を生やした四本の腕でひっかき攻撃を仕掛けてくる。中ボスっぽい見た目通り攻撃力はそれなりにありそうだから被弾しない様に気を付けなければ。
「待ってよお! お姉ちゃんを見捨てないでえッ!」
「姉貴の顔でキショイ事言うなやダボがァッ!」
戦法はシンプルに狂戦士の様に刀を振り回す、この一択だ。変にちまちまやるより結局のところこういうのが一番やったりするからなあ。
「痛いよ! 苦しいよ! 何でこんな事するのぉ! 私を助けてよぉ!」
ただやはり一番キツイのは姉貴の顔と声で泣き叫ぶ事だろう。その攻撃は精神力をゴリゴリと削り俺の正気を奪っていく。
大暴れした事で室内の家具は次々と壊れ崩れ去っていく。姉貴にプレゼントをしたぬいぐるみも、俺に読み聞かせてくれた絵本も、まがい物の俺たちの想い出が全て。
「チィッ!」
それに心を痛めてはならない。振り返るな、顧みるな。前に進むためにも。
「ッ!」
しかし俺の心は弱かった。たまらず攻撃の手をわずかに緩めてしまったその時カンカンダラはしっぽを大きく振り回し、槍の様な先端部分で喉笛を貫こうとした!
「黒鬼ッ! 少しは人の助けも借りなさいッ!」
だがすぐに鎖が伸びてその攻撃を防ぎ、ギバちゃんもすかさず前に出て拘束したしっぽを斬り落としてしまう。
「ああッ! お前だけに手は汚させねぇよッ!」
「律子、ギバちゃんッ!」
俺の窮地に二人は即座に共に戦う事を決意してくれた。こんな頼もしい仲間がいるならば頼らないという手はない。やっぱ大人でも少しくらいは甘えてもええか!
「うおらああッ!」
複数体制になっても戦い方は変わらない。律子が鎖で縛り上げ俺とギバちゃんが切りつける、ただそれだけだ。
「アアアアアッ!」
それだけだったがやはりゴリ押しはかなり効果的だ。カンカンダラは紫の血を大量にまき散らし苦悶の声を上げる。
わかっている。現実の姉貴がもう助からない事は。そうは理解していてもやはり俺は心のどこかで姉貴に対する未練や罪悪感があったらしい。
だがそれも今日までや。俺は前に進むために過去と決別して、悪夢を終わらせるんやッ!
「これで終いやッ!」
「ガアアアアッ!?」
攻撃を食らうと同時に胸元に一突き。刀を抜くと同時に大量の血が噴き出て、カンカンダラはようやく動かなくなる。
「は、ははっ……やってもうたな」
「ああ、やったな」
見た目はおぞましくもそこまで強くはなかった。しかし何という虚しさだ。一周回ってどこか心地よさすら感じる。
自分の心を支配した罪悪感はカンカンダラの撃破と同時に霧散する。自分はとうとうやり切ったのだ。
「これでしばらくは悪夢に悩まされる事もないやろうな……しばらくすればまた戻ってくるやろうけど」
「そん時は私が一緒に寝てやるよ。それでいいだろ」
俺がポツリと漏らした言葉にギバちゃんはなかなか大胆な返しをした。これはそういう事と解釈していいのだろうか?
「ウブなネンネじゃないですよ」
「フッ、いいさ、それでも」
どうやらそういう事だったらしい。随分とフランクな八割程度の告白だが俺たちにはこれくらいのノリがちょうどいいのだろう。
「だから私の事忘れてないかしら、まったく。お幸せに」
のろけっぱなしの俺たちに律子は心底呆れ、同時に彼女もすっきりした表情になってしまった。
律子にも後で埋め合わせをしておかなければならないだろう。だがそれはそれとして、まずはこの充足感を心の赴くままに感じていたかった。




