12-85 狂気に抗う黒鬼
……………。
………。
…。
「おーい、生きてるかー」
「ぐ、ぅうう」
頬を何かでチクチクとつつかれる感触で目が覚めた俺は、痛みに耐えつつ身体を持ち起こして周囲の様子をうかがう。
真上を見上げるとそこには久我の攻撃によって大きな穴が開いていた。どうやら闘技場の下には空洞がありそのまま落下してしまった様だ。
「おーい、そっちは生きてるかー!」
「……痛た、うん、身体はあるね。黒鬼さーん! ギバさーん! 律子さーん! 生きてますかー!?」
「おーう! 全員生きてる! だけどしばらく自力で何とかしてくれー!」
「わかりましたー! あ、フィリアさんも無事ですからー!」
細長い鉄の棒を持っていたギバちゃんは闘技場にいるハナコと大声で会話をする。ハナコは一瞬気を失っていたらしく、黄泉平坂から慌てて戻ったせいでワンテンポ遅れたその返事はどこか苦しそうだった。
闘技場までの高さは五階建てのビル程度で、足場になりそうなガレキはあるので頑張れば登れそうやけど、うっかり手を滑らせたら死ぬやろうし素直に律子の鎖を使うか別ルートで合流したほうがええやろ。っちゅーかこんな高さから落ちてよお生きとったな……。
「大丈夫、黒鬼」
「何とか生きてますよ。そちらは? 怪我はなさそうですね」
俺は意識を失っていたというのに律子の服には汚れ一つついとらんかった。随分と小綺麗やけど一体どんな手段を使って生還したんやろうか。
「落ちる時に鎖を使ってその辺のものを掴んだから。一応あなたたちもキャッチしようとしたけどごめんなさい、完全にはダメージを防げなかったわ」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
律子は助かった理由を教えてくれたのでひとまず感謝をする。ともかく仲間の無事が確認出来た所で俺は改めて久我たちがいる真上を見上げた。
闘技場からは激しい戦闘音が聞こえてくるのでハナコとフィリアは頑張って戦っている事が伺える。せやけどあの二人では久我とビッキーを退けるのは少しばかり厳しい。とにかく急いで上に登って合流せんといかんな。
「律子さん、鎖で上に登ったり出来ますかね?」
「出来ると思うけどその間は無防備だからもし攻撃されたらその瞬間死ぬでしょうね」
「ですよねぇ」
俺は一応提案してみたが久我とビッキーはどちらも遠距離攻撃が得意なのでそんなのは自殺行為でしかない。やはり別ルートで戻るしか道はないみたいや。
「どうにか持ちこたえてください! すぐにそちらに戻ります!」
「わかりましたー!」
ハナコにそう伝えた俺は落とした刀を回収し脱出出来そうな扉を発見する。まずはあそこから外に出んといけんやろう。
「休憩は終わりです。行きますよ、律子さん、ギバちゃん」
「りょ。無理はすんなよ」
「ええ」
他所から来た人間が故郷のために骨を折ってくれているのに休んでいる暇はない。戦う意志を取り戻した俺は再び悪夢の世界へと足を踏み入れた。
扉を抜けた先には複数の小部屋が連なっており、どうやらここは居住区画の様だった。室内には鍋や毛布、ブラウン管テレビといった生活に必要なものが置かれており誰かがここで生活していた事が伺える。
しかし他の場所同様相変わらず人気はない。既に立ち去ったか死んだか、あるいは精神汚染によって化け物へと変わってしまったのか……。
部屋には窓もなくずっと換気がされていなかったのだろう、人が快適に住める空気ではなくかなり息苦しい。当然ネクロムの成分もかなり滞留している。
(ぐッ)
ネクロムの残滓を吸ったせいだろうか、眩暈がする。落下のダメージも残っていたせいもあり次第に意識が朦朧としてきた。
「何でや……何で俺がこんな目に遭わへんといかへんのや……」
「黒鬼?」
「あなた……」
目の前で人が死んでいき世界は炎と血で赤く染められてしまう。想い出は全て消し去り、記憶の絵日記は真っ赤な血で塗りつぶされる。
弱かった俺は何も出来ひんかった。ただ虐げられる事しか出来ひんかった。
あの時から俺は自分という存在を偽った。俺は自分自身に催眠をかけてインテリヤクザを想起させる狡猾でしたたかな人間になったんや。
いや、それは催眠と呼べる様なものではない。いわばただの自己暗示による上書きだ。当然その仮面は脆く、些細なきっかけで弱く凶暴な本性が露わになってしまう。
「ヒヒ、ヒヒッ……」
だがもう演じる必要などない。本能に従い殺し尽くせばいい。そうすればきっと世界は幸福になれる。
全ての痛みは幸福であり絶望は愛にして希望なり、怒りは悲しみの連鎖を止め本能は破壊、派かい、エラーが発生しま狂人は強靭あああkrrはふぁい縷が破そんrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッッ!!
「おいコラ黒鬼ッ! しっかりしろッ!」
「ッ!?」
バチィン!
けれど壊れかけた精神はギバちゃんのビンタによってどうにか保つ事が出来た。俺はハッとなりひどく不安げな彼女の顔を見つめてしまう。
「す、すみません。少しトリップしてしまいました」
「ったく、無茶すんなよ。私はゾンビだからまだ平気だけど……辛いか?」
「ギバちゃんが私を気遣うなんて珍しい事もあるものですねえ」
その時の俺は余程死にそうな顔をしていたのかギバちゃんは普段の悪態を封印して気遣った。律子もどことなく不安そうで、心配をかけた事に気付いてしまい申し訳なくなってしまう。
「辛くて逃げ出していいのは子供だけです。大人は辛くても逃げたら駄目なんですよ」
こんなんじゃダメだ。必死で虚勢を張れ。それが弱い自分に出来る精一杯の悪あがきなのだから。
「それはお前の思い込みだろ。子供も大人も同じ人間じゃねぇか。義務もメンツも命と比べりゃクソみたいなもんだ。だからさ、壊れる前に助けを呼んでくれよ」
「……っ」
けれどそんな虚しい抵抗はギバちゃんの笑顔によって無に帰してしまう。彼女はあの頃とまったく変わらない気さくな笑顔で、少し照れながら俺にそう告げたんだ。
「そういうのやめぇ、惚れてまうから」
「うおっ、馬鹿も休み休み言え」
俺はどうにか残ったなけなしのプライドで強がると彼女もまたほんのり赤面してしまう。あんまりこういう年甲斐のない事はしたくないんやけどなあ。
「うぉっほん。二人とも私の事を忘れてないかしら」
「おおっと、すみませんねぇ」
「わ、悪い」
ただTPOを弁えずイチャイチャしていた俺たちに律子は苦言を呈してしまう。せやけどその表情がどことなく切なそうだったのは気のせいやろうか。
「仕方ないか。これじゃあね」
「?」
何が仕方ないのか。その何かは何となく推測出来たが俺はそれ以上思考しない事にした。
律子は優秀なビジネスパートナー。その関係が最もしっくりくる。それにヘタレだと言われても、彼女の想いに俺は決して応える事は出来ない。
何故なら俺にはもう愛する人が出来てしまったのだから。この戦いが終わったら告白するのもいいかなと死亡フラグみたいな事を考えながら、俺は廊下を進んで合流を急いだ。
ズゥウウン……。
「む」
だがやはり死亡フラグは想像するだけでもいけなかったらしい。
先ほどから異常な殺気を感じる。どうやらこの先でボスキャラが三途の川の向こう側で手ぐすねを引いて待っている様だ。
もちろん俺は逃げる事なく立ち向かう事を選ぶ。そりゃな、ギバちゃんはああ言うたけど……今の俺には自分の命よりも護るべき大切なモノがあったからなあ。




