11-69 ゲスミの記憶・因果は巡る
場面が転換し、真っ白な空間に膨大な量の情報が周囲に出現する。それはどれもニュージーランドで発生した地震の事を伝えるニュースや新聞記事だった。
その中でとりわけ大きく扱われたのはやはり倒壊したビルにいた多数の外国語専門学校の生徒が亡くなったというものだった。
呆然としていたゲスミは何が起こったのかわからず、気付けばいつの間にか葬式のシーンに移り変わっていた。
ゲスミはぽかんとしながらようやく再会出来た兄であった何かを見下ろす。腹部から下のほうは大量の花で埋め尽くされていたので、上半身だけ見ればいつも通りの穏やかな兄の寝顔であり彼女はまだ兄が死んだという実感が湧いていない様子だった。
『う、あ、ああ……ッ!』
葬式が終わり、とりわけ息子を溺愛していた母親は号泣していた。ゲスミもまた心の中がぐちゃぐちゃだったが一応母親である彼女を慰めるために何か声をかけようとした。
『何で……』
だが母親は幽鬼の様にゆらりと立ち上がり充血した眼でゲスミを睨みつける。そして彼女は人間が発する事が出来ないはずの高さの奇声を上げ、
『何であんたが生きてるのッ!』
『がば!?』
(ッ!)
娘を押し倒して首を掴みこう叫んだんだ。ゲスミはあまりの苦しみにじたばたともがくも、次第に意識が飛んで何も考えられなくなってしまう。
そのなかなかにショッキングな光景に紗幸は凍り付いてしまう。だけどもう一つ、そうなってしまった理由を僕は知っていたんだ。
――自分で旅行したんだから自業自得だろ
――被害者面してんじゃねぇよ
飛び交うネット上での罵詈雑言。
そして東北で起きた未曽有の大震災により上書きされるニュース。
数日後には、人々の記憶からは遠い異国の地で起きた地震などすっかり忘れ去られてしまった。
(なんで、なんでなんでなんで!)
けれど彼女の心は壊れたままだった。僕ですらまだ乗り越えられていないんだからきっと今もゲスミは……。
再び場面が転換し、今度は小学校のシーンに移り変わる。
モノクロの世界でずぶ濡れになったゲスミは廊下を歩いていた。周囲からはクスクスと嘲笑する声が聞こえ、あるいはいないものとして扱い目を合わせる事なく通り過ぎていく。
『―――――』
『―――――』
紗幸もその中の一人だった。紗幸は一瞬だけ彼女と目が合うも、すぐに目をそらし友人との楽しいおしゃべりに興じる。
生きる気力を無くしたゲスミは保健室のベッドの上で寝そべりただ時間が過ぎるのを待っていた。
どうして自分はここまで不幸な目に遭うのだろう。
どうして兄は死んでしまったのだろう。
どうして誰も助けてくれないのだろう。
彼女の中の黒い感情は次第に増していき、心の中に植え付けられた種からは悪意が芽吹こうとしていた。
『え、さっちゃんってお兄ちゃんがいるんだ~』
『いるっちゃいるけど』
カーテンの外からは楽し気な同級生の声が聞こえる。それはもちろん東北の震災で家が壊れこちらに引っ越してきた紗幸だった。
(あいつはヨシノだっけ。向こうはこっちと違い何かと恵まれているよなあ。辛いのは自分たちも同じはずなのに誰も手を差し伸べてくれねぇのに。一体この差は何なのかねぇ……)
ゲスミの心の声が聞こえ、僕はそれは違うと否定したかったけど――彼女の絶望を知った今、そんなの出来るはずもなかった。
『そんないいものじゃないよ。何考えてるかわかんないし色々と変だし……本当、なんであいつが生きてるんだろう』
『っ』
だがぼーっと話を聞きながら考え事をしていたゲスミは紗幸がうっかり言ってしまったその言葉に反応してしまう。
(なんで……あんな奴が……恵まれているくせにッ!)
彼女もわかっていたはずだ。その言葉が自分に向けられたものではない事は。
だが次の瞬間彼女は生きる気力と共に激しい恨みの炎を燃やしてしまったのだ。
そして彼女の中に残っていた優しい心の最後のひとかけらは、とうとう消滅してしまったんだ。




