11-68 ゲスミの記憶・ゲスミにとっての最初の『あの日』
ゲスミの胸元に出現した魂の様な何かに触れ、謎の光に包まれた僕と紗幸は意識だけの存在になり現実ではないどこかを彷徨う。
そのあどけなさが残る少女はえへへ、と笑いながらトロフィーを持っていた。トロフィーの下部には『富山県』『優秀賞』という文言が確認出来たからこれは何かの大会のトロフィーなのだろう。
少女は自慢したいのか両親らしき人物にそれを見せようとする。しかし両親は彼女には目もくれず彼女よりも年が上の兄らしき人物の頭を撫でていたのだ。
――本当、○○○ちゃんは自慢の息子ね。
――ほら、クッキー食べなさい。長男なんだからたくさん食べないと!
両親だけではない。多くの大人たちが彼を無条件で受け入れ称賛する。そこに一切の理由など存在せず、ただ生まれた順番と性別だけで。
彼女が獲得したトロフィーは埃をかぶり、やがて兄が手に入れたメダルを飾るためどかされてしまう。
(何で……何でお兄ちゃんばかり)
少女はそのあからさますぎる依怙贔屓にひどく悲しんでしまう。大人たちは徹底的に彼女に対して無関心だったのだ。それはある意味憎悪の感情を向ける事よりも残酷だといえるだろう。
『ほら、食べなよ』
『え? でもこれお兄ちゃんの』
『いいからいいから』
けれどその孤独を癒してくれたのもまた兄だった。彼は家族として、誰からも愛されない妹の唯一の理解者となったのだ。
『俺の妹をゲスミとかいうな、馬鹿ッ!』
『うわっ!? 目ェー!?』
ある時はお菓子を分け与え。ある時は妹に悪意を向ける子供に顔面に塩瓶をぶちまけ。彼は全ての悪意から妹を護るヒーローだった。
(お兄ちゃんなんて大嫌い。でも大好き……)
少女はそんな兄に対して愛憎が入り混じった複雑な感情を抱いてしまう。兄がいなければ自分の人生はもっと幸せになれたかもしれない。だが兄のいない人生など考えられない。彼女の心は振り子の様に揺れ動いた。
『どうだカスミ。東京での暮らしには慣れたか?』
『ぼちぼち。相変わらず友達はいないけど』
場面が転換し、先ほどとは違う部屋で電話をしているゲスミの姿が映し出される。どうやら彼女は何らかの理由で兄と離れて、というよりも兄が離れて暮らしている様だ。おそらく進学のために兄は富山に残ってゲスミ一家が東京に引っ越したのだろう。
『なあカスミ。ニュージーランドのお土産何がいい?』
『ニュージーランド? え? ニュージーランドに行くの?』
ある時彼は妹に対し唐突にそんな事を言った。しかし彼女は突然の事にどう返事をしていいのかよくわからなかったらしい。
『ああ、三月くらいに学校の行事でクライストチャーチってところに行くんだ』
『ふーん。でもニュージーランドっていまいち何があるのかよくわかんないけど。羊が国民の数より多いんだっけ?』
『ああ。軽く調べたけどホーキーポーキー味のクッキーがおススメらしい。それでいいか?』
『ホーキーポーキー味がどんな味なのかわかんないけど……別に何でもいいよ、お兄ちゃんが選んだ奴なら』
『おっけ、じゃあそれにするわ』
兄妹は旅行について楽し気に会話をする。それは何の変哲もない愉快な旅の前の記憶のはずだった。
(……ねえお兄ちゃん。三月でニュージーランドってまさか)
(だろうね)
だけど僕たちは理解していた。この後に待ち受ける運命がとてつもなく過酷なものである事を。




