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1-10 学校での日常と優等生の演技

 不安な事は多々あったけれど僕は普段通り学校に向かった。


「ふーん、ブタって綺麗好きなんだ。鼻掘りって何だろう……飼うのに届け出も必要なのか」


 ホームルームが始まる前に僕はスマホでブタの飼育方法について調べる。今ではペットとして飼う人も珍しくないけどほかの動物と違って飼うには注意点が意外と多いようだ。


「デカ」


 そしてあるあるネタの一つとして、最初は小さかったのにどんどん巨大化し百キロを超えてしまう事も多々あるらしい。


 ちなみに今見ているのは海外で撮影された写真だ。大型バイク並みのサイズまですくすく成長したブタさんに、これまた素敵な笑顔のファットマダムが抱き着いておりまるで仲のいい兄妹のようだった。


 別にずっと僕の家に住むわけじゃないからここは気にしなくていいだろうけど。でもブタさんの画像って何だか見てると癒されるなあ。


「おっはー。おーす、どしたのー? なんか面白そうな単語が聞こえたけど」


 そんな事をしていると我が校が世界に誇るギャグキャラが出現する。正直僕は相手をするのが面倒くさかったけどね。


「おはよう、女子生徒Aさん」

「モブキャラじゃないよ! 私にはヤオって名前があるから! あんたこそなんて名前よ!」

「なにおう。僕にもヨシノって名前があるんだぞ」

「えっ! そ、そんな、まさか私の初恋の相手の……おい〇り君?」


 ヤオはわざとらしくもじもじする。その容姿は一見すると美少女の部類に入るけれど色々と残念なポイントが多分にあるから彼氏はいないようだ。


「誰それ」

「むう、ネタがわからないか。知っとけよ、芸人潰しだぞこのヤロー」


 彼女は不満そうな事から多分元ネタがあるのだろうけれど、若者文化に疎い無知な僕はそんな返ししか出来なかった。


「なに格安で売られている昔のギャルゲーの序盤のシーンみたいなやりとりをしているの?」

「まったく、朝から騒々しいですわね」


 そして騒ぎを聞きつけた彼女の友人、ハヤセとナバタメも遅れて教室にやってきた。無表情なボブカットの少女がハヤセで車椅子に乗ったお嬢様っぽいほうがナバタメだよ。


「ちなみに今の元ネタはなんなの?」

「数年後くらいに動画サイトを中心に活躍しそうな芸人さんから」

「はあ」


 呆れるハヤセにヤオは笑顔でそう言い放った。こういうよくわからないボケをかますのもいつもの光景である。


「で、ブタがどうのこうの言ってたけど」

「ああ、ちょっと成り行きでブタの世話をする事になってね」


 性格にはブタと幼女だけど嘘はついていない。もう大体ブタについては調べ終わったし僕はスマホを机の上に置いた。


「そっかー、ブタの世話ならちょうどいい人がいるよ!」

「ニーハオ! 何だか呼ばれた気がしたからやってきたヨ!」

「あ、おはよう、ゼン」


 モデル体型で黒髪が美しいアジアンビューティーな少女はクラスメイトで中国からの留学生のゼンだ。彼女はかなり社交的な性格でこっちにやってきてあっという間に打ち解けたんだよね。


「で、ブタ飼ってた事でもあるの?」

「もちろんあるヨ! 中国人とブタは切っても切り離せない関係サ! 高層ビルで育てるくらいだしネ!」

「へー。でもそれって」

「ああ、ブタの頭を久しぶりに食べたくなってきたヨ。じっくり焼いてネ、パリパリの皮がたまらないのサ、じゅるり」

「日本じゃあんまり頭は売ってないからねー」


 僕は軽く受け流しこんがり焼いたブタの丸焼きをイメージする。中国人は豚肉が好きなイメージがあるけど頭って美味しいのかな。


 試しにどんな料理なのかスマホで検索してみる。


「ふむ」


 向こうの食文化だし僕はどうとも思わなかったけど、このやり取りを聞いた人にアドバイスをするとすれば閲覧は自己責任でね。


「ちなみに私は食べた事がありますわよ、ブタの丸焼き。北京ダックもそうですがあれは皮を楽しむものですね」

「うんうん、ナバタメはわかってるネ」


 お嬢様なナバタメは食べた事があるらしく自慢げにそう言った。あれって何円くらいするのかな。どっちも普通の中華料理屋じゃ見た事ないけど。


 その話を聞いていたヤオは口もとからよだれを垂らし、ほんわかした笑みを浮かべた。


「ほへー、美味しそー! で、いつ食べるの?」

「食べないから」


 僕はそう言ってぶたにくが相棒兼非常食という位置づけだという事を思い出した。ミヤタもお腹が空いたからって食べたりしないよね?


 あいつのためにも今日はさっさと帰宅してスーパーで食糧を補充しよう、うん。


「うーん、でもさっきの恋人ネタは手応えがなかったなあ。やっぱり万人にわかりやすいネタをしてナンボか。でもいいアイデアが浮かばないなあ~」


 ヤオが芸人としての生みの苦しみに直面していると彼女は椅子に座って談笑している男女のクラスメイトに視線を向ける。イイダとシマムラのコンビだ。


「おやおや? ちょうどいいところに我が校一のベストカップルが。ちょっくらいつものように夫婦漫才を見せてくれやしませんかね!」

「いや俺たちがいつ夫婦漫才をした」


 イケメンに分類されるルックスではあるもの、絶妙に主人公になれない風貌をしているシマムラはヤオの無茶振りに呆れてそんな返事をする。だけど彼女のほうのイイダは面白い気配を察知して楽しそうに笑った。


「いいじゃない、シマムラ君。これを機にお笑い界の頂点を目指しましょう」

「は? 何言ってんだお前」

「私には夢があるの。賞レースで優勝して一時代を築いたあと、じゃないほう芸人になってローカルタレントに転身して地方で荒稼ぎをするっていう夢が。だからシマムラ君、あなたはキー局でメインMCを務めて頂戴。もうすぐ笑ってい〇ともが終わるからその後番組をね。大丈夫、そんなに実力が無くても適当に吠えておけばどうにかなるわ」

「はあ、まあ付き合ってやってもいいけどさー」


 シマムラは渋々といった様子だったが、そんなわけで二人の夫婦漫才が始まった。


 二人は壁際に移動し全く打ち合わせせずに阿吽の呼吸でネタに入る。そしてやはり訓練されたクラスメイトは誰が言うでもなく全員拍手をして迎え入れた。


「はい、どうもー。にゃんこス、」

「はいストップ! それは男女ペアにはつけたらいけないっぽい名前だ! 数年後に斬新なネタで話題をかっさらって優勝した奴よりもテレビで活躍しそうだが多分破局するぞ!」


 シマムラは素早くイイダにツッコミを入れる。すごい、タイミングも声量もバッチリだ。さすがコンビ歴年齢と同じ。これが本物のカップルなのか。


 ちなみに厳密には二人はカップルではないけれどクラス公認というか皆そういうものだと思っている。本人たちも本気では否定していないからそう扱われるのもまんざらでもないのだろう。


「いやー、シマムラ君、もうすぐ一年が終わりますねー、月日が経つのは早いですね。年は取りたくないものですねー」

「光陰矢の如し、ってね。それで毎年この時期になるとあの話題が出ますよね」

「あの話題とは?」

「流行語大賞、ですよ」

「おお、流行語大賞! やっぱり自分はハッパフミフミだと思いますね!」

「いつの時代!?」

「ティモテーティモテー!」

「だからいつの時代!?」

「ST〇P細胞はあります!」

「ちょい未来!」

「ワレワレハ、コリンセイジンダ!」

「近未来、オアちょい昔!?」


 すげぇ、なんてテンポがいい掛け合いだ。頑張れば一回戦くらいは突破出来るのではなかろうか。


「まあ冗談はこのへんにしておいて私は来年あたりに壁ドンとかいう言葉が流行ると思うんです。私たちにとっても馴染み深い言葉ですね」

「あー、壁ドンね。なんか流行ってるね」

「さあ、というわけでシマムラさん、私に壁ドンをしてください。リアクションをするので」

「おっけ」


 シマムラは言われるがままにイイダの手前に立ち壁ドンをする。クラスメイトはそのラブコメ臭に、おお、と黄色い歓声を挙げてしまった。


「今夜は寝かさないぜ……激しい夜にしようか」

「ええ……夜通しダイナミックな七並べをしましょう!」

「ああ、8止めしないで、焦らさないでくれ! って違うだろ!」

「全年齢対象ですのでー。何を期待していたのシマムラ君、くすくす」

「うるせーバカ。はい、この辺でいいよな」


 シマムラは途中で照れて強制終了してしまったが、滅茶苦茶ノリノリに見えたのは僕だけではないだろう。


「何だかずいぶんと賑やかねー」


 遅れて教室にレイカが現れた。彼女はあくびをしながら気だるそうにカバンを机の横に引っ掛け椅子に座ろうとしたが、即座にヤオが彼女の目の前に移動した。


「ちょうどいいところに。レイカちゃんも壁ドンしてみてよ」

「は、何で?」

「そういう流れだから、ほらヨシノ君も」

「ああうん」


 理由になっていないがレイカはヤオに手を引かれ僕のいる場所まで移動させられる。そして僕も連行され壁ドンの準備が整ってしまったけど、何故か壁際に立っていた僕の目の前にはレイカがいた。普通は逆なんだけどなあ。


 ドン! レイカは慣れた手つきで壁ドンを繰り出した。


「おうコラヨシノォ、あたし今日誕生日なんだよ。ちょっくらお祝いに三万くれよ、ナ?」

「がくがくぶるぶる」

「すごい、思ったとおりの絵面だ!」


 ドスのきいた声のレイカは演技だとわかっていてもなかなか迫力がある。実際の彼女はそういう事をしないタイプの不良だけど。


「って何やらせんのよ」

「ぶにゅー」


 レイカは悪ノリをしたヤオの顔面を掴みタコの口にして軽く叱りつける。とはいってもちゃんと空気を読んでやってくれたあたり本気で怒ってはいないんだろう。


 キーンコーンカーンコーン。


「はい、席につけー」

「おっとっと」


 HRのチャイムが鳴ってそれとほぼ同時に白衣と眼鏡を身に着けた若い女性の教師、ハネザキ先生が教室にやってくる。なんだかこっちも眠たそうだけどまた夜更かしをしてゲームでもしていたのかな。


 さて、今日も一日いつものように勉強を頑張るかな。


 それと優等生のふりもね。今のやり取りは僕にとっては十分及第点と言えるだろう。

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