紅茶
仕事終わり、会いたいと言われていつもの新宿にある喫茶店に行った。彼女はすでに座っており、目の前に置かれたティーカップの紅茶は冷え切っていた。私はレジの店員に同じ紅茶を頼み、彼女の前に腰を下ろした。
「昨日、別れた」
彼女はつぶやくように言った。
「そう。早かったね」
そう言うと、彼女はようやく私に目を合わせた。まぶたが赤く腫れている。
「ちがう、今回はちゃんと本気だったの。ほんとに好きだったの」
「そう。じゃあ今、辛いね」
彼女の目にみるみる涙がたまる。
「うん、ほんとに…こんなに泣いたの初めて」
鞄からポケットティッシュを取り出して彼女に渡す。彼女は遠慮なく紙を抜き取る。涙は次々にあふれ、紙はみるみる萎びていく。
店員がやって来て、遠慮がちに紅茶を置いた。彼女は我にかえり、とりなすように前髪を整えた。濡れて小さくなったティッシュが机の隅に置かれた。
「なにも言ってくれないの。私のなにが気に入らなかったとか、彼に何かあったとか、そういうのなんにも説明なくて」
彼女が冷めた紅茶に手をのばす。私はすかさず自分の紅茶を差し出した。
「私は今ほしくないから」
ありがとう、と素直に彼女は受けとった。湯気のたつカップを一口すすり、おいしい、と笑顔になる。私は少しほっとする。
「ほんとに彼のこと好きだったの。これまでにないくらい」
「わかってる。あんたは嘘を言わない」
「なんで報われないのかなぁ、こんなに好きやのに」
そうだね、私は心の中でつぶやく。こんなに好きなのに。
「私が辛いのは、彼をちゃんと分かってあげられなかったことなの。彼の全部を好きになったつもりだったけど、彼は私に見せなかった部分がきっとたくさんあったんだと思う」
彼女はうつむいて話す。自分に言い聞かせるように。
「彼が何も言わなかったから、彼の友だちに聞いたの。彼、ゲイだったの」
ゲイ 、という言葉を何かの暗号のように口にして、彼女は黙り込んでしまった。
「きっと彼、自分でも自分のことがよく分かっていなかったんだと思うよ。あんたを騙してたわけじゃない」
私がそう言うと、彼女は首を振った。
「ちがうの。愛してるから、彼をほんとに分かりたかった。彼の全てを受け入れたかったの。でもダメだった。彼、別れるときですら私に打ち明けてくれなかった」
そう言って彼女はまた泣いた。紅茶に涙が落ちて、水面が揺らいだ。私は彼女の隣に座り、背中をさすってやった。
「ねぇ、ちゃんと聞いてよね」
彼女の身体に染み込むように、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「彼はきっと、あんたが大事だったのよ。自分のことを好きなあんたの気持ちを考えたら、なおさら言えなかったんじゃない」
彼女の背中は震えている。
「それだけ人を好きになったんだから、これからもきっと大丈夫よ。彼は変わらずあんたの大事な人だよ」
嗚咽の中、彼女は必死で頷く。私は彼女が落ち着くまで、ずっと背中をさすり続けた。
喫茶店の外、彼女はすっきりした顔で私に手を振った。彼女の背中が遠ざかり、そして見えなくなっていく。
紅茶を飲まなかった私は、乾いた喉を潤すため、近くのバーに向け一人で夜の新宿を歩いていった。




