若き宰相は復讐の為に自分を狙った水神にべた惚れする。
その不思議な雰囲気を持った令嬢は、王宮で開かれた夜会に、突如として現れた。
銀の瞳に銀の髪。水色のドレスを軽やかに纏うその姿は気品溢れ、それはもう美しく…
夜会に来ていた貴族達はこぞって、その令嬢の前に群がり。
「どこの御令嬢ですか?見かけない顔ですね。」
「どうか、私とダンスのお相手を。」
その謎の令嬢はホホホと笑って、
「こんなに皆様、わたくしに興味を持って下さるなんて。とても嬉しいですわ。」
その令嬢はダンスの申し込みを次々と受けて、色々な男性と軽やかにダンスを踊る。
クルクルとドレスを翻して、まるで大輪の花が咲いたよう。
他の高位貴族の令嬢達はその謎の令嬢のダンス一通り踊り終わると、こぞって取り囲み。
「貴方、どこの令嬢よ。」
「ずうずうしい。わたくし達に挨拶もしないなんて。」
「しっかりと自己紹介しなさいよ。」
謎の令嬢は優雅にカーテシーをし、自己紹介をする。
「ウオルター・エンデクスと申します。シュルデルト大公の所縁の者ですわ。」
シュルデルト大公。王弟殿下はシュルデルト大公と呼ばれていた。
一人の公爵令嬢が前に進み出て、
「わたくしは、フレデリカ・アンジェリット。アンジェリット公爵家の令嬢ですわ。
シュルデルト大公子息のアレクト様はわたくしと先々結婚するのよ。」
チラリとウオルターは相手の顔を見やる。
「婚約者ですの?」
「いえ、でも先々婚約者になるはずです。何故なら、我がアンジェリット公爵家とシュルデルト大公家が結んだ方が得なはず。政略的な意味でも。今は冷たい態度しかとって下さらないアレクト様もきっと婚約者ともなれば、わたくしを尊重して下さるはず。」
「婚約者ではないのね。わたくしは、結婚を申し込まれていますわ。」
「なんですって?」
公爵令嬢はぎろりとウオルターを睨んで、
「何が所縁の令嬢よ。どうやってたぶらかしたか知らないけれども、我が公爵家の力を持って貴方を必ず追い落として見せるわ。」
「余程、アレクトが好きなのかしら…まぁいいわ。」
興味なさげにウオルターは背を向ける。
「待ちなさいよ。」
追いかけて来る公爵令嬢を振り切るように、王宮のテラスにドレスを翻して、振り向いて。
「アレクトが貴方がいいと言うならば、くれてやってもいいわ。うふふふふ。」
ふわりとドレスを翻し、テラスから飛び出る。
ここは二階だ。
皆が驚く中、その令嬢は姿を消した。
宰相のアレクトは、部下からその報告を貰ってイラついた。
ウオルターは、実は水神であり、水神とは6m位の巨大な身体。口が耳まで裂けて牙が映え、身体は蛇のような鱗に覆われて下半身はまるで蛇の姿をした化物だ。
アレクト・シュルデルト大公子息は、王族であり若くして他の者を追い落とし、宰相をやっている切れ者であった。
そしてウオルターはアレクトには強い恨みがあった。
魚に身をやつしていたウオルターをアレクトは毒で殺したのだ。
毒杯を王家から賜った公爵令嬢とその両親に、毒の威力を見せる為に水槽に毒を垂らした。たかが魚、だが大きな1m位の大きな魚。殺しても良いだろうと毒を入れたのだが。
水神だったウオルターは、死ぬ事が出来ず、アレクトに復讐してやろうと、公爵家の広い風呂場に出現した。
湯船でくつろいでいた時に、ふと背後に気配を感じる。
上を向いてみれば、鋭い牙が映えた真っ赤な口がぱっくりと開いていて。まさに自分に噛みつこうとしていた。
化物の目と目が合う。
とっさに身を離しながらも、冷静に、「おや、我が家の風呂場に化け物が…これは珍しい。水神か?」
と対処したのだ。
水神にお目にかかれるとは、何て素晴らしい人生なのだろう。
アレクトは異形な者に興味があった。
水神は上半身は人間、下半身は蛇である。
6m位のその身体は、簡単に人を絞め殺せる。
耳まで裂けたその口は、人間をバリバリとかみ砕く事も出来る。
身の危険を感じながらも、アレクトはゾクゾクと興奮した。
しかし、アレクトは興奮を隠して相手を説得に乗り出した。
「ああ…なんて美しい。人の姿には化けられないのか?さぞかし美しい令嬢に化けるのだろう?」
「復讐からは何も生まれない。」
「君は死ななかったのだから私は復讐される必要性を感じない。君はその美しさを持って、私の伴侶となり、生きて欲しい。」
とかなんとか甘い言葉やら色々と言って上手く言いくるめたのである。
一目惚れだった。
たまらなく、ウオルターが欲しいと思った。
ウオルターはシュルデルト大公家に滞在している。
部下から夜会でのウオルターの事を報告受けたアレクトは、彼女は多分風呂場にいるだろうと踏んで、脱衣所で服を脱ぎ素っ裸になる。筋肉質な身体。鍛えているのだ。
宰相たるもの、意外と体力を使う。
風呂場で水神になって、優雅に泳いでいる彼女を見つけると凄いイラついた。
ウオルターが湯船から顔を出して、
「あら、アレクト不機嫌ね。」
湯船に入りながら、ウオルターに近づく。
「夜会の事を聞いたぞ。何で私に断りもなく夜会に出席した。」
「だって、暇だったんですもの。」
「それに、私の事をくれてやってもいいと公爵令嬢に言ったそうだな。」
「ええ。それがどうかして?」
「私はお前に惚れている。」
アレクトはウオルターの巨大な蛇の部分の鱗を愛し気に指先で撫でながら。
「ああ、なんて美しい…水神を妻に持てるとは、私はなんて幸せなんだ。」
「妻に望まれたけれども、わたくしはまだ承知していないわ。」
酷くイラつく。眉を寄せて吐き捨てるようにアレクトは、
「フォルトは馬鹿だ。」
「あら…フォルトって今の王太子の事?」
「ああ…いずれ必ず追い落として見せる。そうなれば私に王位が回って来る。父上は王位に興味ないからな。宰相としての手腕。私は他の貴族達からも評価されている。そうなれば、私は国王になるだろう。お前は王妃だ。国一番の女性になれる。幸せだろう?」
「わたくしは…興味ないわ。」
スルっとアレクトの腕から逃げると、ピチっと跳ねて銀の魚の姿になる。
スイっと風呂場の中央にある女神の像の傍に行くと、人の姿になり、女神像に寄りかかって。
「復讐する気も失せてしまった。貴方の口が上手いから。もう、ここを出て行こうかしら。
王妃になんて興味はない。」
「王妃は国の最高位だぞ。それを望まないと言うのか?」
アレクトは女神像の台座に裸の姿のまま腰かけるウオルターの足の甲を愛し気に撫でて口づけを落として。
「行かないでくれ。私はお前に惚れている。」
「計算でしょう?貴方…わたくしの水神の力の事を知っているわよね。
雨を操る事も出来る。だって水神ですもの。わたくしを利用したいだけなんだわ。」
「違う。勿論、私はいつでも冷静な男のつもりだ。だが、君に対してだけは、抑えきれない。
何故?何で?ああ、たまらなく好きで好きで…君の事が好きで。私を捨てないでくれ。頼むから。ウオルター。」
「貴方の事…信じられないわ。」
「ああ、どうしたら信じてくれる…」
たまらなく不安だった。冷静な自分らしくない。それでも、やっとの思いで。
「結婚してくれ。頼むから、私はお前がいないと駄目だ。」
ウオルターは呆れた顔をしていたが、ふいにクスクス笑って、
「仕方ないわね。貴方、遠い昔にわたくしが愛した人に似ているわ。タイプは違うけど…」
アレクトは安堵した。やっと承諾してくれたのだ。プライドも何かもかなぐり捨てて、縋りついて。
自分らしくない。でも…どうしてもウオルターが欲しかった。
だから今度の夜会で結婚を発表するのだ。
逃げられないように…ああ、閉じ込めてしまいたい。水神である彼女を閉じ込めるなんて無理だろうけれども。
夜会を楽しみにアレクトは愛しいウオルターの足の甲に頬を寄せるのであった。
だから、あの馬鹿公爵令嬢があんな行動に出るとは思わなかった。
次の夜会で、アレクトはウオルターをエスコートしながら現れて、皆に紹介する。
「今度、私と結婚する事になったウオルター・エンデクスだ。」
紹介すれば、フレデリカ・アンジェリット公爵令嬢が、つかつかと近づいて来て。
「何故、わたくしと婚約するはずでは?アレクト様。」
「ふん。そういう話はあった事はあった。だが、正式な話ではないだろう?私はウオルターと結婚する事にする。」
「何よ。こんな女。」
フレデリカは叫ぶ。
「この女は化物よ。調べさせたの。公爵家のメイドが証言してくれたわ。口は耳まで裂けて、蛇の身体を持つ化け物よっーーー。」
貴族達がざわざわと騒ぐ。
「化物だから、あの身のこなし。二階から飛び降りても平気だったのか?」
「宰相殿は化け物と結婚して、国を滅ぼす気か?」
アレクトは平然と、
「化け物と結婚。何か問題があるか?」
ウオルターの傍に行き、その腰を抱き寄せる。
「ウオルターは水神だ。ここ近年、水の害に我が国は悩まされている。聖なるマイラ川の氾濫があったり、夏に雨が降らなかったり。
彼女なら、少しは役に立ってくれるはずだ。化物だから退治するのではなく、化物だから歩み寄り役に立って貰う。そうではないのか?」
ウオルターは強い口調で、
「やはり計算じゃないの?アレクト。」
「まぁ計算以上に、私は君に惚れているよ。皆に宣言する。私はウオルター・エンデクスが水神であろうと、妻にし、生涯守り愛する事を約束しよう。」
ウオルターはフイっと横を向いて、それでも赤くなって。
「仕方ないわね。」
と言ってくれた。
フレデリカはそれでも食い下がらず、
「くれてやろうと言っていたじゃないの。アレクト様を。それなのに…」
「やはり気が変わったわ。アレクトはわたくしの物。もし、わたくしから奪おうとしたその時は。」
水神の姿になる。6mもある巨大な水神に。
皆、悲鳴をあげて、逃げようとする。
フレデリカは腰を抜かした。
真っ赤な大口を開けて、フレデリカの目の前でウオルターは笑う。
「お前をぱっくり頭から食べてやるわ。」
「ひいいいいいいいいいいっーーーー。」
そのまま、彼女は失神した。
他の貴族達は我に返って広間から飛び出て行く。
アレクトはウオルターの蛇の鱗を優しく撫でながら、
「肝が小さい奴ばかりだな。」
「その通りね。」
そこへ国王陛下と王妃が、恐る恐るやって来て。
「聞いたぞ。水神と結婚するそうだな。アレクト。」
「これは国王陛下。ここにいる水神ウオルターと結婚します。彼女と結婚する事により、この国は水害から守られるでしょう。夏は雨に困る事もない。もし、彼女が人間を害する事があったら、私が責任を取ります。毒杯でも何でも賜りましょう。」
「宰相であるお前がそこまで言うのなら、わしは口出しはしない。」
「有難うございます。国王陛下。それで、王太子殿下は如何しましたか?」
王妃がため息をついて、
「あの子は王太子の位を降りると言っておりますの。まったく、婚約者であった令嬢に毒杯を、あの事件から少しおかしくなってしまって。王太子の位を降りて外交官をやりたいと言っているのよ。」
アレクトは心の中でニヤリと笑う。
フォルトは国王の器ではない。愚かな男だと思っていたが。
「それは、心配です。王妃様。未来の国王として、自覚を持って立ち直って下さればよいのですが。」
「有難う。アレクト。」
屋敷に帰ると、愛しいウオルターを抱き締めるアレクト。
「国王陛下にも認めて貰った。明日にでも婚姻届けを出しに行こう。」
「せっかちね。アレクト。」
「ああ…君との子はどんな子が生まれるんだろう。」
「怖くはないの?化物の血が入った子が生まれるのよ。」
「その血で優秀な子が出来るならば、私には楽しみしかない。
間違った道に進まないように、しっかりと教育する。国に役立つ人間にするつもりだ。では、さっそく子作りしようか。」
「えっ…ちょっと…アレクトっ。」
愛しいウオルターをお姫様抱っこをする。
明日の夜まで待てない。
この熱い想いを、早くウオルターに解って貰いたい。
アレクトは何とも言えない、激しい思いを胸に寝室へウオルターと共に向かうのであった。
後にアレクトに国王の位が回って来て、彼は即位し国王に、ウオルターは王妃になった。
切れ者の国王として、周辺諸国に恐れられ、ウオルターのお陰でこの国は水害から守られた。
生涯二人は仲良く、5人の子にも恵まれ幸せに暮らしたと言う。




