ウィザー・ブラックウォーターは加わる①
話が進むと言いながら、新しい登場人物です。
お兄さんとおじさんの境に居るイメージのウィザーさんです。
ウィザー・ブラックウォーターは、重い木箱を抱えながら遠くにあるバラナロア山脈の峰筋をぼんやりと眺めていた。目線を落とせば、山脈から流れ出る豊かな水を受け止めるオルフク湖と湖畔の町オルフクが、太陽の煌めきに照らされ、美しく輝いて見えた。
(こんな穏やかな気持ちになるのは、いったい何時振りだろうか。)
ウィザーは、すでに無くなったとある国の騎士であったが、10年前にその当時の国を追われ、流浪の果てにこのクラレントの地に流れ着いた。
それからすでに6年の時が経とうとしていたが、こんな美しい風景を目にしたのは初めてだった。
その理由はわかっていた。
この6年に渡って、虐げられる弱き者たちを守るという騎士の本懐を成し遂げられたことは、騎士という身分を失っても、その矜持を忘れえなかった証拠と言えよう。しかし、自分の双肩に多くの仲間の命が掛かっているという事実は、知らず知らずの内に、ウィザーの心を疲弊させていたのだろう。
日々、生活の糧を得て、体調を崩した仲間を庇護し、時には、見知らぬ誰かと争う。そんな生活の中で、遠くを見上げる余裕も、かつて自分が愛でた絵画のような風景に気づく余裕も無かったのだ。
(このことを一体、何に感謝をするべきなのだろうか)
自分の神は、国を捨てた時に同時に失った。
であるならば、あの不思議な3人にこの感謝を捧げるべきだろう。
◇◇◇◇
クラレントは元々、特別に何かがあるわけではなく、ただ自然豊かな土地というだけで、随分昔には王族の避暑地のような場所であったそうだ。しかし、その後、貴族に下賜され、クラレント領が生まれた。
前のクラレント卿は、盗賊たちの悪事を見逃す代わりにみかじめ料を納めるように持ち掛けるような低俗な人間だったが、まあ、そんな者だからだろう、叩けばホコリも出て、それをネタに揺すられ、口止め料を払っているなんていう間抜けな話もあった。結局は、王都での政争に負けた挙句、王族への反逆者として連行されて処刑されたという結末だ。
その後、この領は新しき王の持ち物になった後、再び、とある貴族に下賜されることになった。
新しい領主が来るという話は、この領の領民だけではなく、ウィザーたちのようなはぐれものにも知れ渡っていた。
だが、そんなことはその時のウィザーたちには関係がなかった。
ウィザーたちは義侠心からとある子どもたちを救い出した。しかし、それにより目を付けられ、仕事もままならなくなり、冬に備えるため、少しでも多くの食料を集め、多くの燃料を、金を集めなければならないという逼迫した状況に陥ってしまった。
そこで目を付けたのが、新しい領主だ。
新興貴族といっても、貴族は貴族。新しく拝領した土地に移り住んでくるわけだから、一財産を抱えてやってくるはずだ。
護衛も居るだろうが、背に腹を変えられない。
これまでウィザーは、子どもたちに生き残る術を惜しみなく与えたが、人殺しだけは許さなかったが、その禁を犯す、新しい領主には最悪、弱く傷ついた領民のための尊い犠牲となってもらう、多少の犠牲はやむを得ないという覚悟を決めていた。
今年、最後の投稿になります。
引き続き、来年もよろしくお願いいたします。